16・親友再訪
いつもありがとうございます。
カイルの親友ジャンの再訪です。
次回から、ようやく城の外に出て行く予定です。
隣国、アレスタから親書が届けられたのは、シリウスが卵から孵って二ヶ月ほど経過した日の事だった。
親書を携えてきたのはカイルの友人、貴族の五男坊であるジャンだ。
かしこまってウェスタリアの国王、ライオネルに親書を渡すという任務を終えたジャンは、役目を終えた瞬間からいつもの気楽な男に戻り、旧友カイルに会うため、近侍の一人に頼んで彼の部屋をたずねた。
近侍は快く案内してくれたが、
「カイル様はおそらくお部屋におられませんよ」
と、苦笑するように言うのだ。
「どこかへ出かけているのか?」
「いえ……、カイル様もアルファ様も、シリウス殿下につきっきりなので……」
近衛の表情がなんとも複雑だったので、ジャンにも状況が良くわかった。
二ヶ月前、ジャンがカイルと別れる際も、カイルはシリウスに夢中だったからだ。
ジャンの知るカイルと言う男は、世間からは冷静だ、クールな男だ、などと言われていたが、実際は炎のような外見にふさわしく好戦的で、魔物が現れたと聞けば喜んで現場に駆けつけた。
それなりに冗談も言うし、声を出して笑ったり、ハメをはずすことも年相応だ。
だが非常にマジメで、思い込むと一途であり、他に目がいかない性質でもあった。
そのカイルが、自分の主と定めた子供に夢中になっている。
もう一人のアルファという竜人も同じように離れないとなれば、他の人間は近くによることも出来ないのではないだろうか。
それが愛情や忠誠心ゆえにであっても、周囲にしてみればありがたいと同時に迷惑このうえないといえる。
実際、ジャンは国に帰ってから、カイルを他国に残してきたことに関して、予想通り様々な相手に嫌味を言われたし、今回もウェスタリアを再訪するはめに陥った。
ジャンとしては、カイル本人に面と向かって支援すると宣言してしまった以上、自分がどこにいてもカイルの味方になってやるつもりではあったが、言ってやりたいことがないわけではない。
カイルの自室を訪ねると、案の定、部屋の主はそこにいなかった。
部屋で待っているように言われるかと思ったのだが、その近衛は「よければシリウス殿下のところへご案内します」と、親切にもジャンを弟王子の居室へ案内してくれた。
二ヶ月ぶりにジャンが見たカイルは、膝の上に金髪の少年を乗せてご満悦であった。
「カイル……」
「久しぶりだな、ジャン。……あっ、シリウス様、そこはスペルが……」
なにやら勉強中であるらしく、書き物をしている子供に、カイルは文字を教えているようだった。
来客の存在に気づいた少年は顔をあげジャンを見る。
その天使のような容貌に、ジャンの心臓が跳ね上がった。
紫の瞳がじっとジャンを見つめる。
美しい子供はたくさん見たことがあったが、こんなにキレイな子供は初めて目撃した。
なるほど、この子供がカイルの心酔している「主君」らしい。
もう一人の竜人、アルファがその場にいなかったのでジャンは安堵した。
以前ウェスタリアを訪れたときに一度、目にしただけだったが、あまり頻繁に会いたい相手ではない。
「カイルのお友達?」
カイルをふりかえって見上げると、少年の金髪がはらりと肩から落ちる。
「ええ、悪友です」
「せっかく来てやったのに、悪友とはひどいな」
カイルはとりあえず、ジャンにシリウスを、シリウスにジャンを紹介し、ジャンを向かい側の椅子に座らせた。
「シリウス様、私たちも少し休憩しましょうか」
「いいの?」
もちろんですとも、と、微笑んで、カイルは膝に乗せていたシリウスを隣に座らせ、水差しからハーブ入りの冷水を茶器に注いで差し出す。
ジャンにも差し出してやり、広げてあったいくつかの本を片付けた。
そこへ、ジャンが望んでいなかった相手、黒鋼色の髪を持つアルファがノックとともに現れ、柳眉をしかめた。
「なんだ、そいつは」
あからさまに不満そうな顔をしてジャンを睨む。
「ああーっと、カイル、取り込み中っぽいし、オレ、お前の部屋で待つことにするよ」
ジャンは早々に退出することにした。
正直言ってこの恐るべき人物と親しくなれる自信はなかったし、相手のほうでもその気はまったくないだろう。
「いい、ジャン、私も行く。ちょうどアルファと入れ替わる刻限だったのだ」
カイルは立ち上がり、シリウスの金の髪の一房を手に取ると、うやうやしく口付けた。
「それでは失礼いたします。またあとで参上いたしますので」
「うん。ありがとうカイル。ジャンも、またね」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「いいのか? 護衛についていなくて」
ジャンは久しぶりにカイルと並んで歩いた。
この、ジャンよりも少し背の高い赤い髪の友人と歩くと、いつだって誇らしい気分になったものだ。
今は少し切ない。
「シリウス様には一時間交代でアルファと家庭教師とジュディス様の四人で勉強をお教えしているのだ」
カイルはやや不満そうだ。
「同じ内容を複数の人間がお教えすると混乱なされる可能性がある。だから教科ごとに担当を決めた。アルファがついているときは他の護衛も必要ないし、夜間に備えて仮眠をとるようにしている」
「……お前、夜寝てないの?」
「いや、剣と毛布を抱えて扉の前で休んでいるよ。問題ない」
「……」
地位も身分もあるカイルがそんな事をしているのは大いに問題あると思ったが、何を言っても無駄だと感じたジャンは黙った。
「……え、ええと、あとさ、なんで膝の上に殿下を乗っけて勉強教えてたんだ? やりにくいだろうよ」
さっき聞きたかったのだが、シリウス本人がいたので聞けなかった事を聞いてみる。
カイルはなぜ不思議がるのか、と言いたげな表情だ。
「先日シリウス様は具合を悪くなさってお倒れになってな。膝にお乗せしていれば、体温や体調の変化にもすぐに気づくだろう?」
「……」
なんだかおかしな理論だが、それでも言っている事はあってるようなあってないような、なんとなく反論もしにくかったのでジャンはまた黙る。
とにかく呆れてはいたのだが、カイルが幸せそうなので何も言えない。
「それで、ジャンは私にアレスタへ戻るよう説得するために派遣されたのか?」
自室であらためてお茶を出し、カイルは友人に切り出した。
「まあ大体あってるけど、説得はだめもと、っていうか、どんなに言ったってカイルは説得なんかされないだろうと、ご両親も国王陛下も理解しておいでになったよ。他のお歴々は色々と言いたい事もありそうだったが、陛下の手前とりあえずそれほど大事にはなってない。――まあ今日は親書を届ける役目で来たんだ」
「親書?」
椅子に座り、自分の淹れた茶を飲みながら、カイルはたずねた。
「ではアレスタの国王陛下が、ウェスタリアの国王陛下に向けて、私を返すよう手紙を書いたというのか」
それは少々めんどうな事態だな、と、カイルは思案する。
だがジャンは頭を振って肩をすくめた。
「いや、どうも可能な限り多くの国の代表を集めて、国際首脳会議を開こうとしているみたいだ」
「それはますますやっかいだな……」
「どんなにアレスタ側が文句を言ったって、お前自身が帰る気にならなきゃ竜人は動かせないとわかっているのさ。それにお前だけの問題じゃなく、黒竜公もおられるしな。北方の国々はアレスタを援護して黒竜公を取り戻そうとするだろう。そのほかにも今回の事が気に入らない世界中を味方につけて、お前たちが帰らざるをえない状況にしたいんだろ。最近魔物の出没報告がやけに増えているし、竜人の守護はどこの国もほしいのさ」
「私は何があっても絶対にシリウス様のお傍を離れたりはしない。おそらくアルファも同じだ」
ジャンは、まあそりゃそうなんだが、と笑って、
「お前を知らない人間にはわからないのさ。逃げ場をなくして追い詰めれば思いどおりになると思ってる」
カイルは形の良いあごに指先をあて、真紅のまつげを伏せた。
しばし思案していたが、すぐに顔を上げるともう一口茶をすする。
何か言うのかと思ったが何も言わないままなので、ジャンは思わず呆れて噴き出してしまった。
「なんか言うことないの?」
「ないな。シリウス様の害になるようなら排除する。そうでないならどうでもいい。相手が動き出さないことには排除もできぬし、今は様子見だ」
「……」
親友を心配していた自分がなんだが馬鹿らしく思えるほどすがすがしいカイルの思考であった。
「会議は二年後の開催を目指しているようだぞ」
「それはまたずいぶんのんびりしたものだな」
カイルものんびりしているよな、とはジャンも言い出せなかった。
「各国との連携に時間がかかる。北方の国には使いを出すだけで片道数ヶ月はかかるし」
「開催場所は?」
「アレスタのサンターナ」
サンターナはウェスタリアとの国境近くにある美しい港町だ。
交易が盛んで、巨大な裁判所や会議場もある。
「二年後……か……」
カイルは二年後の自分たちを想像して目を閉じた。
「シリウス様はさぞかし立派におなりだろうな」
「二年じゃそんなにかわらんと思うが」
ジャンのあきれを含んだ声も耳に入らないようで、カイルはうっとりしている。
もっと危機感とか、そういうの持たないの? と聞きたかったが何も言わなかった。
ジャン自身、カイルが実際にどれほどの力を持っているかは良く知らなかったからだ。
再びやってきたジャン。
親友カイルが全体的におかしな具合になっていたので突っ込みも追いつかない。
膝に乗っけて(カイルだけ)楽しく勉強を教えてた件については、シリウス本人から勉強しにくいと苦情が出てすぐに中止になりました。
誤字、脱字、設定の矛盾などは極力気をつけておりますが、発見したらお教えいただけると嬉しいです。
直せる範囲で修正させていただきます。