164・子どもたちの戦い
お久しぶりです。このたび「少年と竜神」をマイクロマガジン社様(GCノベルズ様)より書籍化していただけることとなりました。
まったく予想していなかったことだったので、3月にご連絡を頂いたときから、長いことなにかの間違いではないかと本気で思っておりましたが、なんとか発表できる段階までこぎつけ、ようやく、間違いじゃなかったんだなあと実感できるようになってきました。
本の発売日などは後日改めてお知らせしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
シリウスはすばやく降下すると、三人の少年騎士たちを背からおろした。
『ワグナー、腐食の少ない木はまだ生きてる、回復魔法がきっと効くよ。ハイドは光魔法が得意だったよね? 炎の魔法は地面の下に届かない。光魔法で影を消すんだ。バナードは生きている木から腐食した部分を切り離して』
「わかった。シリウスは……」
『ぼくはもっと広い範囲をやる。三人はぼくの光が届かない部分をお願い』
金竜が再び舞い上がる。
翼が打ち振られると、それだけで神聖な光に当てられた紙魚が吹き飛び消えていく。
ワグナーたちはシリウスに言われたとおり、木を助け、魔法を用いて陰に隠れる虫たちを倒した。
「ハイド! 魔力が枯渇しそうだったらこれを使え!」
ワグナーは短剣にはまっていた宝石をひとつはずし、ハイドに放った。
さっき指輪の魔法を使ってしまったハイドは、実を言うと苦しい戦いを強いられていっぱいっぱいだった。
「ありがとう!」
なんとか石を受け止めたハイドが、躊躇せず石の魔力を開放するための呪文を唱え、力を取り戻す。
「必ず魔力をこめなおして返す!」
それを聞いたワグナーがニッと笑った。
「期待せず待っている」
実際、ほんのわずかな魔力でも、宝石にこめなおす際には凝縮されるため、普通の人間がやれば何ヶ月、何年もかかるのが普通だ。
だからこそ高価なのだけれど、出し惜しみしていれば使う機会など永遠にこないことをワグナーは知っていた。
バナードも、木の陰に隠れようとする紙魚を光の当たる方向へ追い払いながら、完全に枯れてしまった木の枝を、それ以上腐食が広がらないよう打ち落とす。
バナードが折った枝の切断面を、ワグナーが回復魔法で整えた。
それを見たバナードが感心したようにしみじみと感想を述べた。
「木にも回復魔法って効くんだな……」
授業では人間相手や、軍馬のための魔法しか習っていない。
「ああ、知ってはいたけど、俺も使うのは初めてだ。俺は植木職人じゃないからな」
ワグナーは、バナードの額にはりついた葉っぱの残骸をつまんでとってやった。
とにかく被害を減らすことが第一だ。
不幸中の幸いというか、紙魚たちは人間やエルフを襲おうとはせず、その能力もなさそうだ。
ひたすらに土や木を腐らせていくのみ。
少年騎士たちのやることをみていたエルフたちも、彼らを習って光魔法を使い木を守り始めた。
―・―・―・―・―・―・
「どうしてここにあなたがいるの……?」
アイシャは膨らみきっていない胸を押さえ、息を呑んだ。
黄金の竜はやわらかな光を放ちながら宙に留まり、紙魚を消していく。
それを見たアイシャは紙魚の群れへ合図を送り、自分の元へと呼び戻した。
黒い影がさざなみのように寄り集まってアイシャの足元から吸い込まれていく。
『もしかして君、魔人なの?』
地上へ向け、シリウスが質問すると、胸を押さえたままのアイシャが頷いた。
丸みを帯びた細い顎を涙が伝う。
「……そうよ。私はアイシャ。――どれだけあなたに会いたかったか……」
『!』
シリウスのほうこそ、魔人に会いたくて今回の旅に出たのだ。
予想よりずっと早く魔人に出会え、しかも話ができそうだと喜んだのもつかの間、アイシャの姿が黒く染まっていく。
現れたときとはまったく逆に、彼女の体は数多の紙魚となって足元から崩れていた。
消え去りそうな声が崩れた体から漏れる。
「ここはもう十分……。私一人じゃかなわない……」
『待って……!』
「次に会うときはあなたを殺さなければならないかもしれない。……でも、誰よりも先に金竜の姿を見られたことはみんなに自慢できる。きっとグレンがくやしがるわね」
あわてて人の姿に戻ったシリウスは、アイシャの消えた地面に手を触れたが、そこにはすでになんの痕跡もなかった。
彼女は影となって消えた。
「シリウス!」
駆け寄ってきたワグナーに、シリウスは寂しい笑みを浮かべる。
「話せなかった……」
「怪我してないか?!」
バナードとハイドも駆け寄って、彼らの王子の無事を確認してほっとしていた。
ハイドは泣きそうな顔でシリウスの前にひざをつく。
「申し訳ありません殿下。せっかくお命じいただいたのに、私はほとんどお役に立てなかった……!」
シリウスはハイドの手をとって立たせると、首をふって生真面目な少年の顔を覗き込んだ。
「ううん、ぼくのほうこそ、ハイドがさっき指輪の魔法を使ったばかりなのを忘れて、無茶なこと頼んでごめん」
それから後ろで心配そうに友人達を見守っているバナードを振り返る。
「バナード、教会の木、どうなったか知ってる?」
バナードが口を開きかけたが、返事をしたのは別の人物だ。
「教会の王樹は枯れてしまった……」
打ちひしがれたように、リンがつぶやいた。
教会の中にあった王樹は、金竜の放つ光が届かない室内にあった。
建物の外に突き出ていた樹木の先端などは枯れていないけれど、肝心の幹が黒くなってしまっている。
胴体に当たる部分を失ってしまった樹は、やがてすべて枯れるだろう。
ガウディもうつむき、彼らが家族のように大事にしている木々の残骸が、無惨に散りひろがる地面を見つめた。
エルフたちはみな泣き叫んだりはしていなかったが、力尽きたように肩を落とし、静かに涙をこぼしていた。その姿がかえって絶望の深さを窺わせ、少年たちは胸を痛めた。
「シリウス、あの木、治してあげられないのか?」
シリウスがあらゆるものを修復できると知っているバナードが小声で語りかけたが、シリウスは首をふる。
ここにあるものは、すべてシリウスには作り出すことも修復することもできない。
無力感にうつむいたとき、上空からサラサラとかすかな音が聞こえた。
見上げれば、王樹の枝がシリウスの頭上まで伸び、その葉が必死で音を立てている。
シリウスが顔をあげ、他の人々も気づいて視線を向ける。
白銀の葉は、ときおりハラハラと落葉していたが、それでも必死に枝を伸ばし、シリウスへ近づいてくる。
両手を伸ばすと、その指先に枝の先端が触れた。
シリウスの手の中に、小さな白い花が咲く。
ひとつ、ふたつ、みっつ……いつつまで咲いたところで、花びらがヒラヒラと落ちた。
「ああ……」
手の中で花が枯れてしまったことが悲しくて、思わず声を出してしまったが、今度は花のがくの部分がゆっくりと膨らみ始めた。
「まさかそんな」
リンと、エルフの長、ガウディが驚愕の声をあげる。
白銀の樹木は、創世の時代から今日まで、花を咲かせることも、実をつけることもなかったのだ。
だが今、金髪の少年の手の中で間違いなく花が咲き、実が育っている。
指の先ほどに膨らんだ実は、やがて、ぱちん、ぱちんと、小さな破裂音とともにはじけた。
ひとつの実の中に、4~5粒のツヤツヤした銀色の種が入っていた。
それはアサガオの種のように半月形をしていて、たっぷりと栄養が詰まっているのか、まるまると膨らんでいる。
種がすべてシリウスの手の中に納まると、残っていた葉が次々と力尽きたように落ち始め、やがて枝の部分も灰のように変じて消え去ってしまった。