表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/176

17・☆少年は冒険に出る 課題・街に行く

 

 

 

数日前に病がすっかり快癒したシリウスは、その日、窓辺から外の景色を眺めていた。

三階にあるシリウスの自室からは、街並みはもちろん、遠くの山々の稜線まではっきり見える。


 今まで何度か、カイルやアルファに、さらには兄のルークにも、街に出てみたいとお願いしてみたことがあったが、万事シリウスに甘い彼らが、外に行きたいというと決していい顔をしなかった。

いつか、もっと大きくなったら、と言って許してくれない。


 城の敷地内にある庭園や、小さな森には連れて行ってもらった。

そこでピクニックをしたり、子馬に乗せてもらったり、とても楽しかったけれど、シリウスは城以外の場所に住んでいる人々に会いたかったのだ。


 沢山の絵本や物語に出てくる、普通の人たち。

城に住んでいる使用人たちがお互いに気安く話し合っているのを見て、シリウスはうらやましかった。

この城の中ではみんながみんな、シリウスに対してうやうやしい態度で接してくる。

敬語じゃないのは家族だけだ。

それがどれだけ普通の事ではないか、シリウスは本での知識から知っていた。


 実のところ、空を飛ぶ練習をしていたのは、窓から外へ出られないかと計画していたせいだ。

早朝、まだ誰も起こしにこない時間になら、こっそり街へいけるかもしれない。

みんなすごく心配するだろうから、お昼ぐらいには帰ります、と、ちゃんと手紙も書いて用意した。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―






 はたして計画実行の朝、まだ薄暗いうちに、シリウスは白いジャケットとシャツを小脇に抱え、ズボンと靴だけを履いた姿で窓辺に立った。

カイルから、背中の翼は絶対に他の人に見せてはいけないと、口をすっぱくして言われていたので、明るくなる前に出かけなければならない。

城の敷地さえ出てしまえば隠れる場所はきっと沢山ある。どこかにこっそり降りて服を着ればいい。


 3階から外に飛び出すのはもしかして怖いかもしれないと思っていたけれど、いざ窓を開け放ってみると恐怖はまったくなかった。

遠くに見える街並みと、まだ暗い丘陵が、わくわくするあまり輝いて見える気がした。


「いってきます」


 ささやくような小声で、室内に向け、でかけるための挨拶をして、シリウスは窓枠を蹴った。


 最初は少々ふらついた。

うまく風にのれなくて高度が安定しない。

けれど意識して風をとらえると、徐々に速度も高度も思いのままに操ることができるようになってきた。


 窓から見える街はとても遠く思えたけれど、実際に飛び出してみれば城と城下町はすぐ近くで、空を楽しむ余裕もなく、あっというまに城壁を飛び越えてしまっていた。

城の裏手にある森の端に降り立って、シリウスは持ってきたジャケットを着込む。


 せっかく街に行くに当たって、シリウスにはいくつか目標があった。


 ひとつは散髪屋で髪を切ること。


 金髪は高値で買い取ってもらえると本には書かれていた。

そしてもし髪を買ってもらえたら、なんでもいいのでお店に入って、そこでいつも本を読んでくれる兄と、大好きなカイルとアルファに、何かおみやげを買う。


 髪を切ってほしいと城の中でどんなにお願いしても、誰もが全力で拒否するのでシリウスは不満だったのだ。

自分のように髪の長い人は城内に誰もいなかったし、なにより走ったり飛んだりするのに邪魔だとも思っていた。

お店で髪を切ってもらえて、さらにはお金ももらえてお土産が買えたら一石二鳥だ。


 もうひとつは、街の中で同年代の子供と話すこと。


 城の中にはシリウスと同年代の子供が一人もいなかった。

ルークと騎士見習いの少年たちがシリウスについで若年だったけれど、彼らもシリウスより十才前後年長だ。


 騎士たちはみんな優しいけれど、どんなに親しく接してくれても固い態度が崩れることはなく、本当の意味での友達になってくれそうにはなかったので、シリウスは本物の友達を探したかった。

兄ルークの友人、ロンのように、自分にも気軽に話せる友人がほしかったのだ。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―





 早朝のまだ薄暗い街の中を、シリウスはドキドキしながら歩いた。

一人きりで知らない場所にいるという一点だけでもシリウスにとっては大事件だったし、目に入る何もかもが珍しかったからだ。


 街のみんなもまだ寝ていると思っていたのに、店先の掃除をする人たちや、荷物の配達をしている人がすでに仕事をしていた。

街路に並ぶ屋外店舗の果物屋や八百屋はせっせと品物を並べている。


 がやがや騒がしく活気に満ちた朝の風景だったのだけれど、シリウスが歩いているのに気付くとみんなシンと静まった。

腰まであるさらさらの金の髪を早朝の太陽に輝かせ、いかにも高級そうなジャケットを着た子供が一人で歩いている。

それになにより、アメジストのような瞳が興味深げに自分たちを見つめていくのだ。


 服装から男の子と推測されたが、顔だけ見れば女の子なのか男の子なのか判別できない。

天使のように美しく愛らしいその子は、どう贔屓目にみても身分の高い家の子供にしかみえなかった。

それにあんな子供は一度見れば誰もが二度と忘れないだろう。

絶対にこの近所の子供ではない。

街の人々は無言のまま同じ疑問を抱いて視線で言葉を交し合った。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 教会の絵のように非現実的な子供に驚いていた市民の一組、果物屋の親子は、近づいてくる子供から目を離せなかった。


「あんな子、見たことあるか?」


「知らないよ!」


 ぶんぶんと首を振る息子のバナードを見て、果物屋の主人は頭をかいた。

口の周りにクマのような濃い髭を生やした果物屋の親父ゲイルは、見た目はごついがやさしい男だ。


「いくら治安がいい地区だからって、柄の悪い連中がいないわけじゃない。あんなキレイな子供が一人でフラフラしてたら危ないぞ」


 ちょうど店先に到着し、青いリンゴに瞳を輝かせている子供に、ゲイルは自分に出来る全力の笑顔で話しかけた。


「ぼうや、おうちはどこだい?」


「……えっ!? あっ、あの、すぐ近くなんですけど」


「すぐ近く? じゃあおじさんがおうちまで送ってあげるから、帰ったほうがいい」



挿絵(By みてみん)



 近くにこんな子供が住んでいるなどとは見たことも聞いたこともなかったが、このまま放ってはおけなかった。

けれど家まで送ると提案したとたん、ゲイルの前にいる子供の目が、一気に警戒するものに変わってしまった。

手を伸ばせばたちまち走って逃げ去ってしまうのは明らかだ。

隣で心配そうに様子を伺っていた八百屋の女将がゲイルとこっそり視線を交わし、助け舟をだす。


「ぼうや、お父さんとお母さんが心配してるんじゃないの? そのおじさんが怖いなら、おばさんが送ってあげてもいいよ」


「あ、あの、ぼく、散髪屋さんにいかないといけないんです」


「散髪屋?」


ゲイルは少年の金絹のような髪を見た。


「その髪をきっちまうのか?!」


「もったいない!」


「なんで?!」


 ゲイルと八百屋の女将と果物屋の息子バナードが一斉に叫んだので、シリウスは驚いてあとじさった。


「あ、まてまて、とって食いやしない」


あわててゲイルが静止する。


「うーん、散髪屋なあ、まだ開店してないと思うんだが、あそこの親父は早起きだったし、到着する頃には開くかな。バナード、お前案内してやれ」


「ええー?」


 不満そうにバナードは口を尖らせた。

散髪屋は街の反対側にあり、こんな風に何も知らなそうな子供と歩いたらどれだけ時間がかかるかわかったものじゃなかったからだ。


「つれてってくれるの?」


シリウスは紫の目を輝かせてバナードを見た。


「うっ……!」


 紫の瞳なんてもちろん初めてみたバナードは、あまりにもキレイなその目から視線が離せずクラクラしてきた。

濡れた宝石のように深く透き通り、吸い込まれてしまいそうだ。

唾を飲み込んでから、なんとか声を出す。


「で、でも、お前、本当にその髪切るのか?」


「うん。切ってお金にしたい」


 ゲイルと八百屋の女将は顔を見合わせた。

もしかしたら没落貴族か何かの子供で金に困っているのだろうかと。


 それにしてもこんなに綺麗な金髪は見たことがない。切ってしまうなんて実にもったいない話だった。

自分がこの子の親だったら、絶対に髪を売らせたりしない。

しかしもしも困窮していて、どうしても売るとなれば、確かに高額の謝礼がもらえそうではある。

果物屋ゲイルと息子のバナードの家も、隣でやってる八百屋の女将の家も、決して裕福ではなかったので、お金が必要といわれると拒みにくかった。


バナードは仕方なく了承した。


「わ、わかったよ。でも沢山歩くんだぞ」


「がんばる」


シリウスが元気よく答えると、果物屋の店先からバナードが出てきてシリウスに手を差し出した。


「?」


「……お前、握手しらないのか?」


「これが握手……」


 シリウスはバナード少年の、決して大きくはないが、しっかりとしたつくりの手を握る。

城の中で膝をついて忠誠を誓われたりすることはあっても、握手をしたことはなかったのだった。


「ありがとう、ぼくシリウスっていうんだ」


「オレはバナード。よろしくな。 よし! じゃあいくぞ!」


バナードはシリウスの手をしっかり握り歩き出す。




 バナードは10才で、シリウスよりも幾分背が高く、歩幅も大きかったため、シリウスは一生懸命ついていった。

黒に近いこげ茶の髪を後ろでひとつに束ね、実に元気のいい少年だ。


 そうやって歩きながらも、シリウスはきっちり街の中を見学していた。

シリウスと同じぐらいか、それより年下に見える子供も一人で元気に走り回っている。

なぜ自分だけ、家まで送ってあげる、などと声をかけられてしまったのかと考えてみれば、やはり服や歩き方が違って目だってしまったのではないだろうか。


「ねえバナード」


「なんだ?」


歩く速度を幾分落としてバナードが振り向く。


「ぼくの服、変?」


「変じゃないけど、すんげー高そう」


「……」


 シリウスは服をつまんで引っ張ってみる。

クローゼットから適当に選んできたのだけれど、どうしようもなかった。

もし慎重に選んでいたとしても、街なかを歩いている子供たちやバナードの着ているような服があったかというと、一着も置いてはいなかったからだ。


「服も買いたいなあ。こういうのじゃなくて、バナードの服みたいなの」


「……お前、やっぱり変わってるなあ。普通はみんなお前の服みたいなのをほしがるもんだぜ」


 笑われてしまい、シリウスは少々落ち込んだが、自分が無知なせいなのだと我慢する。

バナードは陽気に続けた。


「でも本当に服を代えたいなら、今着てるのを売って違うの買えばいいんじゃね? 十着ぐらい買えちゃいそうだ」


 実際には、シリウスのきているジャケット一枚の値段は、バナードが今来ている下着を含めた服全部の代金を十倍しても、まったく足りない額だった。


「これは売れないよ。ぼくが自分のお金で買ったんじゃないもの」


「でも親が選んで買ってきてくれたもんだろ?」


「う、うん」


 実際に買ってきてくれたのはきっと従者の誰かなので、両親が買ってくれた、というのはいささか違和感があったシリウスだが、頷いておいた。


「ぼく、まだお金の実物ってみたことないんだ」


「はあ?!」


 驚きのあまり歩みを止めたバナードにシリウスはしまったと思ったがもう遅い。

バナードの目がまん丸になっている。


「まじで?! 本当にお金を見たことないのか?!」


「う、うん」


もしかして普通はみんな子供でもお金を持っているものなのだろうか。


「すげえなお前、本当にいいとこのおぼっちゃんなんだな。まあ見るからにそうだけど……」


「そんなことないよっ」


 足の先からつま先までを、バナードにじろじろ見られてシリウスはついむくれてしまった。

バナードは、まあなんでもいいけどさ、と、ふたたび歩き出す。


「でもシリウス、なんで金持ちの家の子のお前が髪を売ったりしなきゃならないんだ?」


 もうシリウスは「お金持ちじゃない」などとは言わなかった。

自分が無知なせいで失敗が重なり、今更そんな事言っても無駄だと察したからだった。


「……本当はずっと髪を切りたかったんだ。それでもしお金がもらえたら、兄上たちに贈り物を買おうって……」


「兄上、ねえ」


 いかにも上流階級風な言い方に、バナードはしみじみしてしまう。

学校にも近所にも、そんな言い方をする子供はもちろん一人もいなかったし、そういう知り合いがいるという話も聞かない。

ましてや自分が、そんな家の子と知り合うなんて思いもしなかった。

かわいくて有名な、近所の金持ちの娘エリーだって、この子に比べると金持ち具合も美形具合も全然比較にならない。エリーがただの普通の子供に思えてきた。


 エリーが普段、自分のかわいい顔や金持ちであることを鼻にかけて、他の子供を子分のように従え、いばりまくっているので、バナードは金持ちにも美形にも偏見を持っていた。

けれど今となりを歩いている、エリーより何倍も金持ちで、何倍もかわいい子供は、ちっともいばっていない。


「ん? まてよ? ずっと髪を切りたかった、って、なんで今まで切らなかったんだ?」


理由はなんとなく察せられたのだけれど聞いてみる。


「みんな、ぼくが髪を切って、っていうと、逃げてっちゃう。わたしにはとても出来ません! って」


「みんなって?」


「うばやとか、カイルとかアルファ……護衛の人とか」


「……」


 これは本格的にやばいかもしれないとバナードは考え込んでしまった。

バナードにもなんとなく事情がわかってきたからだ。


 まず、この子は本当に、想像もつかないような金持ちの家の子だろう。

うばやも護衛も、バナードは物語でしか見たことがなかった。

実際にそんなのが存在しているというだけでも驚きだ。

お金の現物を見たことないほど大事にされてて、おそらく今日まで外を歩いたこともない。


 それから、この子は別に金に困ってない。

髪を切るついでに「兄上」とやらに贈り物を買う現金がほしいだけだ。

そして、肝心の髪は、綺麗すぎて誰も切りたがらない。


 バナードは、もしこの子供が自分に「髪を切って」と言ってきても、うばやや護衛とかいう連中と同じように、全力で拒むだろうと思った。


「なあシリウス」


「うん?」


「そんなきらきらの瞳で見上げてこられると実に言いにくいんだけど、やっぱり床屋にいくのやめないか?」


「えっ?! なんで?!」


びっくりして立ち止まったシリウスに、バナードは肩をすくめて見せる。


「だってもったいないじゃん」


「もったいなくないよ。長くてじゃまなのに……」


「邪魔だったら、オレみたいに後ろでくくったらいい」


 そう言ってバナードはポケットから自分の髪を縛っているのと同じ、紐でできた髪留めを取り出した。


「お前は頭の上の方で髪をくくったらきっと似合うよ。ほら、そこんとこ座ってみ」


 街路樹を囲っている丸石の上にシリウスを座らせ、バナードは後ろに立って手際よくシリウスの髪をポニーテールに結い上げた。


「ほれ。ましになったろ」


自分の作品に満足してバナードはうんうんと頷いた。


 バナードに髪を結い上げてもらったシリウスは首をかしげた。

高い位置にまとまった髪がさらさらと流れる。


「さっきよりは邪魔じゃないけど」


「すげえ似合うぜ」


正直、ますます女の子みたいになったが、それは黙っていた。


「うーん、鏡がみたいなあ……」


「鏡か、それならここまで来たし、もうついでだからやっぱ床屋まで行っちまうかー」


「うん! いく!」


 髪を切るにしても切らないにしても、散髪屋がどんな店か、シリウスはとても見てみたかったのだ。




一人で出かけてしまったシリウス。

果物屋の元気な一人息子、バナードくんもようやく登場です。


おいてかれてしまったカイルとアルファはまだ何も気づいておりません

シリウスの世間知らずっぷりは本人のせいではなく、周囲のせい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ