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140・竜たちの帰還

 バナードは士官学校の寮の自室で課題に取り組んでいた。

騎士団の行軍方法について、現状の問題点と改善策を考えよ。

という、騎士とは縁のない生活を送っていたバナードには、難しすぎる課題だった。

締め切りは一週間先だったので、まだ時間はあるけれど、少しでも進めておきたい。


 同じく平民の出で、同室のニックは、とっくに課題をあきらめ、ベッドの上でいびきをかいている。

そろそろ自分も寝ないと、明日の訓練が辛くなるのはわかりきっていたのだけれど、課題でいい評価をもらって、貴族出身の同級生達を見返してやりたかった。

シリウスにも、士官学校での生活は順調だと、報告してやりたい。

シリウスが帰国するのはまだ少し先だったし、実際に会えるのはもっと先になりそうだったが、心配させたり、ましてやガッカリさせたりすることは絶対に嫌だった。


 兵法の本にしおりを挟み、大きく息をつく。

顔を上げ、ふと窓を見ると、晴れた夜空に何かが輝いているのが見えた。


「!」


 星の光と街の明かりを反射して、流星のようにいくつもの光がきらめいている。

それがなんの光なのか、バナードには一目でわかった。

立ち上がって窓を開け放つ。

三頭の竜がはるかな上空をゆっくりとした速度でセントディオール城に降りていくところだった。


「シリウス、帰ってきたのか……?」


 まだアレスタでの留学期間は終わっていないはずだ。

けれど竜人たちがシリウスを置いて三人とも帰国するなんてありえない。

もしかして、休日に一時帰国したのだろうか。

それとも、なにかあって留学が中止に……。


 心配で今すぐ城に駆けつけたい気分だったが、こんな時間はもちろん外出許可が出ない。

竜たちが城の上空で姿を消すのを確認し、バナードはペタリと椅子に座った。


 もう、士官学校に入学する前のように、気軽にシリウスに合いに行くことはできないのだ。

少なくとも、無事に卒業するまでは。


 ここに来てから、シリウスがどれほど自分と違う世界に生きているのか、心の底から思い知った。


 ウェスタリアは大変おおらかな国で、身分制度はそれほど厳密なものではなかったけれど、それでも。

そのはるかな距離を一歩でも埋めるため、バナードは騎士を目指しているのだから。


「まだ寝ないのか、バナード~」


 眠そうな声で言われ、バナードは慌ててランプを消した。


「悪い、まぶしかったよな。もう寝る」


「気にスンナ。あとでチラッとノートみせてくれたらそれで許してやっから」


 むにゃむにゃと言いながら、ニックは再びいびきをかきはじめる。

バナードは苦笑してベッドにもぐりこんだ。

シリウスのことは、おそらく近いうちに連絡があるだろう。

気に病んでも仕方がないし、今のバナードに状況を知るすべはなかった。

自分のやるべきことをきちんとこなし、いつかシリウスと再会できたとき、胸を張れるよう、努力するだけだった。








―・―・―・―・―・―








 ベッドの中で目が覚めたシリウスは、視界に入る天井の模様がいつもと違っていたせいで、一瞬だけ混乱してしまった。

けれどすぐに思い出す。


「ぼくの部屋……」


 城に到着したことは覚えていなかった。

アルファの手のひらの中で眠ってしまい、そのままいつのまにかセントディオールについていたようで、彼らはシリウスを起こさずベッドまで運んでしまったようだった。


 寝台から足を下ろし、久しぶりの部屋を見渡す。


 いない間も誰かが掃除をしていてくれたようで、大理石の床も、そこに敷かれた毛足の長い絨毯も、ほこりひとつない。

昨日まで住んでいた下宿は、古い木の床が飴色に光っていた。

木の香りと、エリカたちが作る朝食の香り。

不意に目頭が熱くなり、慌てて頭をふった。


 気持ちを切り替えなければいけない。

エリカたちには、ジョウとモリスがちゃんと事情を説明してくれるはずだ。

学園の同級生達にも、いつかきっと再会できる。


「シリウス様、お目覚めになられましたか?」


 シリウスが目覚めた空気を察したのか、扉の外からカイルが声をかけてきた。

返事をすると、遠慮がちに顔を覗かせたカイルが水桶を持って入室してくる。


「おはようございます」


「おはよう、カイル。昨日はありがとう」


「えっ?!」


 お礼を言われるようなことをした覚えがまったくなかったカイルは目を丸くした。


「ありがとう、兄上達を運んでくれて」


「あ、い、いえ、重くはございませんでしたので……」


 しゃべりながら、シリウスの身支度を手伝ってくれる。

顔を洗い、真新しいシャツに着替え、髪を整えて、シリウスは立ち上がった。


「父上と母上は?」


「今日は午前の謁見がある日ですので、もう出仕されました」


「そっか……、挨拶したかったけど、お昼までできないね……。兄上は?」


「まだ休んでいるようです」


「ぼくは寝たままだったけど、兄上はきっと遅くまで起きてたんだね」


 自分が子供なのは十分理解していたけれど、無理を言ってようやく実現した留学も、迷惑をかけて中断してしまい、何の役にも立てない自分がなさけなくて、シリウスは小さくため息をついた。





ここまで投稿していたつもりになっていた、シリウスが帰国するお話。

少年たちには頑張ってもらいます

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