167・それぞれの悩み事
シリウスたちが無事に帰ってきたことで、森に探索に出ていた騎士たちが呼び戻され、ウェスタリアの一行はようやく安堵して休むことができた。
騎士見習いであるハイドとバナードの上官で教官のフィオナは、詳しい事情を知るため部下の少年たちを質問責めするつもりだったのだが、シリウスにとめられた。
「ごめんなさい。エルフの里でのことはあとでぼくが話します。二人からは何も聞かないでもらえませんか」
「殿下がそうおっしゃるのであれば御意に従います」
フィオナには安全管理の責任があったため、本当は強引にでも聞き出したかったのだが、ルークが目配せしたので素直に従った。
聞かれたくない出来事がきっとあったのだろう。
兄であるルーク王子には詳細を話すだろうし、そのルークは必要であれば自分の部下たちに何があったか教えてくれる。
放って置くと少年たちは他の騎士たちから質問責めにあいそうだったので、フィオナは小型のテントを彼らに与え、二人を放り込む。
今夜は他の誰も、テントに近づかないようにと厳命した。
いろいろ聞きたかったはずの騎士たちは残念そうだったけれど、おとなしく従い自分たちのテントへ戻っていく。
彼らにとって、今日の出来事は驚きの連続であり、特に最後の金竜登場はかつてないほどの衝撃だったのだ。
話題にするには十分すぎたため、バナードやハイドから詳細を聞けずとも、とりあえず就寝前の話題には事欠かなかった。
ルークは自分のテントにシリウスを呼んだ。
王子たちはそれぞれ専用のテントを持っていたし、二人のテントはぞれぞれ天井も高く、必要であれば数名が一緒に寝られるほどの広さがある。
シリウスは自分の寝具をルークのテントに運んでもらって並んで横になった。
外ではカイルとフォウルがテントの警護についている。
アルファは付近の森を警戒するため全体を見渡せる位置に立っていた。
強靭な体力を持つ竜人たちが不眠の姿勢を見せたため、今日一日ずっと気力体力を消耗した騎士たちは全員休めることとなった。
もっとも、騎士たちは騎士たちで、黄金の竜とエルフの話題で盛り上がり、簡単には眠れそうになかったけれど。
「シリウス、今日はたいへんだったな」
寝具にもぐりこみ横になったルークが、無事に戻ってきた弟に話しかけた。
エルフたちは弟に危害を加えない、と、あのダークエルフの少女から聞いてはいたが、それでも心配でたまらなかった。
特に、あの少女が「本人の意思で帰ってこないだろう」などというものだから、弟を信じてはいても不安だったのだ。
「でも今日は何も話さなくていい。明日、ゆっくり話そうな」
「うん……」
シリウスは真上を向いて横になっていた。
広いテントの天辺に、幸運のお守りが下がっている。
今日は使っていないシリウスのテントにも、同じお守りが吊るされていた。
北の海に住む巨大な貝から作られた、旅の無事を祈る螺鈿の円盤だ。
両親が、息子たちのため、ウェスタリアでは希少なそのお守りを手を尽くして入手してくれたのだ。
かすかな明かりをともすランプが、お守りの複雑な色をやさしく反射していた。
どこまで兄に話すべきか、シリウスは悩んでいたのだ。
封印されるべき、と言われたこと、自分のせいで、魔人たちが世界を滅ぼそうとしているかもしれないこと。
エルフを作ったのは銀竜で、今、彼は魔人たちの長になっているらしいこと。
全部、話したくなかった。
明日まず、カイルやアルファ、フォウルに相談してから決めたかった。
「兄上……」
シリウスが兄に向かって手を伸ばすと、ルークがその手をしっかりと握ってくれる。
「どうした。なにか怖いことでもあったのか?」
「ううん……」
兄の手を握ると安心できた。
もしも、自分がした選択で世界が滅んでしまっても、兄は笑って許してくれる、そんな気がした。
でもそうなったら、自分自身が許せない。
今日は結果的に選択が正しかったけれど、この先もそんな幸運が続くかはわからなかった。
家族や友人たちが住むこの世界を守りたい。
魔人アイシャと名乗ったあの少女と、会話することはできなかった。
魔人たちと和解できず、全面的に戦いになってしまったら、そのとき自分はあの少女を殺せるのだろうか。
とてもできそうになくて、ぎゅっと目を閉じた。
たとえ竜人たちが実行したとしても、それは自分がしたのと同じことだろう。
前世の自分を思い出す。
魔人と和解できず、殺すこともできず、彼らを封印することで世界の滅びを防ぎ、自身はそのときの戦いで受けた傷が原因で死んだという。
最初に聞いたとき、なんて苛烈な、と思ったけれど、今ならわかる。
魔人と和解することも、魔人を殺すこともできなかった彼には、それが最善の逃げ道だったのだ、と。
――今なら、わかる……。
シリウスは兄の手のぬくもりを感じながら、気づかれないよう毛布のすそで涙を拭いた。
同じ道を歩んでしまいそうで怖かった。
死ぬことではない。
自分を愛し、いつくしんでくれる、家族や竜人たちを悲しませることが――たまらなく怖かったのだった。
バナードはハイドとひとつのテントに押し込められたので、覚悟していた質問攻めにあわずにすんでほっとしていた。
シリウスが二人からは何も聞かないように、と厳命したせいだけれど、明日からはどうなってしまうだろう。
暗いテントの中で、そっとハイドが話しかけてくる。
「なあ、バナード、お前シリウス殿下と親しかったんだろう? 殿下が金竜だって、知っていたのか?」
「いや、ぜんぜん」
何も知らなかった。
けれど今日の様子を見ると、シリウスも自分の真の姿を良くわかっていなかったのではないかと思えた。
誰かを背に乗せて飛ぶことも手探りのように思えたし、おそらく竜になったことがなかったか、あってもまだ数回なんじゃなかろうか。
「金の竜なんて、書物にも出てこないよな。竜人は世界に四名。誰にも忠誠を誓わず、どこの国家にも所属しない……」
「四頭の竜の主が金竜だったんじゃないか?」
「あ、そ、そうだな! でもなんで、いままでいなかったんだろう」
「さあなあ、あとで本人に聞いてみるか……」
「ばかよせ!」
興奮したのか、ハイドはガバリと起き上がった。
「黄金の竜で、ウェスタリアの王子だぞ! バナードは親しかったから気安いのかもしれないけれど、これからはもう少し接し方を考えろ!」
叱られて、バナードは苦笑する。
そうするべきなのかもしれない。
たとえ、シリウス本人が望まなくても。
守ってあげられるなら、それでもかまわない。
今までだったら、対等でありたくてあがいただろうけれど、今は、近くで守ってあげられるならそれでもいいと、そう思えた。
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