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159・エルフの魔法

 ワグナーは目の前に広がる光景に息を呑んだ。

さっきは湖のほとりでシリウスを見つめていたのだ。

森を凝視したまま動かなくなってしまったシリウスが、美しい陶器の人形のようだ、なんてのんきなことを思っていた。

だが風景が白くにごったように感じた次の瞬間、景色が一変し、森は消え去った。


 夕闇の迫っていた淡く赤紫の空は、白銀の光の膜に覆われたように美しくかすんだ空に変わった。

森はなく、銀でできた切り立つ岸壁のそこここに、白い樹木に似た繊細な建物が点在していた。

整えられた樹木も白銀色で、金属のような光沢を発して輝いている。


 白と銀で覆われた幻想的な景色の中央に、青年が立っていた。

冷淡にさえ見える端正な顔。

わずかに尖った耳。

宝石を溶け込ませたような、プラチナに輝く長髪。

伝承でしかその存在をしらないワグナーにも、その青年がエルフであることはすぐにわかった。


 ワグナーは微動だにしないシリウスを見る。

状況に戸惑い動けずにいるワグナーや、バナードたちと違い、シリウスは青年をじっと見つめ、意思を交わしているように思えた。


「メア・ルクス」


 エルフの青年が、感極まったようにつぶやいた。

硬質な薄い唇がわななき、ほほを涙が伝う。

ワグナーは以前シリウスが召還した光の獅子が、同じように呼んでいたことを思い出す。


 メアルクス、――わが光、と――。




―・―・―・―・―




 シリウスが空気に溶け込むようにして消えたのを目撃したカイルは、文字通り、わが目を疑った。

真紅の瞳をこすり、シリウスの立っていた場所を見つめ、もう一度こする。

実はこのとき、カイルの動揺を反映して周囲数キロで気温が数度上がった。


 アルファの方はシリウスの消えた場所に立ち、呼吸を荒くしていた。

隣でうなり声をあげながら、フォウルが憎しみをこめてつぶやく。


「空間魔法だ……」


 フラフラとよろめきながら近づいたカイルは、その呟きを聞き逃さなかった。


「空間魔法!? 空間魔法を使ったのならエルフがシリウス様をさらったのか?!」


 この森に住んでいたというエルフたちが、空間を支配する魔法を得意としているという話は、カイルもついさっき聞いたばかりだ。

騎士たちがいっせいにざわめき、たちまち場が混乱しはじめた。

ルークが声をあげる。


「みんな落ち着け! フォウル、本当にエルフの仕業なのか?」


「おそらく間違いない。別の場所への入り口を一瞬だけ開いて閉じた。あの人をさらうことだけを目的に、ごく限定的な範囲で……」


 すぐそばにいて一緒に消えた三人の少年たちは巻き込まれてしまったのだろう。

ルークはロンと顔を見合わせ、とりあえず大きく息をついた。

本当は取り乱していたし、弟の名前を叫んで暴れながら泣き出したいぐらいだったが、部下たちの目の前で錯乱してしまうわけにはいかなかった。

表情だけでも冷静を取り繕い、震えそうになる膝を叱咤して深呼吸した。

原因がわかるのなら、解決方法も必ずある。


「そのエルフの開いた別の場所とやらにこちらから行く方法はあるのか?」


 ルークの問いかけに、膝をついて地面を調べていたアルファが立ち上がり、怒りをこめた視線で中空を睨み据えてから、片手をかざした。

地面からやや浮いた位置に、手のひらほどの大きさしかない小さな金色の魔方陣が浮かび、シャラシャラと澄んだ音を立てながらじわりじわりと大きさを増していく。

魔方陣は一見すると塗りつぶされているかのように見えるのだが、実際は絹糸よりも細く、精密で複雑な文様が描かれて広がっていく。

あまりにも陣の模様が細かいため、なかなか大きさを増さない。


 アルファは低い声でルークに答えた。


「この場所に残った魔力を解析し、逆行すれば、ここに開いていた空間がどこへ繋がっていたかわかるだろう。だがその痕跡がほとんど感じられない。森の中を歩いていたとき、我が君がおっしゃられていたとおり、完全に閉じている。見てのとおり進行してはいるが、解析が終わるまでには時間がかかるだろう」


 カイルは膝をつき、シリウスが立っていた場所の砂を掴んだ。

何もできなかったし、今現在も何もできない。

今、どこか見知らぬ場所にさらわれた主人が、どれだけ心細い思いをしているかと想像するだけで呼吸が苦しくなった。

他の少年三人も一緒にさらわれていたが、彼らでは到底、エルフの強大な魔力にはかなわないだろう。

守ってあげられるものが誰もそばにいない。


「――私は森を探索してくる、何か手がかりがあるかもしれない」


 それしかやれることが思い浮かばなかったのだ。

だがそう発言して視線をあげたとき異変に気づいた。


 湖の上に、小柄な少女が1人、立っていた。

水面が地面であるかのように、さりげなく。

誰に気づかれることもなくいつのまにかそこにいた事を考えると、彼女も空間の裂け目から現れたのだろう。


 短く刈った漆黒の髪に、褐色の肌、それに――尖った耳。


「ダークエルフ……」


 ルークはつぶやいた。

湖の上に立つ少女は、ルークたち一行を恐れるようにみつめ、近づきたいのに近づけないでいるようだった。


 少女を凝視していたルークは少女の瞳の色に気づいた。

シリウスの瞳とまったく同じ紫だ。

よく見れば、少女は顔や体形もシリウスとなんとなく雰囲気が似ていた。

肌の色や髪の色、髪の長さがまったく違っていたし、なにより性別が違っていたのでわかりにくいが、それでも似ている。


 もしかしたら弟をさらった張本人かもしれなかったのだが、シリウスに似ている、と気づいた瞬間、ルークから敵意が溶け去った。

怯えている様子に悪意を感じなかったせいもある。

竜人たちや騎士たちに、手振りで下がっているように伝え、前に出た。

ルークが一歩前に進むと、少女は同じだけ下がってしまう。


「待て、逃げないでくれないか。教えてほしいことがあるんだ!」


 岸から声をかけると、少女は紫の瞳を騎士たちに向け、おずおずと頷いた。

ゆっくり近づいてくる。 


 少女が間近まできたとき、竜人たちもハッキリと気づいた。

肌の色も髪の色も、何もかもまったく違っているが、似ている。

なにより紫の瞳が、シリウスにそっくりだった。


「あなたたちが何を考えているかわかってる……」


 悲しそうにうつむき、自分の胸を押さえた。


「私はティアレル。ティアでいい。光に近づくために作られた、汚らわしいいきもの」


「光に近づく……?」


 アルファは掴みかかかって問い詰めたい衝動をこらえ、少女を見つめた。

少女は細い首を縦に動かし頷く。


「そもそも、エルフはみんなそう。でも中でもあたしは失敗作……」


「どういう意味だ」


 だが今度の問いかけに少女は答えなかった。


「あの方は、どうするべきか自分で選ぶ。だから無理に探さなくていい。帰ってこようと思ったら、自分で帰ってくるわ」


 少女の言葉にルークは身を乗り出した。

うっかりすると、帰ってくるならよかった、と胸をなでおろしそうになるが、不穏な内容だった。


「帰ってこようと思わない場合があるというのか」


「……たぶん、帰ってこない」


「!?」


 その場の空気が一気に凍りついたのを察し、少女は怯えたような表情になったが、ハッとしたように付け加える。


「あ、あ、でも、間違って飛ばされちゃった三人は返します。事故だから。安心して」


 まったく安心できない。


「じゃあ、伝えたわよ」


 再び湖へと戻ろうとする少女の細い腕を、アルファがすかさず捕まえた。


「ちょ……! 放して!」


「放さぬ。我が君がお帰りになるまではな」


 冷たい目で少女を見下ろした。




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