18・少年は冒険に出る 課題・塔を建てる
バナードにとって散髪屋までの道のりは、いつもと同じはずなのに、なんとなくいつもと違っていた。
まず、やたらと視線を感じる。
それはバナードに対してではなく、絶句するほど美しい子供、シリウスに向けられたものだったけれど、バナードはなんとなく誇らしい気分で歩いた。
「ねえ、バナード、みんな、やっぱりぼくの服が変だから見るのかな」
シリウスもやはり他人の視線が気になるらしい。
「服も原因だけど、お前目立つんだよ」
「なんで?」
なんでと聞かれてバナードは言葉に詰まった。
綺麗だから、とか、かわいいから、とか、男子としてはなんとなく素直に言い難い。
「……シリウスみたいな金髪の子ってあんまりいないしさ……」
バナードにだって、金髪の知り合いは数人いる。
けれど、シリウスのように宝石のごとく輝いて見える金の髪の人間は見たことがなかった。
それに間近でみてよくわかったけれど、単純に金色なのではなく、光の加減で淡い赤や緑にも光っていた。
とても綺麗だったし、こんな不思議な色の髪はきっと誰も持っていないだろう。
「あとさ、男でそんなに長く髪を伸ばしてるやつってめずらしいんだよ」
そう言ってしまってから、バナードは自分の失敗に気づいた。
「そうなの?」
紫の瞳をまん丸にしてシリウスはバナードに詰め寄る。
「ぼく、目立ちたくないし、女の子に間違われるのも嫌なんだ。やっぱり髪を切る」
「……」
もうこうなったら、床屋の親父が切れないと言う方にかけるしかない。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
バナードは街を東西にわける丁度中央の位置にある、その名もわかりやすく、「東西広場」という看板が掲げられた広場を、西に向かって抜けることにした。
祭などの行事に使われることも多い場所だが、今は何の予定もないせいか、市民がのんびりと散歩したりひなたぼっこをしたりしているだけだ。
「広場」は、名称にふさわしいだだっ広い空き地のほかに、芝に覆われた土手やベンチ、並木の植わった遊歩道なども備えられており、かなりの広さであると同時に街の人々の憩いの場でもあった。
訪れる人々のため、いくつかの露店が並び、果物やパンなどの、ちょっとした食べ物も売っている。
そんなのんびりとした空気漂う東西広場を抜ける途中に、沢山のレンガが山になって積み上げられている場所があった。
かなりの量で、それだけで砦が作れてしまいそうに思えるほど。
良く見ればレンガはやたら焦げているものも混ざっているし、折れた材木や釘なども落ちている。
それなりに分類され、整頓もしているが、なにしろ量が半端ではない。
「ねえ、バナード、あれなに?」
「あーあれな、2年ぐらい前、凶暴化した魔物が街を襲って見張りの塔を壊しちゃったんだ。ワイバーンっていうデカイやつ」
「魔物?」
「一匹だったから騎士や魔法使いの人たちがすぐやっつけてくれたし、怪我人もあんまりいなかったはずだけど、見張り塔は木っ端微塵に壊されちゃったんだよ」
「直さないの?」
レンガの山は大量で、なるほど塔ひとつ分はありそうだけれど、どうしてそのままなのだろう。
「直してるよ、とりあえずひとつめ。二つあった塔を二つともいっぺんに壊されちゃったんだ」
確かに100メートルほど先に同じタイプと思われる塔が立っていた。
先端の方はまだ建設修理の途中のようで、足場が組まれ作業中の人々の姿もあった。
「塔って、直すの時間かかるんだね……」
「そりゃそうさ。レンガを一個ずつ組んで、あーんなにでかい建物を作るんだから。中に見張りの兵士が何人も住んでるんだぜ」
レンガの山の周囲は人が入り込めないよう簡易なロープが張ってあったが、2年もそのままなせいかわりとぞんざいで見張りもいなかった。
その山にシリウスは近づいて、こげたレンガをひとつ手にとって見る。
「なんでこげてるの?」
「ワイバーンは毒を吐くんだけど、炎に弱い。魔術師たちが火の属性魔法で攻撃したんだ。塔も巻き込まれて、まあレンガだから燃えたりはしないけど、こげちゃったんだな」
「ふうん……」
バナードも赤茶けたレンガを持ってみた。結構重い。
「早く修理してくれないと心配だよ。最近はますます魔物が暴れてるっていうし」
「見張りの塔がないと困る?」
「そりゃな。でもひとつの塔を直すのに3年ぐらいかかるって言われてるから、二つとも直るのはうんと先だぜ」
シリウスが何も言わずにレンガを見つめたまま動かないのでバナードは少々困ってしまった。
「なあ、もう行こう」
「……」
「なあってば」
しつこく声をかけると、シリウスはレンガを持ったままバナードを振り返り、紫の瞳でじっと見つめてくる。
「――ぼく、直せると思う」
「なにを?」
さっぱり意味がわからなくてバナードが聞き返しても、シリウスは返事をせずに周囲を歩き、もともと塔があったと思われる円形の土台を点検しはじめた。
「うん……。ちょっと、やってみていい? 中は部屋と階段でいいんだよね」
「だからなんの?」
若干いらいらしつつ聞くと、シリウスはバナードの手を取って塔の土台から遠ざかる。
「バナード、ぼく、集中するから、ちょっとのあいだ静かにしてて」
「だから……」
言いかけたところを、シリウスの細い指が立てられ、静かにしてて、と示される。
「なんなんだよ……」
ちいさく、ぶつぶつとつぶやいて、バナードは目を閉じてじっとしているシリウスを見た。
まじまじと見つめても気づかないようだったので、ここぞとばかりに観察してみる。
長い睫が震えて光り、白皙の頬が青ざめるほど集中しているようだった。
いくら待ってもシリウスが動かないので、バナードはため息をついて、今度は建設中の塔のてっぺんで作業している人たちの様子を眺めていた。
そのときだ。
作業員の一人が何かに気付いたように指を刺す。
ひとり、ふたり、と、ざわめきはじめ、みんな同じ方向を指差し騒ぎ始めた。
バナードも彼らと同じほうを見る。
「!?」
完全に壊れてしまったままの塔、その石組みの土台の上に、さらさらと金色の光があふれ、塔の輪郭をなぞるように旋回しながら小さな花火のように弾けていた。
金色の輝きは徐々に赤茶けたレンガの色となって、みるみるうちに上へ上へと組みあがって行く。
「なっ!? えっ!? へあ?!」
思わず変な声を出し、
「お、おい、シリウス、見てみろよっ……!!」
今日のパートナーである少年を振り返ると、その少年シリウス本人が金色の光に包まれていた。
バナードがうろたえている間にも、レンガはみるみる空へと積みあがり、あっというまに作業中の隣の塔の高さにおいついた。
しかし塔の成長もそこまでで、てっぺん付近にあるべき歩哨や矢穴もないまま止まる。
「あ、塔の上って、どうなってるの?」
不意に問いかけられ、呆然としていたバナードはシリウスを凝視する。
「できあがりをみないと最後まで直せないや……」
いつのまにか目を開けて、困ったように金色の眉毛を寄せるシリウスにバナードが驚きの視線を投げかけたとき、
「おい、そこの坊主ども、今のみたか?!」
建設中の塔の上から作業中の兵士たちが声をかけてきた。
するとシリウスはその場に飛び上がり、
「何もみてないよ!」
と叫び返すと、バナードの手を取って走り出す。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「おい、シリウス……!」
走り続けるシリウスに手を取られ、転びそうになりながら、バナードは必死で付いていっていた。
「な、なんで逃げるんだよ!」
シリウスは振り返りながらスピードを落とし、木陰に入ってようやく止まる。
「だって、見つかったら叱られるよ」
「叱られるわけないだろ! だって、お前……、お前、あれ、あれさっきの……!!!」
興奮のあまり声が裏返った。
「お前がやったんだろ!? あの、あの、塔、どうやって……。夢を見てるのかと思った……! ほめられるならわかるけど、絶対叱られない!」
そうこうしている間も、シリウスとバナードの横を、騒ぎを聞きつけた人々が次々に広間へ向けて走って行く。
現場からかなり離れたいまいる位置からでも、復活した塔の雄雄しい姿がしっかり見えた。
「叱られるよ。だってぼく、勝手にうちを抜け出してきたんだ。あんまり目立ったら見つかっちゃう」
少し唇を尖らせ、シリウスはため息をついた。
「あんなに大きいものを直したことなかったから、できるかどうかちょっとやってみたかったんだ。ぼくがやったってバレるまえに、早く床屋さんに行こう」
「で、でも……」
バナードは大々的に、いま横にいるこの天使のような少年が、塔を一瞬で建ててしまったのだと大声で自慢したかった。
けれどシリウスは、もう塔の事には触れたくないらしく、人の流れに逆らって歩いて行く。
「わかったよ。わかったから、道案内のオレを置いてくな」
バナードは、このいかにも変わっている子供のことがとても気になってきていた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
大通りを目的地に向かって歩く二人の子供を、建物の影から伺っている不気味な風体の男たちがいた。
街のゴロツキどもだったが、付かず離れず、子供たちのあとをさりげなくつける。
シリウスとバナードは、そんな男たちが背後からつけてきているなどとは夢にも思わず、目的の店の前に到着していた。
「これが、散髪屋さん?」
「まあ、床屋だな」
「散髪屋さんと床屋さんはどう違うの?」
「同じだよ」
プッと笑って、バナードは店の扉を開ける。
カランカラン、と、軽やかな鐘の音が響き、店の親父、ドーソンが先客の髪を切りながら振り向きもせず「いらっしゃい」と声をかけた。
ドーソンは床屋の主人だったが、自らはまったく散髪の必要のない、みごとなまでに輝き渡る禿頭の親父だ。
「おっちゃん、ひさしぶり」
バナードが挨拶すると、ドーソンはにこやかに肩をすくめ、チラリと相手を確認する。
「おうバナードか、久しぶり。父ちゃんと母ちゃんは元気か? マリアの次に切ってやるから、椅子に座って待っててくれ」
「二人とも元気だよ。特に親父は元気すぎて迷惑なぐらいだ。今日はオレじゃなくて、友達が髪を売りたいっていうから連れてきた」
髪を売りたい友達、と聞いて、ドーソンも客の中年女性マリアも、バナードの後ろに隠れるようにして立っている少年に初めて気づいた。
大人たちと目があうと、シリウスはペコリと頭を下げる。
「こんにちは」
「お、おう、こんにちは」
床屋の親父が驚愕している様子をみて、バナードは、どうだ色々驚いただろうと胸を張る。
ドーソンがハサミを取り落とさなかっただけでも立派だと思った。
「順番、待ってます。でもぼく、お金を持っていないので、できたら髪を買って欲しいんです」
ドーソンとマリアは共通の思いでもって視線を交わした。
少なくとも、目の前の美しい子供は髪を売らなければならないような育ちに見えなかったからだ。
「ぼうや、お金が欲しいのかい?」
こくん、と頷いて、シリウスは、
「それに、ぼくの髪、目立つし長くて女の子みたいだし、家の人にお願いしてもみんな切りたくないって言って切ってくれないんです」
と訴える。
「そりゃなあ……、床屋のおっちゃんであるオレだって、切ったらもったいないって思っちゃうぜ」
「そうよねえ……」
客と店主とで意見が一致する。
「ぼうやのおうちはお金に困っているのかい?」
「?」
シリウスは首をかしげた。
「困るって?」
お金に困る、という意味がわからなかった。
「貧乏」という単語は知っていたが、お金に困る、という状況はわからない。
「お金が迷惑なの?」
「いや……、まあじゃあぼうやのおうちは困ってないんだよ」
お金に困るという概念すらない子供が、切迫して金を必要としているわけもなく、床屋の親父は心底ほっとした。
もしもこの子が食うに困るほど困窮しているのなら、どんなに辛くとも、この美しい髪を切って買いとってやらなければならないと思ったからだ。
「お金に困ってないのに、親に内緒で髪を売ったりするのは、おっちゃん感心しないなあー、なあマリア」
少年の金髪を切りたくない一心でドーソンは常連客に話題を振った。
「そ、そうよ、勝手に切ったりしたらご家族が悲しむわよ」
なんだか髪を切ってくれなさそうな店内の雰囲気だったが、シリウスはあきらめなかった。
「では、あの、買っていただかなくてもいいし、切った髪は差し上げますから、だから切るだけでもお願いできませんか」
「!?」
うまく逃げられそうだったのに、そんな風に言われてドーソンは後じさる。
しかしここではバナードがすかさずドーソンを助けに入った。
「でもシリウスお金持ってないじゃん。お金を払わなきゃ髪を切ってもらえないぜ?」
「お、おう、そうだそうだ、無料じゃ困る。おっちゃんの方が貧乏になっちまう」
「そうよねえ、商売ですものねえ」
「……それは、その、切った後の髪を差し上げますから……」
「だめだよシリウス、それじゃ、髪を買ってくれって言ってるのと同じだろ」
三対一の様相を感じ、シリウスはわずかに頬を膨らませた。
けれどそれ以上強くは頼まず引き下がる。
「……わかりました……。帰ろう、バナード」
「お、おう」
なんだかシリウスから若干恐ろしい雰囲気がかもし出されている気もするが、髪を切らせずにすんでバナードはほっとしていたし、床屋にいた二人はもっと安堵したことだろう。
特に床屋のおっちゃんであるドーソンは嬉しそうだ。
本当にシリウスの切った髪を無料で入手できたなら、ドーソンはかなりの儲けを手に出来ただろうに、そんな儲けよりも、美しい髪を無残に切ることはどうしても嫌だったようだ。
店を出る前に、シリウスはドーソンに駆け寄って、親父の手をぎゅっと握る。
「今度来るときはお金を持ってきますから、そのときは切ってくれますよね!」
「……えあっ?! ……う、うん……」
視線を泳がせ、しどろもどろになりながら、ドーソンはなんとか答えた。
このあとマリアはまともに髪を切ってもらえるのかどうか非常にあやしいとバナードは危惧したがどうしようもない。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
シリウスとバナードが店で押し問答しているころ、突然塔が出現した広場ではかなりの騒ぎが起きていた。
ありえない現象がおきた現場を見学する人々でごったがえし、なにがどうなったのかと話し合う。
そんな中、何人かの目撃者の証言により、どうやら金髪の少年が魔法を使って直したらしいという噂がじわじわと広まっていた。
「俺、見たんだ! なんだか天使みたいな子供がいたからつい見とれてたら、その子が金色に光りだして、そしたら塔の跡地も光ってて、なんだなんだと思ってるうちにあんなふうに塔ができあがってたんだよ! あれ絶対本物の天使だったんだって!」
実際にはてっぺんが未完成で、完全に出来上がってはいなかったが、目撃者は数名おり、みな同じような証言だったことから、彼らの言葉の信憑性は高いようだった。
そんな騒ぎの中へ城内につめているはずの近衛騎士たちが現れ、人々を解散させるのかと思いきや、彼らはなにやらみな一様に焦燥感を漂わせ、
「その金髪の少年がどこに行ったかしらないか」と、必死な様子で尋ね回っていた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
店を出て、なんとなく気まずかったバナードだったが、シリウスは意外と元気で、不機嫌ではないどころか上機嫌に見えた。
「残念だったけど、面白かったね!」
にっこり笑った笑顔がたまらなくかわいくてバナードは思わず視線をそらす。
「お、おう。面白かったな。ドーソンのおっちゃんなんかすげー慌ててたし」
「あははっ」
軽やかに歩くシリウスは小鹿のようだ。
「でもバナード、君もわかったでしょ? みんなあんなふうに髪を切ってくれないんだ。ぼくが自分で切ろうとしたら、それっきりハサミもどっかに隠しちゃってさ」
「まじで? ハサミがないと色々不便そうだ」
「そうだよ。このままじゃどんどん髪が伸びちゃって、いまに引きずって歩かなくちゃならなくなるよ」
そんなに長い髪の人間はみたことない、と、二人で大笑いしながら歩く。
「帰りは裏道通っていこうぜ、近道なんだ」
「裏道? 違う道があるの? 通ってみたい」
単純に知らないものが見てみたくて、シリウスは頷いた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
表通りと違い、人の往来もほとんどなく薄暗い裏通りは、あまり治安がよくないものの、近所の悪ガキたちにとっては馴染みの深い日常の近道であり、バナードにとって別段警戒するような場所ではなかった。
学校に通うときでさえ、ためらわずこの道を使っている。
けれども今日は、床屋に到着する少し前から、二人を見ている男たちがいた。
治安のよいとされているウェスアタリアの国都であったけれど、人が繁栄している場所にはどうしても悪人が存在している。
彼らはそこらの子供たちとあからさまに毛色の違うシリウスに目をつけていた。
街を熟知している男たちですら、見たことのない子供だ。
どうみてもかなり育ちのよい子供で、うまく手に入れられれば高額な身代金の請求ができるだろう。
それが無理なら売ってしまうという手もあった。
ウェスタリアで人身売買は禁じられていたが、合法な国も遠方には存在しており、そこまで連れて行ってしまいさえすればどうにかなる。
あれほど美しい子供なのだから、さぞかし高値で売れるだろう。
しかし周囲の関心を集めながら歩いている二人を襲うわけにはいかない。
子供たちが表通りを歩いている間は隙を見て捕まえることも出来ず静かにあとをつけるに留まっていたが、思いがけず裏通りに入ってくれたので、物騒な男たちは下品な笑みを交し合った。
今回の課題「塔を建てる」は8割ほど成功。
てっぺんが未完成……。
一方、シリウスを探し回っている騎士の方々、かなり必死です。
次回は、行方不明だった蒼い人登場予定。




