15・☆白い髪の少女
いつもありがとうございます。
連載前に書き溜めていた分は1/3ほど消化しました。
しまいこまれていたキャラクターがちょっとずつ登場してきて、みなさんの目に触れるのはとても嬉しいです。
このまま順調にいけるようがんばります。
今回は挿絵がありますので、お気をつけ下さい。
(カイルside)
深夜、突然、目が覚めた。
誰かの悲痛な叫びが頭に響いてきたせいだ。
「……アルファ?」
身を引き裂かれるような悲しみの叫び。
「アルファ!」
あれは間違いなくアルファの波動だった。
同時に氷を打ち込んだように恐ろしい予感が心臓を貫く。
アルファがあんな風に叫ぶ理由はひとつしかないじゃないか!
「シリウス様……!」
毛布を跳ね上げ飛び起きる。
シリウス様の寝所までは廊下を曲がってすぐそこだ。
私とアルファは請い願ってシリウス様の近くに居室を設けてもらっている。
夜着のまま飛び出し、短い距離を全力で駆け抜けた。
目に飛び込んできたのは床に膝をついてしゃがみこんでいるアルファ。
そしてアルファが手に取っている白い腕。
「!」
倒れている主君を目にして恐怖で鼓動が跳ね上がった。
「アルファ!」
「カイル、誰か、人を……」
うろたえるアルファの声をはじめてきく。激しい焦りと動揺を含んでいた。
身を翻して医師を呼びに行こうとして、騒ぎを聞きつけ集まり始めた近衛の一人が「先生を呼んできます!」と叫んで先を走っていくのが見えた。
医師の部屋を知らない私が闇雲に駆け回るより、近衛に任せたほうがいい。
シリウス様の傍らに膝をつく。
いつも透き通るように健康な白い肌が、今は紙のように青白い。
額に触れようとしてアルファに止められる。
「急にお倒れになったのだ。医者に見てもらうまで頭部にはむやみに触れないほうがいい」
言っている言葉は冷静だったが、そのバリトンの美声は震えていて、ようやく聞き取れるほどに小さかった。
みればシリウス様の手を握っているアルファの腕も震えているし、顔色も真っ青だ。
そこへ王室詰めの医者がかけつけてきた。
初老の医師は全速力でここまで駆けた近衛に背負われ、その背から降りるとき若干ふらついていたが、転がるようにシリウス様に近づく。
近衛のほうは力尽きてその場に倒れこんでしまった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
(カイルside)
翌昼になっても目を覚まさないシリウス様の私室に一人で寄り添う。
ルーク殿は長い休暇が終わり士官学校の宿舎へ一時ではあるが戻ってしまっていて不在。
シリウス様のご両親であるライオネル様とジュディス様は、たびたび様子を見にいらっしゃるが、公務があるのでつきっきりではいられない。
大きなベッドに横たわるシリウス様は、とても、とても小さくかよわい存在に見えた。
医者は結局、はっきりとした原因をもっと調べてみないとわからないと言って、人員を増やし図書室に引きこもってしまった。
「シリウス様……」
白皙の頬を青白く染め、弱弱しく切迫した呼吸をくりかえす主を見ていると、こちらが死んでしまいそうになるぐらい苦しい。
なぜ代わって差し上げられないのだ。
アルファは医師団とともに図書室にこもり、原因を探す手伝いをしている。
あとから駆けつけた私と違い、シリウス様がお倒れになる瞬間を目撃してしまったアルファは相当な衝撃を受けただろう。
だが、最初のころこそ激しく動揺していたアルファは、真っ青な顔色のまま動き始めた。
私も手伝いたいと申し出たのだが、アルファか私か、どちらかはシリウス様についているべきだという結論に達した。
ちいさなお手をにぎりしめるだけで、何もできない私はなんと無力なのだろう。
どんなに強大な力をもっていたとしても、主の役に立てないのならば何の意味もない。
これがご病気ではなく、軽い怪我などであれば、治癒魔法を使用していくらかでもお力になって差し上げられるのに。
「カイル……?」
「!」
うつむいていた私に、かすれてはいるが、いつものかわいらしい声がかけられた。
「シリウス様……!」
「カイル、泣いてるの……?」
泣いてなどおりません、そう言いたかったが声が出ない。
いつもきらきら輝いている紫の瞳が曇っている。
どれだけおつらいのだろう。
「ぼく、だいじょうぶだから、心配しないで」
シリウス様は、荒い呼吸のまま私に向けそっと微笑んだあと、再び目を閉じてしまった。
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「シリウス様……」
カイルはそっと呼びかけ、シリウスの額の汗を拭った。
そこへ、憔悴した様子のアルファが現れた。
シリウスが倒れてから十二時間以上、アルファは図書室に篭りきりだった。
体力的には何時間働き続けようとなんの痛苦もないだろう強健な男だったけれど、精神的な打撃はアルファを思いのほか打ちのめしている。
「どうだ、お具合は」
「……まだお眠りになられたままだ。そちらは何かわかったか?」
「いや……」
たんなる風邪ならもう薬が効いてもいいころだ。
アルファに続いて入ってきた医師は、あらためてシリウスの体を調べ、深く息をつく。
医師が衣服をはだけ、細いからだのあちこちに触れても、主人がなんの反応も示さずぐったりとしている様子を目にして、竜人二人は痛ましさに眼を背けた。
医師はそんな二人に提案する。
「瀉血を試みてもよいのですが……」
だがアルファもカイルも是とは言わなかった。
決断を下せる立場にないという理由も大きかったが、何より瀉血は最後の手段にしたい。
この華奢な体の細い腕に傷をつけて血を抜くなど、二人には到底許容できなかった。
医師は一通りシリウスを診ると、今度は国立図書館のほうに行ってくると言い置いて出て行った。王宮内の図書室よりも資料の種類も豊富だ。
「……俺も行ってくる」
アルファも立ち上がった。
「今度は私が行こう」
カイルがそう言って、別れのためにシリウスの金の髪に口付けたとき、居室の窓がカタカタと揺れた。
過去に、シリウスが勢いあまって粉砕してしまった窓だ。
三階に備えられた窓にふさわしく相当に頑丈だったのだが。
風の音かとカイルが振り向くと、窓の外に一人の少女が立っていた。
浮いていた、というよりも、すぐそこに地面があるかのように、少女はさりげなく空中に立っていた。
雪を固めたような白銀の長髪を頭上高くにゆいあげて、日に焼けた褐色の肌は若々しく滑らかだ。
アイスブルーの闊達そうな瞳を輝かせ、少女は窓をノックする。
「だまって見ておらんで、早く開けてくれないかのう」
かわいらしい少女とは思えないしゃべり方だったが、アルファはすぐに立ち上がった。
カイルとアルファには、彼女が何者であるか一目でわかった。
白銀の髪にも、アイスブルーの瞳にも、真珠のように淡く複雑な色が含まれていたからだ。
はるか西に暮らしているはずの白竜公。
齢五百才を超えるといわれる、現存する中では最高齢の竜人だ。
アルファが開けた窓から、少女は「よっこらしょ」と、年寄りくさい声をかけながら入室してきた。
「白竜公、お久しぶりです。しかしなぜ……」
アルファがシリウス以外に敬語を使っているのを聞いて、カイルは若干驚いた。
どうもこの二人はお互いに面識があるらしい。
少女は腰に手を当て闊達に笑う。
「そりゃあ、必要があったからに決まっておる」
白竜公、シャオ・リーは、見た目はカイルよりもさらに幼く、十五かそこらにしか見えない。
女性らしいしなやかな体つきをしていたが、成長途中の女性だけがもつなまめかしさを、その身に永遠にとどめているようだ。
「この数ヶ月、わしはここに来るべきか否か、ずっと迷うておったのじゃ。だが昨晩未明にそこな黒竜の悲痛な叫びが、わしのか弱い胸をつらぬいた」
そう言って、若々しく膨らんだ胸を押さえる。
「あんなふうに叫ばれたら、助けに来んわけにいかぬじゃろう」
「それはありがたいのですが、なぜ迷っておられたのですか」
アルファは問いかけた。
シャオはベッドに仰臥し苦しげに呼吸するシリウスのベッドに近づく。
「なぜって、このお方に会ってしもうたら、わしがわしでいられなくなるかもしれぬと思うたからじゃ」
切ない瞳でシリウスを見つめ、だがためらわずその場に膝をついた。
「我が君、我ら竜人をお救い下さる至高のお方。この白竜、あらためてあなた様に永劫の忠誠をお誓いいたします」
深く頭をたれ、眠ったままのシリウスの手を取り、うやうやしく己の額に押し付けた。
長いことそうして膝をついていたシャオであったが、立ち上がって息をつく。
「この方に会うてしまったら、わしはきっと、こんな風にせずにいられぬとわかっておった。わしの本能が、一刻も早くウェスタリアへ赴き、主に会ってお傍にいたいと訴えるのでな。じゃが、わしにはまだやるべきことが多すぎてのう」
「シリウス様がどのような方か、白竜公は会う前からご存知だったのですか」
「そなたはアレスタの赤竜じゃな」
シャオはアイスブルーの目を細め、若い竜人を見つめた。
「五百年も生きておるといろいろと知らなくてよいことまで知ってしまうものなのじゃ。……主は御名をシリウス様、とおっしゃるのじゃな。我らが主が近いうちに世界のどこかでお生まれになる事は知っておった。具体的な日時はわからなかったが、お生まれになった瞬間に気づいたよ。そなたらも、お傍にいたから何も感じなかっただろうが、おそらく遠く離れていても察することができたじゃろう。すぐにここへ駆けつけたくなったはずじゃ」
「そ、それならば、なぜ蒼竜公はいらっしゃらないのでしょうか」
カイルはこの場にいないもう一人の竜人の名を出した。
「あのものは、きっと誰よりも……、お主やアルファなどよりも、一番先にここに来たかったであろう。……誰よりも、何よりも、切実にこのお方に会いたかったのじゃ。じゃが……」
シャオは目を伏せる。
「……いろいろあるのじゃ。若者よ」
「……」
黙りこんだカイルの代わりに、アルファが話しかけた。
「白竜公よ、あなたがここにいらしたのは、シリウス様のご病気を察しての事なのですね」
「うむ」
シャオは懐から白色の輪を取り出した。
鈍くなめらかに輝き、とろりとした白い飴細工の中に真珠を溶かして封じ込めたような、不思議な色合いをしている。
「主よ、失礼いたします」
シリウスの手をそっととり、その手首に輪をはめる。
「それは……?」
「わしの鱗を削って作った道具じゃ。……わしの属性は氷。――それから固定。安定」
愛しい弟をめでるように、シリウスの金の髪を撫でた。
「この方のお力は本来この世に存在しない物なのじゃ。じゃがこの方の肉体は今現世にあり、幼さゆえに安定せず己の体を傷つけてしまう。不安定な魔力の流れを一時でも安定させて差し上げればささやかなれど助力となり、あとはこの方ご自身のお体が解決なさるじゃろう」
「どういうことなのですか」
アルファが必死の形相で問い詰めるが、シャオは少し寂しげに笑っただけだった。
「今はまだいえぬ。言うべきときではない。知ってしまうとこの方の心の成長を妨げる。――そなたたちもな」
シャオは手のひらをシリウスの額にあてた。
「腕輪だけでも回復なさると思うが、主が苦しんでおらるる姿を見続けるのは我らにとっても辛すぎる。本当ならなるべくすべてご自身のお力で解決なさったほうが良いのじゃろうが……」
シャオの手のひらからダイヤモンドダストのようにキラキラとした光がこぼれ、心なしか少年の呼吸が穏やかになる。
「この方は世界の宝じゃ。じゃが、何よりも、われら竜人にとって、なによりの宝なのじゃ。失うようなことがあれば、われらは永く存在してきた意味をなさぬ」
「お教え下さい白竜公、我が君……、シリウス様のお力は、どのような種類のお力なのですか」
「あせらずともいずれわかるよ。……さあ、これで徐々に回復なさるはずじゃ」
そう言うと、シャオはシリウスの額から手を離し、再び膝をついた。
「非常に残念でありますが、我が主よ、わしはもう行きます。あなた様のため、やるべきことがあるゆえ」
「白竜公! もう少しここにお留まりいただけませんか! 私たちに、もっと色々お教えいただきたい」
カイルははるかに年長の少女に向け懇願した。だが細身の少女は首を振る。
「お傍に侍るだけが忠臣の役割ではない。護衛はそなたらだけで十分以上じゃろう。……主が目を覚まし、わしにお声をかけられるようなことがあれば、さすがのわしもお傍を離れられなくなる。声を聞き、瞳を見て、どうしてこの方のお傍を離れておられようか。――離れられなくなるにきまっとる。おぬしたちのようにな」
チラリと二人の竜人をみやり、シャオはうらやましそうだった。
「年長者としてはそなたらに場所をゆずってやらねばならぬ」
「ですが、シリウス様も、きっとお話をお聞きになりたいと思うはずです」
「そのうちまた改めてお目にかかるとお伝えしておくれ。それよりも……」
入ってきた窓に足をかけ、シャオはカイルとアルファを輝き渡るアイスブルーの瞳で睨みすえた。
「魔物の凶暴化に気をつけよ。魔の異変と、光の君の誕生は無関係ではない。われら竜人だけでは手の施しようのない事態が起きようとしている。主の存外なお力が必要になるのじゃ。我らが君をお守りせよ。この方に万一の事あれば、そのときは我らも、この世界も、すべてが魔に飲み込まれることになる」
「!」
「我らが主が己の力を己のものとし、自在に扱えるようになるまで、決してお傍を離れずお守りするのじゃ。わしもそのうち戻るでな」
重大かつ恐ろしい忠告をすると、白竜公は少女の姿のまま窓を蹴り、再び空へと飛び去った。
白竜公、シャオ・リー (小麗)の登場です。
500歳を超えるおねえさんですが、酸いも甘いも知り尽くした、おだやかでとても頼りになる人です。
年寄りっぽい口調は、本人が意識して何年もやっているうちに地になったものなので若干わざとらしいです。
若く見られるのも、年齢相応に、ばーさんあつかいされるのも、どっちも好きという変わった人物です。
色々教えてくれましたが、肝の部分は自分で考えなさいと宿題を残して一旦退場。
蒼竜に関する発言が一番重要かもしれません。