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170・白竜のお説教


「それでシャオ、ぼくがあのときに死ぬとは限らなかったって、どういうこと?」


 話を戻すと、シャオは姉のような優しい視線でシリウスを見つめ、頷いた。


「主どのは、我々が手を出さずとも、ご自身で力を取り戻したかもしれぬ。わしは、そうならない場合を恐れて事を急いた……」


 もしかしたら、封印を維持したまま、自分の力で、命を取り留めたかもしれない。

いや、その可能性のほうがきっと高かった。

だがシャオには、主が死ぬかもしれない事態を放置することはできなかったのだ。

ほんの僅かでも助からない可能性があるのなら、その道は絶たなければならない。

たとえ封印がとけ、世界の危機が迫っても、主の命が最優先だった。


「今日はぼくがエルフに拐われたことを心配してきたわけじゃないって言ったけど、シャオはぼくが帰って来るってわかっていたの?」


「主どのは、エルフ共に何を言われても、きっと自分の意志と力で、戻ってきてくださると信じておった」


 帰ってこなければ、無論、エルフの里を襲ってでも取り戻しに出向いただろうが、想定外だった魔人が現れさえしなければ、急ぐ事態ではなかったのだ。

確かに心配事はたくさんあるけれど、今日会いに来たのは本当に、単純に、主の傍にいたかったからだ。


 シリウスはシャオの手を握った。

いつかそうしたときよりも、ずっと冷たかった。

雪でできている、というその少女は、そっとまつげを伏せる。

シリウスは自分より遥かに年上の少女を見つめ、首を振った。


「シャオやみんなが封印を解いてくれなかったら、ぼくはきっと死んでた。それに、エルフの里から無事に帰ってこられたのは封印が解けていたおかげだよ。ありがとう、シャオ。それに、みんなも」


 あらためてお礼を言い、一同に向け、晴れやかな笑顔を向けた。

お礼を言われた4人の方は、各々赤くなったり瞳を潤ませたりぎゅっと拳を握ったりなど反応は様々だったが、世界最強を誇る竜人たちが感動に震える光景は希少すぎた。

もっとも兄王子ルークならば、そんな光景は見飽きていると呆れた風情で言うであろうけれど。


「さて、主殿、わしは少々こやつらにお灸をすえねばならぬ。申し訳ないのじゃが、少しの間、兄君のところでくつろいできてはくださらぬかのう」


「お灸?!」


 シリウスが目を丸くすると、シャオはいたずらっぽく笑う。


「うむ。とりあえず、湖付近は簡易に結界を張りもうした。蒼竜、主殿をお守りしておくれ。赤竜と黒竜は、ここでお説教じゃ」


「で、でもっ、みんなは別になにも悪いことしてないよ」


 一生懸命訴えたシリウスだったが、シャオは、気にせず遊んでくるように、と告げ、フォウルもそっと裾をひっぱるので、シリウスは仕方なく立ち上がった。

もしかしたら、お説教などではなく、何か話し合いをしたいのかもしれないと気づいたシリウスは、フォウルを伴って兄の下へと歩き出した。






 振り返りながら歩いていく主人を心配そうに見送っていたカイルは、シリウスの姿が遠く小さくなってから、ようやく聞いた。


「白竜公殿、私は昨晩のうちに白竜公殿がいらっしゃると思っておりました」


 シリウスが身に着けている腕輪で、異変があればシャオにはすぐにわかる。

異空間に主人がさらわれたとなれば、たちまち白竜公がかけつけてくると思っていたのだ。

だが昨晩シャオは現れず、今朝になってのんびりと姿を現した。


「エルフどもが何を企んでおるかは大体わかっておった。あやつらの隠れ里の場所は知っておるし、万一主殿が戻って来ぬ場合はお迎えにあがるだけじゃからな」


 カイルのいれた茶を飲み、シャオは大きく息をついた。


「そなたら、エルフどもが主殿に何を言ったのか、おそらくあまりよく把握しておらんじゃろうが、主殿が、エルフたちの提案を跳ね除け、自ら戻ってくることを選んでくださった。

このことの意味を、いまからとくとくと聞かせてくれるから、そなたら良ーく聞いて、その身と魂に刻みつけよ」


 アルファは目を閉じ微動だにせず、カイルはゴクリとつばを飲み込んだのだった。






 シリウスはゆっくりと歩きながら、ぴったりとついてくる狼に向け、話しかけた。


「ねえフォウル……」


 蒼毛の忠実な狼がシリウスを振り仰ぐ。


「フォウルは、銀竜って知ってる……?」


 狼は応えず、ただ視線をそらした。

だがそれでシリウスには十分だった。


「エルフや魔人をつくった銀色の竜……。でもぼく、銀の竜を夢で見たことがあるんだ」


 思い出そうとして目を閉じる。

いままで夢そのものを忘れていたけれど、今ではハッキリ思い出せる。

やさしい銀鋼色の瞳。

今では魔人たちの長になっているという。

魔人たちと一緒に行動していたフォウルが知らないはずがない。


「あのね……」


 シリウスは、エルフたちの姿を見て気づいたことがあった。

銀色の髪、銀色の瞳、長身の美しい人々。

彼らに良く似た人物を知っている。


「エルフの人たちは、ぼくが前に会った人に、すごく似ていたんだ」


 歩みを止め、目を閉じ、その人の姿を思い出す。

もう二年以上も前のことだ。


 暴走する馬から助けてくれた、あの瞳。

夢の中で、自分を見つめる銀のうろこの竜。


「グレン……」


 フォウルは思わず主人を見上げた。

シリウスはフォウルと視線を合わせ、さびしく微笑む。


「やっぱりそうなんだね……。グレンが、魔人の長だったんだ」


 アルファが本能的に遠ざけ、追い払ってしまった青年。

でもシリウスには、敵意も悪意も感じられず、ただ思いやってくれるやさしい気持ちだけが伝わってきた。


「あの時グレンは、亡くなった主人とまた会えたって言ってた。……不思議なことをいう人だなって思ったけど、ぼくの事だったんだね」


 話しているうちに、いつの間にか涙がこぼれた。

悲しいわけではない。

ただ、グレン、――銀竜のことを思うと、知らぬ間に頬を伝ってしまうのだ。

他の竜人たちとは違い、一人別の道を歩んでいるグレン。

どれだけ寂しい想いをしているのだろう。


「あの時、もっとたくさん話しておけばよかった……」


 再び歩き始め、前を向いたままシリウスは狼に語り続けた。


「フォウルは、グレンに会う方法を知らない?」


 答えてくれないかもと思ったけれど、返答があった。


「いまはもうわからない。――それに、会って話しても、決して気持ちを変えたりしない。封じるか、殺すしかない」


 にべもない返答だったけれど、シリウスは反論しなかった。

フォウルはもちろん、他の竜人たちも、同じように答えるだろう事は予想していたからだ。


「ぼくは、まだ彼らとちゃんと話してない」


 紫の瞳が濃く輝き、まっすぐ前を見つめる。


「ぼくの気持ちが通じるかどうかは、ためしてみないとわからない」


 それから表情を和らげ、心配そうに自分を見上げる狼に微笑んだ。


「大丈夫だよフォウル。ぼくにはわかる。グレンもぼくも、それにフォウルたちも同じだ。ぼくもみんなも頑固だから、きっとグレンも……。

ちょっと向いてる方向がズレちゃったけど、大丈夫、きっと軌道修正できるよ」


 フォウルはうつむき、口を閉ざした。

そうやって分かり合おうとした結果が、前世の悲劇だったからだ。

フォウルの主は死に、その生命力と引き換えに、魔人たちを封じた。

同じ道を歩ませるわけには行かない。


 だがシリウス自身も、自分が進みたいと思っている道が、前世の自分と同じだということも、十分承知していた。


「ずっと前のぼくのことを知っているフォウルに、一番助けてほしいんだ。きっと大丈夫」


 フォウルはシリウスを見ず、ただ、


「ボクはあなたを守る」


 そう答えただけだった。


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