156・アレスタの思い出
長い間放置していたのにも関わらず、温かいお言葉をたくさん頂き、とても励みになりました。
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部屋に残ったワグナーは、追い出されてしまった竜人たちが気になって仕方がなかったが、シリウスは平気な顔をしている。
「おい、よかったのか? 竜人の方々はここにいたかったんじゃ……」
「うん。そうだけど、アルファたちはお願いしないと一日中くっついて離れないから、一人になりたいときとかはちゃんと言わないとだめなんだ」
「……良く竜人を相手に言えるよな」
ワグナーはしみじみ感心してしまった。
普通の人だったら、迫力満点の竜人を目の前にしたら、自分の希望や意見なんか吹き飛んでしまってとても口に出せない。
「だって、カイルもアルファも、ぼくが生まれた時から一緒なんだよ? フォウルとはもっと後になってから会ったけど、でも三人とも家族と同じだから、他の人がみんなのことを怖いって言っても、ぼくには良くわからない」
「俺にとって赤竜公は憧れの方だし、黒竜公はとんでもない迫力だし、蒼竜公には殺されそうになったし、シリウスがあの方たちに何か言うのを見るだけで緊張するよ」
肩をすくめて冗談めかして言ったが、まごうことなき本心だ。
少し冷めた緑茶を飲んで、気分を落ち着かせる。
「世界中の人が竜人を特別な人だと思ってることは知ってるけど、みんなちょっと強いだけで、普通の人と変わらないのに」
「ちょっと強い、か……」
ちょっとどころか、世界でもっとも強力な生物だ。
一人だけでも世界を滅ぼしてしまえるほどの力を持っている。
そんな人物を「普通の人と変わらない」と言われても、ワグナーの方はピンとこないのだった。
「カイルなんか、この前、不安で眠れないっていうから添い寝してあげたら、一日中ぼくのこと抱きしめて放してくれなくて、アルファとフォウルに怒られたんだよ」
「はあ?!」
「ヨダレたれてたし」
ワグナーの知っている赤竜公は、ハンサムで礼儀正しく、アレスタの人々を何度も救った英雄だ。
憧れの、若き軍神のように美しい赤竜公が、シリウスに添い寝してもらい、ヨダレをたらして眠っているなんて、そんな姿はまったく想像できなかった。
「ね? 普通の人と変わらないでしょ。他の人たちにも、竜人だってみんなと同じなんだってぼくはもっと知ってほしいんだ」
「それはすばらしい事かもしれないが、ヨダレの件は伏せておいたほうがいいと思うぞ」
「そう?」
面白そうに笑って、シリウスは話題を変えた。
「クラスのみんなは元気にしてる? ショーン先生は?」
「ああ、もちろんみんな元気だよ。お前に会いたがってるし、心配してる」
「ぼくも会いたい……。でもきっと、しばらくぼくはアレスタに入れない。アレスタの人たちからの要望でウェスタリアへ帰国したっていうのもあるけど、ぼくの国の人たちも、ぼくがアレスタに行くことを当分は許してくれないと思う」
「怪我をしたからか?」
ワグナーが聞くと、シリウスは少し迷ったように睫を伏せた。
「パーティ会場で毒を飲まされそうになったから……」
「ああ……」
その現場にはワグナーもいたので、もちろんよく覚えていた。
王子が隣国を訪問中に暗殺されかけたとあっては、確かにウェスタリア側は穏やかではないだろう。
「でもいつかきっと、また行けるようになると思う」
「そうだな。俺みたいに、クラスのみんながウェスタリアに来てもいいんだしな」
笑みを交わし、しばらく楽しい雑談を楽しんだ後、シリウスは立ち上がった。
「そろそろみんなを呼び戻そう。カイルもアルファもフォウルも、絶対自分の部屋に戻ってない」
「そうなのか? 部屋で休んでいるようにって、お前言ってたじゃん」
シリウスは頷いた。
そっと扉を開けると、シリウスの言葉のとおり、蒼い狼が扉の前に座っている。
「アルファとカイルは?」
「見回り中。いまこちらへ向かっています」
「そろそろお夕飯の時間だよね。みんなで食堂へいこう」
竜人たちと、王子兄弟、それに、ロンやジョウ、モリスら側近騎士たちのいるテーブルに、ワグナーも加わり、アレスタでの出来事を楽しく語った。
最後は大変な事件になってしまったが、それより前の、楽しかったことを。
食堂で同じく夕飯を詰め込んでいたバナードとハイドのテーブルでも、アレスタのことが話題になっていた。
王子たちのテーブルと離れていたけれど、それでもシリウスと仲のよさそうな少年の様子が気になっていたせいだ。
バナードの前に座った騎士見習いの先輩は、顔をテーブルの中央に寄せて、こっそり話す。
「噂だけど、シリウス殿下が留学を予定より早く切り上げて帰ってきたのは、殿下がアレスタのやつらにいじめられたからだって話だぜ」
「まじかよ!? あんなにかわいくてやさしい殿下をいじめるとか、ありえないだろ」
「もし本当だったら許せないな!」
顔を寄せ合い、こそこそ話しているのはバナードたちのテーブルだけではない。
話にまじってこないバナードを、ハイドは肩で小突いた。
「なんだよ、お前はあいつのことが気にならないのか?」
「気になるけどさ、でも、シリウス……殿下が、いじめられてたってのは、違うような気がする」
「なんでだよ」
バナードの呟きを耳ざとく聞いた先輩が、不満げに聞いてくる。
「だって、あんなに仲がよさそうじゃないですか。さっき宿屋の前で再会したときも、抱きついて喜んでおられたし。もしいじめた本人なら、竜人の方々や王太子殿下も、シリウス殿下の傍に近寄ることを許さないでしょ」
「そう言われてみればそうだな……」
「じゃあなんで殿下は留学途中で帰って来たんだ?」
みんなが腕を組んで考え込んでいるところへ、噂の中心人物、シリウスとワグナーが歩み寄ってきた。
初日の昼食のときのように、シリウスは学生たちのテーブルに近づくと、気軽に声をかける。
「みんな、今日は長い距離を移動したから疲れたよね。ご飯、たくさん食べてね」
「は、はい!」
学生たちがいっせいに起立し、礼をする。
「座ってて。……今日は、紹介したい人がいるからつれてきたんだ」
そう言ってワグナーを前に出す。
「ワグナー・エル・ロイドだ。アレスタからの留学生だが、旅に同行させていただくことになった。よろしく」
バナードはワグナーをそっと観察した。
言葉や態度からして、位の高い貴族の家柄なのだろう。
「ワグナーには、ぼくがアレスタにいるとき、すごく良くしてもらったんだ。ぼくと同じで、今回の旅の仲間のなかではみんなと年齢が近いから、仲良くしてね」
シリウスに紹介されたワグナー少年は苦笑していた。
「俺が良くしたわけじゃない。最初は色々あったし……。シリウスに怪我もさせたしな」
「!?」
騎士見習いたちの顔色が変わったが、シリウスはニコニコしている。
「たぶんそれ、アルファたちには一生文句を言われると思う」
あはは、と声に出して笑い合う二人は、誰が見ても気の合う友人同士だ。
学生たちに一通り挨拶すると、今回は一緒のテーブルに着くことなく、シリウスは自分たちの席に戻ってしまった。