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141・懐かしの我が家

 昨晩深夜、セントディオールに三頭の竜が降りてきたせいで、城は大騒ぎだった。

もちろん竜たちに害意がないことはわかりきっていたけれど、竜人たちはシリウス王子の護衛だったので、彼らの帰国はすなわち王子の帰国を示していたからだ。

竜たちは二台の馬車も抱えており、王太子ルークも同行していたため、騎士たちは自分達の仕える王子たちの急な帰国を迎えるため大あらわらわだったが、当のルークが、大げさにせず、通常の任務をこなすようにと告げてくれたため、とりあえず騒動は収まった。


 ルークは急ぎ、騒ぎのせいで起こしてしまった両親へ、簡易な帰国報告をして、詳細は後日説明しますと伝えると、自分の部下達に城での宿泊許可を出し、眠ったまま部屋に運ばれた弟の無事を確認した後、自分もようやく自室に戻ったのだった。


 国王ライオネルと、王妃ジュディスは、長男の帰国報告に頷いた後、顔を見合わせる。

口には出さなかったが、次男の顔も見たかったのだ。

そっと部屋を出て、自分達の扉を守っていた兵士に、次男の部屋へ行く旨を告げ、夫婦仲良く手をつないでいそいそと息子の部屋に向かった。


 シリウスの部屋の前には、蒼い狼が寝そべっていたが、国王夫妻を見ると立ち上がった。

けれど部屋の前をどくわけではない。


「蒼竜公殿、少しだけ部屋に入ってかまわないかな」


 フォウルは夫妻の顔を交互に確認し、それから扉を振り返る。


「起こさないなら」


 ライオネルとジュディスはしっかり頷いた。


「誓うわ。顔が見たいだけなの」


 そう約束すると、フォウルはようやく場所をあける。

国王夫妻を警護してきた騎士も、ほっとしたようだ。

夫婦の嬉しそうな顔を見て、騎士も笑みを浮かべる。

騎士は、シリウス王子が留守にしていたこの一ヶ月間、夫妻が毎日、息子を案じていたことを知っていた。

立派に成長したルーク王子と違い、シリウス王子はまだ生まれて二年しか経っていない。

城の中の全員が、愛らしく優しい王子が心配で、同時に恋しかったのだ。




 ライオネルとジュディスが部屋に入っても、ベッドの上のシリウスは深く眠ったまま目を覚まさなかった。

ほっとすると同時に少しだけ寂しい。

ジュディスが小走りに駆け寄って、眠っている次男の顔を覗き込む。


 ベッドサイドにわずかな明かりがあるだけだったけれど、確かに間違いなく、隣国へ留学に行っていた次男だ。

金色の長いまつげがかすかに震え、ゆっくりと呼吸している。


「……少し大人っぽい顔になったかしら」


 一ヶ月と少ししか経っていなかったけれど、寝顔がりりしくなったように思えるのだ。

アレスタで、どんな経験をしてきたのだろう。


「明日くわしく教えてくれるはずだ」


 ライオネルは、我慢できずにそっと手を伸ばし、手の甲でシリウスのほほにふれた。


「顔に怪我をしたと言っていたが、すっかり治ったようだな」


「よかった……」


 ジュディスも、シリウスの前髪をいとしげに指先に絡める。

すっかり伸びて、視界を邪魔している。

誰もシリウスの髪を切りたがらないので、次男の前髪を切るのはジュディスの仕事だった。

さらさらの金髪を切ってしまうのはやっぱり惜しい気もするけれど、髪を切ってあげる時間は、親子でゆっくりできる貴重な時間でもあったので、ジュディスにとっては至福のときだった。


 本当は頬に怪我をしたそのあと、命にかかわる大怪我をしたのだけれど、今は深夜だったので、ルークもまだ報告していなかった。

聞いていなかったけれど、両親は、深く眠る次男を見て、きっと何か大変なことがあったのだろうとは察していた。

そうでもなければ、頑固な次男があんなに行きたがっていた留学を途中であきらめて帰ってくるはずがない。


 いつまでも傍にいたかった夫妻だったが、薄く開いた扉の前で、狼がそわそわしながら待っていたため、自室に戻ることにした。

留学に行く前とかわらず、かわいい次男の顔を見られて、とりあえずほっとしたのだ。






――――――-





 翌朝シリウスは懐かしい自室で目を覚ました。

廊下で待っていたアルファと、人の姿に戻っていたフォウルとも合流し、そーっと食堂に入ると、待ち構えていたメイドたちが駆け寄ってきて、次々に料理を並べていく。

いつもは自分でしているような、ナプキンを広げるようなことまで、争って準備してくれるので、シリウスは思わず笑顔になった。


「みんな、ありがとう」

 メイドたちが揃って頬を染める。

みんな帰ってきた次男王子の顔を近くで見たかったのだった。




 久しぶりのウェスタリアの朝食は、前よりもずっと量が多かった。

料理人がシリウス帰国の報を聞いて張り切ってしまったせいだったのだが、量の多い朝食に、シリウスはアレスタですっかり慣れていた。

もちろん全部食べることはできなかったから、竜人たちとわけあって食べたのだけれど。

それでも食べきれない分は、大家たちが残さずきれいに食べてくれたものだ。

わいわいと騒がしく、一瞬だって静かにならない。


 だから今朝も、シリウスはにこやかに見守ってくれている竜人たちと一緒にメイドたちが用意してくれた朝食を、できるかぎり、おなかいっぱいになるまで食べた。

アレスタでの昨日までの朝食を思い出す。

下宿とちがって城での朝食は静かで、少しだけ寂しかったけれど、みんなが帰国を歓迎してくれたことが、心からうれしい。

竜人たちも、シリウスがあまり落ち込んでいないようだったのでホッとしていた。

自ら決断したこととはいえ、せっかく仲良くなったクラスメイトや友人と、予定外の別れ方をしたから、もっと気落ちしてしまうかと心配だったのだ。


 実際のところ、ウェスタリアの人々が、例外なく暖かく迎えてくれるので、シリウスは落ち込んでいられなかった。

寂しかったし、残念だったけれど、みんなが喜んでくれるから、自分もうれしくなってくる。

朝食を食べていると、遅れて起きたルークもやってきた。


「おはようシリウス、よく眠れたみたいだな。上空は寒くなかったか?」


「おはようございます、兄上! ぜんぜん寒くなかったよ。アルファの手の中って、すごくあったかいんだ。それにやわらかくて、プニプニしたクッションみたいだし。猫の手のひらみたいな感じ」


 ルークは笑顔になり、テーブルを挟んで弟の向かいに座った。

実を言うと、ルークの方は、馬車の中がかなり冷え込んだせいで、若干風邪をひいた。

寝坊したのはそのせいだ。

冷えるとわかっていたので毛布をたくさん積んだし、部下に気温を操作する魔法も使ってもらったが、魔力には限界があり、ずっと維持することは不可能だった。

狭い車内で身を寄せ合い過ごしたわけだが、誰も、一睡もできなかったのだ。

弟には言わないけれど、二度と竜どもに運搬してもらうのはごめんだと決意したのだった。


お城に戻ってきたシリウス。

次の冒険までほんの一時の休憩……?

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