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間話・魔人の卵

4/30発売の書籍版一巻の、各書店様特典一覧が発表になりました。

詳細は活動報告の方に書きましたので、よろしくおねがいいたします。

 深緑の長髪を三つ編みにまとめた魔人ジオは、魔城の一角に作られた温室で自作の茶を楽しんでいた。

椅子はジオの腰掛けているものも含めて四脚あったが、座っているのはジオ一人だけ。

そこへ紫の濃い霧が細い雲のように漂って近づき、椅子の上で人の形になっていく。

以前東西広場やアレスタの港街を襲った、赤銅色の髪の青年ツヴァイだった。

フォウルによって霧の成分を世界中に吹き飛ばされて散り散りになっていたのだが、ようやく元の大きさに戻れたらしい。

さらに彼らの足元の影がざわざわと蠢き始め、寄り集まって、紫のツインテールを縦に巻いた少女、アイシャの姿に変わった。

アイシャはレースをふんだんに使用した黒いジャンパースカートとヘッドドレス、姫袖のブラウス、プラットフォームシューズという派手な出で立ちだったが、すました顔で席につく。


「揃ったようですね」


四脚の椅子のうち、三つが埋まった時点でジオが微笑み、ティーポットから追加でハーブティを注いでいく。


「グレンがいないじゃない。彼はこないの?」


アイシャが不満そうに聞くと、ジオが苦笑したように頷く。


「グレンはいま卵につきっきりなので」


ツヴァイは赤銅色の癖っ毛を掻いた。


「あー……、卵ね……。予定外なことになってるって聞いたけど、実際どうなのかな」


「封印が解けたせいで一気に進行したようです。我々にはどうすることもできませんし、おそらく近日中には孵ってしまうでしょう」


平然と茶をすすりながら答えたが、アイシャとツヴァイは驚いたように目を見開いた。


「こんなに落ち着いていていいのかしら? お茶なんて飲んでいる場合?」


「シリウスくん……光の君の魂を封入するために用意した卵なのに、孵化しちゃったら困るんじゃないか?」


口々に言い募るがジオは気にしない。


「そうは言ってもどうにもならないでしょう。我々の封印が解けたのに加えて、金竜が発したエネルギーの影響も受けたようですし。あの方に合わせて作っているものだから影響は仕方がありません」


アイシャはかわいらしい唇を尖らせてから、長々とわざとらしくため息を付いた。


「じゃあ今のやつは捨ててまた最初からやり直し?」


 魔神たちが大切にしている『卵』の中では、シリウスが肉体を失ったあとにその魂を封入する予定の器を作っていた。

『卵』と呼んではいたけれど、水晶でできた円筒形の殻であり、中で成長している器は、人工の羊水のなかで育つ、グレンが作った魂のない人の形をしたホムンクルスだ。

今までエルフや魔人を創り出してきたグレンだったが、創造主たる光の君、シリウスの魂を受け入れられる器を創ることは容易ではなかった。

長い時間をかけて、その力に耐えられる器を、卵と呼ばれる容器の中で準備してきたのだが、実際に創造主を受け入れるときまで成長を止めていたはずの器が急激に成長し、孵化しそうになっている。


「あれはグレンの実験の集大成だから簡単にやり直すことなどできません。あの器は別の使い道を探すか、破棄して諦めるかどちらかでしょうね」


「破棄か……もったいないなあ」


「無駄にしたくないのなら、あの器に封入しても異常を起こさない魂を入れて利用するぐらいでしょうね」


「そんな都合の良い魂があるのかしら。光の君に合わせて作ったのに」


アイシャが疑念を口にすると、ジオが再び代案を上げた。


「異世界から魂を引き寄せるという方法もありますよ。この世界に固定されている魂を勝手に変質させることはできませんけれど、異世界からこちらへ渡る時の不安定な時なら、器へ適合させるために必要な能力を付与可能です。強力な光属性を与えればいい」


「それって、こっちの世界に無理やり転生させるみたいな感じ?」


「ええ、戦死、病死、事故死……なんでもいいけれど肉体と魂を分離したのち、拉致すればいいのです。神がうっかり間違えて早死させてしまったお詫びとでも言い訳して、能力を付与することで器に合致させる。異世界の扉を開くことは難しいけれど、封印が解けた我々三名が協力すれば、僅かな時間ならなんとかなるでしょう」


 事もなげに言うのでアイシャはますます不満げに眉を寄せた。


「簡単そうに言うけど、異世界が存在するとして、誰かを拐ってくるなんて、そっちの世界の管理者なり創造主なりに文句言われるんじゃないの?」


「巨大な直方体の建物を想像してみてください。各階層は完全に独立していますが、建物そのものを造った所有者は同一人物です。上下の階層同士は階段で繋がっていますが扉には鍵がかかっていて、もし鍵をこじあけ開いても格子で塞がれている。そのせいで肉体は通過できませんが、魂だけならなんとか通過できる。どちらの階層にも属さない、扉と扉の間をつなぐ階段を通過している間なら、拐った魂へ様々な装飾を施すことができる」


 ジオの解説を聞いたツヴァイが肩をすくめる。


「そんなめんどくさいことするなら、やっぱりこんなところでのんびりしていないで、いまグレンに力を貸してあげたらいいんじゃないかな? 孵化を止めるか、せめて遅らせられるかもしれないしさあ」


「器が無駄になるよりは使えば良いと提案してみただけですよ。我々が今グレンに力を貸したところで孵化は止められないでしょうから」


ツヴァイは腕を組んで難しい顔だ。


「孵化は止められないのか……。っていうか、器がない状態でシリウスくんの肉体を死なせても、魂の行き場を失ってしまうよ。次にいつ生まれ変わってくれるかわからなくなっちゃうじゃないか」


数日か、あるいは数百年後か、まったく見当がつかなくなる。


「それに関しては魂だけを捕獲しておく手段も考えてあります。グレンにも伝えてありますよ」


『捕獲』という、なんとも雑な言いように、ツヴァイとアイシャは顔を見合わせる。

ジオはそんな二人の瞳をじっと見つめた。

暗く深く、二人を値踏みするように。


「二人はどう考えているんです? 本当に、我々に光の君は必要ですか?」


「どういうこと?」


「どういうことかなあ」


 途端に場の空気が冷えた。

魔神たちの発する魔力がじわりと空気を濁す。


「そのままの意味ですよ。確かにグレンは創造主に執着し、誰も創造主を傷つけない自分の作った理想の世界で、ふわふわと大事に囲っておきたいのでしょう」


 すり寄ってきた嶌に指を絡め、白い花の香りを嗅ぐ。


「だが、私達の創造主はグレンだ。邪魔な竜人どもと光の君を殺し、今ある愚かな人間どもの世界を滅ぼしたなら、グレンの理想の世界だけが残る。そこにグレンの上に立つような余計なものは不要ではないですか?」


「で、でも……」


 アイシャは戸惑って、助けを求めるようにおろおろとツヴァイを見上げた。

ツヴァイは緑の瞳を薄く細める。


「グレンは、僕たちの創造主は光の君だと魂に刻み込んだ。……まあ、正しくは創造主の創造主ってとこだけど」


 意識したところで簡単に気持ちの切り替えはできない。


「だが、お前たちも知っているでしょう。光の君は、竜人たち……グレンも含めて、自由に生きるようにと、その魂を創造したんです。創造主に従い敬えなんて、本能に刻んだりしなかった」


 創造主は竜人たちを最初に創ったが、彼らを従わせようなどとはまったく考えていなかった。

ただ彼らが己の意志で、彼らを作ったその人を、ひたむきに守り、愛し、大事にしているだけなのだ。


「竜人たちのありようが、光の君が予想もしていなかった結果になったように、グレンが創った魔人である我々も、もっと自分の意志で行動できるはずです」


「……」


黙り込んでしまった二人に、ジオは微笑んだ。


「まあ、この機会によく考えると良いでしょう。本当は何をしたいのか、誰が大切なのか。オレはオレを創ってくれたグレンが大事です。光の君などよりもずっと。ーーだからシリウスを殺したあとにグレンが世界を創り直したなら、想像主たるグレンが世界を掌握すれば良いと考えていますよ」


 きっぱりと宣言すると、メガネをくいと押し上げて、花がほころぶように嫣然と微笑んだのだった。


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