19・☆蒼い瞳
いつもありがとうございます。
今回、残虐描写ありにチェックしました。
必要ないかなとも思ったのですが、念のため、お気をつけくださいませ。
あと挿絵もありますので、ご注意ください。
シリウスの手を握り、元気よく裏通りを歩いていたバナードだったが、シリウスが急に足を止めたので転びそうになった。
「ちょっ、急に止まるなよ」
文句を言うと、シリウスは紫の瞳を進行方向にじっと向け、
「この先は行かないほうがいい」
と、深刻な顔で訴える。
「なんだ、お前、こわいのかよ」
からかってやろうと思って言ったのだけれど、シリウスは深刻な表情。
「戻ろう」
「な、なんだよ、この道、オレは毎日通ってるんだぜ?」
「今日は通らないほうがいい」
シリウスがバナードの手を引き、元来た道を振り返る、その先、細い裏路地をふさぐように、三人の男が立っていた。
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「よう、ぼっちゃんたち、どこいくんだい?」
同時に、進行しようとしていた方向からも、
「こっちは行き止まりだぜ?」
二名の男が迫ってくる。
バナードは自分のマヌケさに舌打ちしたい気分だった。
自分や街の他の子と、シリウスはあきらかに違っているとちゃんとわかっていたのに。
街のごろつきどもだって、気づくに決まってる。
そもそも父のゲイルがシリウスに声をかけたのだって、綺麗な子供が一人で不慣れな街を歩くことを危惧したからだったのに。
道をふさぐ五人の男たちをかわるがわる見つめ、どこかに逃げ出せる隙間はないかとあせった。
だがニヤニヤ笑いながら距離をつめてくる男達は余裕の表情だ。
男の一人が気味の悪い笑みを顔に貼り付けたまま、シリウスに向けて手を伸ばしてきた。
バナードはシリウスが怯えて悲鳴を上げるのではないかと思った。
けれどそうはならなかった。
シリウスは、自分より何倍も体重がありそうな厳つい男を、ひるむことなく睨みつけた。
「――下がれ」
シリウスは落ち着いた声で悪人風の男に命じる。
「ぼくとバナードに触るな」
男を睨み据える紫の瞳が輝きを濃くしていた。
決して大きな声ではなかったし、怒りも怯えも感じさせない淡々とした声音だったが、その声にはゴロツキどもをためらわせるだけの力があった。
子供とは思えない、命じる立場にあるもの独特の威厳。
――手を伸ばしかけていた男はひるんだように指を止める。
だが、額にうっすらと冷や汗を浮かべたその男は、一旦は手を引っ込めたものの、怯えた己をなかった事にしようと、白々しい大声で笑った。
「……は、はははは! き、聞いたか? 下がれときたもんだ! 本当にどこのおぼっちゃんだこいつ」
「……ったく、とっとと捕まえろよ」
男たちは、畏れをごまかすために、懐から肉厚のナイフを次々と取り出す。
手の中に納まった武器の頼もしい重さが、たちまち男たちを勇気付けた。
「怪我したくないだろ? いい子にしてればすぐに家に帰れる。……まあ、お前の親しだいだけどな」
だがシリウスは、やはりまったくひるんだ様子を見せなかった。
アメジスト色の瞳を鋭利に輝かせ彼らの凶器を凝視する。
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作るのと、壊すのは同じだ。
シリウスにはわかっていた。
組み上げるのと逆にすればいいだけ。
作るときのように形を具体的にイメージしなくていいので壊すほうがずっと簡単だった。
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男たちの手の中の凶悪な武器が一瞬金色に光ったように見えた。
「あっ、あの光は……」
バナードは思わず声を出す。
塔が出来上がったときに見た光だったからだ。
「うわっ!」
「なんだ?!」
同時に男たちの悲鳴が上がり、彼らの持っていたナイフが砂のように変じてさらさらと手の中から流れ落ちる。
「……っ!? ナイフが砂になっちまった!」
「どうなってんだ、くそ!」
舌打ちしたリーダー格の男はナイフが作った小さな砂の山を踏みつけた。
「ちくしょう! このナイフ、バカ高かったのに! お前らがやったのなら許さねえ!」
男たちに武器はなくなったが、状況はほとんど変わっていなかった。
攻撃力が著しく減少したといっても、五人の屈強な男たちに対して、少年たちはあまりにも非力だ。
じりじりと包囲を狭められ、バナードはシリウスをかばうように壁際まで下がった。
一番前の男が目の前まで迫ったとき、バナードは一瞬体を縮め、ためらわず全力で男の脛を蹴り上げた。
本当は股間を蹴ってやりたかったのだが、身長差があったため確実に命中できる場所をねらったのだ。
狙いはみごとに的中し、目の前の男は哀れな悲鳴を上げ、もんどりうって転がった。
「逃げろ!」
シリウスの手を握って駆け出す。――はずだった。
「おいおい、あんまりナメたまねしてくれるなよ」
一人を倒したところで残りの四名はまるで気にしていない。
バナードの首根っこを掴んで引き倒す。
「こっちのガキはどうする?」
「適当に痛めつけて放り出しとけ」
バナードの目の前で、シリウスは屈強なゴロツキの野太い腕に捕らえられて暴れていた。
小さいくせに自分を背後から捕まえている男をかかとで蹴り飛ばし、まったく屈服しようとしなかったが、捕まえている男の方もそれなりに必死なので逃げ出せない。
バナードが倒した男も目に涙を浮かべて起き上がってきていた。
「くそ、俺の脛を蹴りやがって……! おい、金髪の方を早く連れて行け、俺はこっちのガキにちょっと用事がある」
そう言うと、バナードに蹴り飛ばされた男は、加害者である少年に向け拳を振り上げた。
バナードは目を閉じた。
捕まえられていて逃げられないし、バカな自分にはふさわしい罰に思えた。
どうにかしてシリウスを逃がしてあげたかったけれど、到底力が及ばない。
振り下ろされる拳がやけにゆっくりに見えた。
「バナードを放せ!」
捕まえられているシリウスは、自分を拘束している男の腕に全力で噛み付く。
「いってええーーーー!!」
絶叫と共に緩んだ腕からすりぬけ、今まさに殴られようとしているバナードの上に覆いかぶさった。
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ガツン、という重い響き。
バナードは自分が殴られたのだと思った。
けれどいくら待っても衝撃も痛みも襲ってこない。
恐る恐る目を開け、自分の見ている光景が信じられなかった。
「シリウス!」
自分より年少の少年が、バナードの上に覆いかぶさるようにして倒れている。
側頭部を殴られたらしく、プラチナに輝いていた金の髪に、じわりと血の色が染みて行く。
「シリウス!」
叫んでも反応しない。
バナードは蒼白になった。
「バカやろう! そっちを殴ってどうするんだ!」
本来怪我をさせる予定ではなかった子供を殴ってしまい動揺しているのはゴロツキどもも同じだった。
「う、うるさい。このガキのせいだ!」
脛を蹴られた男が、怒り任せにバナードの首根をつかんで路地に放り投げる。
バナードは石畳の路地に背中をしこたま打ちつけられ、息が詰まって目の前が暗くなった。
(シリウス、ごめんな)
助けるどころか逆に助けられ、治療もしてやれない自分が悔しくて泣けてきた。
せめてどうにか助けを呼べたらいいのだけれど、背中を打ったせいで息が出来ず声も出ない。
―――― 遠ざかる意識の中で、バナードは裏路地に青い光が満ちるまぼろしを見た。
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背筋を凍りつかせる悪寒に、物騒な男たちが一斉に振り返る。
暗い路地の、さらに濃い影の中、無言のまま立ち尽くしていたのは、清流のようにまっすぐな蒼い長髪をかすかな風にそよがせている、17・8歳ほどの青年だった。
男たちはいつのまにか自分たちの背後に立っていたその人物に、こんなに近くに接近されるまでまったく気がつかなかった。
「な、なんだお前、怪我したくなかったらとっとと失せろ」
「……」
無造作に伸ばされた前髪が表情を隠している。
少年は動揺する男たちを無視して彼らの横を平然と通り過ぎると、倒れているシリウスの傍らに膝をつき慎重に抱き上げた。
かすかに震える指先で、怪我をした側頭部をそっと押さえる。
「お、おいっ、勝手に触ってんじゃねえよ!」
ただでさえイライラしていたゴロツキの一人が、加減もせず全力で振りかぶり、膝をついている青年に殴りかかった。
普通の人間であったなら一発でノックアウトされてしまうような、生命を脅かす強烈な一撃だ。
だが、男は振り上げた拳を下ろすことができなかった。
「よくも……」
細身の少年の、低く唸るような声を聞いただけで、街の厄介者どもは凍りつく。
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蒼い前髪の隙間からのぞく、憎悪に沈むサファイアの瞳を見てしまったその瞬間、男たちは全員、目の前の少年が自分たちにとってまさしく死神であることを、絶望と共に察した。
己の身に確実に迫りつつある「死」
逃れられない「死」だ。
もう間もなく自分は死ぬのだという確信に、骨の髄まで浸され、それ以外すべての意識が消し飛んだ。
足の先から冷気が這い上がる。
心臓が、氷でできた悪魔の手に握りつぶされたように萎縮し、呼吸すらままならない。
目の前に倒れている金づるになるはずだった少年も、すぐそばにいる仲間たちの事も「死」の前ではなんの意味もなさなかった。
恐怖で男たちの視野は極端に狭くなり、昼間だというのに周囲が闇色に染まって見えた。
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拳を振り上げた男は動けない。
蒼髪の青年はサファイアの瞳を殺意に染め、憎悪に満ちた唸り声を上げる。
「よくも……ボクの主を……」
拳を頭上たかくあげたまま、シリウスを殴った男の体が小刻みに揺れていた。
その口からゴボゴボと恐ろしい音が鳴り始める。
耳や目、鼻からは血色の蒸気が噴き出し、生臭いにおいと共に赤い霧のように周囲に広がった。
蒼髪の青年とシリウスとバナード、三人の周囲だけが、何かに守られるように清浄を保っている。
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今、シリウスを殴った男は体の内から沸騰し、明瞭な意識を保ったまま死に逝きつつあった。
水の分子の衝突による発熱で、じゅうじゅうと音を立てながら、男は蒸気を噴出しつつうつぶせに倒れる。
「……己の愚かさを後悔しながら死ね」
低くつぶやき、さらに男に向け魔力を放とうとしたときだ。
「だめだよ……」
少年の腕の中に抱かれたシリウスが、かすかに声をあげた。
「殺しちゃだめ……」
同時に、いまだ血色の蒸気を上げながら痙攣している男に金色の光がまとわりつく。
蛹になる昆虫の繭のように、金の光が男を覆った。
体の内側から発せられる熱で黒く変じていた皮膚が、たちまち人の色を取り戻す。
青年は切迫した表情でシリウスの頬に触れた。
「いけない、怪我をしているのに、今そんなに力を使っては消耗してしまう」
「でも……」
「……それに、あの男はもう完全に回復してしまった」
やさしく、愛情を込めて、血にぬれていない部分の金髪を指で櫛とく。
「あんなクズのために、これ以上力を使ってはいけない」
「……誰も殺さないで……」
シリウスの懇願に、青年はすぐには返事をしなかった。
命よりも大事なシリウスを傷つけた、愚劣な人間を許せなかったからだ。
この場で全員を始末するつもりだった。
「……きみが罪を負うことになる。お願い……」
シリウスはアメジストの瞳に涙をためて訴え、青年の腕を必死で掴む。
蒼髪の青年は、シリウスの額にそっとキスをすると、ためらいつつもようやく頷いた。
「わかった。でも今回だけ。二度目があったら殺す」
青年の唇から、眠りを誘う魔法の呪文が短く詠唱される。
「さあ、もう眠って、休まないといけません」
「…………待って、名前を、教えて……」
「――フォウル」
「……フォウ、ル……」
言葉が終わると同時にシリウスの唇から規則的な呼吸音が聞こえ始め、フォウルは安心したように息をつく。
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蒼い髪の青年――フォウルから放たれる殺気は霧消したわけではなかった。
けれど先ほどまでの絶望的な状況とは大きく違い、暴漢どもは指一本も動かせない金縛り状態からだけはなんとか脱していた。
視線を合わせ、真っ青な顔色のままこっそりと頷き交わし、倒れたままの仲間の男を全員で抱えあげると、こけつまろびつ脱兎のごとく逃げ出した。
フォウルは男達を追わなかった。
追えば殺さずにいられないとわかっていたからだ。
シリウスと約束した以上、手を出すわけには行かない。
フォウルは眠るシリウスを改めて膝の上に抱きしめた。
「今、治して差し上げますからね」
出血箇所に癒しの魔法を使い、速やかに傷をふさいだ。
ぐったりしているシリウスを抱きしめたまま、フォウルは蒼い瞳に涙を浮かべて動かない。
長い間そうしていたが、自分の着ていた上着を脱いで石畳に敷くと、その上にそっとシリウスを横たえた。
シリウスがちゃんと眠っているのを確認し、フォウルがその場を去ろうと立ち上がったとき、かすかな力でズボンの裾を引かれた。
「……いかないで……」
小さく声をかけられ、フォウルは凍りついたように動けなくなった。
大切な主に視線をやれば、やはりまだ深く眠ったままだ。
意識のないままフォウルを呼び止めたらしい。
「……ボクもあなたの傍にいたい……。でも、もう行かなくては。――なすべきことを終えるまでは……」
魂を引きちぎられる想いでフォウルは声を絞り出した。
この場所から、シリウスの傍らから離れるなど、自分には絶対に不可能なのではないかと思えた。
だがこれから先、自分がなそうとしていることを成就させるため、今はどうしても耐えなければならない。
――すべては主の命をうばわせないために。
横たわったまま眠るシリウスをもう一度見つめると、フォウルは振り向かないまま、その場から逃げ出すように駆け出した。
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シリウスを探し回っていたカイルとアルファ、それに城内の騎士たちは、人目もはばからず城下町を走り回り、何も知らない市民たちを一体何事が起こったのかとずいぶん驚かせた。
シリウスが直した塔の噂を聞きつけ街の西側を駆け回っていたアルファに、騎士の一人からの報告が届けられたのは、カイルとアルファが、シリウスが部屋にいない事に気づいて探し始めてから一時間ほど経過した頃だ。
「黒竜公閣下、シリウス殿下が見つかりました!」
「ご無事か!」
「それが、詳しくは伝わっていないのですが、お怪我をされていらっしゃるらしいとのことです」
その報告にアルファは蒼白になった。
「どこにおられる!」
騎士はアルファの怒声に怯えてひるんだが、なんとか持ちこたえて聞き伝わった場所へアルファを案内した。
第一稿では、暴漢のみなさんは全員もれなく死亡していたのですが、
悩んで悩んで、ほぼ全部を書き直し、結局、生き延びていただきました。
どちらにしても、このあと彼らは王国の騎士団に捕らえられて罰せられるでしょうから、もしかしたら結果は同じなのかもしれませんが、
一人でがんばっているフォウルがますます孤立してしまうように思えて、このような流れに変更になりました。
暴漢のお兄さんたちが生き延びる内容に変更したことで、このあと数話にわたってかなりの部分を書き直さないといけないわけですが、
フォウルが5人を殺さない方に舵を切ったことは、私にとっても、今後の全体の流れを変える結構大きな決断になりました。
でも変えてよかった、と、今ではしみじみ思っております。




