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131・学園へ

 

 シリウスはアルファの腕の中、大声で泣いた。


 声を出してわんわん泣いたのは生まれて初めてのことだった。

悲しいときも辛い時も、いつも兄や竜人たちがそばにいてくれたから、こんな風に泣くまで気持ちが高ぶったことがなかった。

いつのまにか兄が手を伸ばしてくれていて、今度は兄の腕の中で涙が枯れるまで泣いた。


 すっかり泣きつかれて、ようやく落ち着いたとき、フォウルがそっとシリウスの赤くはれた頬に触れた。

ひんやりと冷たい指先が癒してくれる。

シャオが一歩前に出ると、シリウスの手を握った。


「主よ、これから学園に行ってみませんか?」


「これから……?」


 コクリとうなずいて、シャオはやさしく微笑んだ。


「わしはまだ主の学び舎をみておらんのじゃ。案内してはもらえませんかのう。主の通っていた校舎を見てみたいのじゃ」


 シリウスは目をこすり、そこにいる全員を見渡す。

みんな反対せずにこやかにシリウスを見ている。

最後に兄を見上げると、とび色の穏やかな瞳と目が合った。

大丈夫、と言うように頷いてくれる。


「でも、きっと校舎もめちゃくちゃになっちゃってるよね……」


「それを確かめにまいりましょう。さあ」


 シャオはシリウスの手を取ると窓を開けた。

早朝のさわやかな空気が流れ込み、シャオの真っ白な髪が風になぶられ白い雪のように舞う。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 モーガン邸の庭に現れた白竜は、巨大な口角を上げてニッと笑うと窓の高さに背をあわせた。

真っ白でふさふさの鬣につかまって、落ちないように気をつけながら背に乗るあいだ、後ろからアルファが支えてくれた。


「兄上は?」


「ロンたちをつれて私もすぐに行くよ」


「アルファたちは乗らないの?」


 なんとなく心細くてそう聞くと、足元の白い竜が笑った。


「主よ、わしは主以外を背に乗せるつもりはないのですじゃ。さあ、しっかり鬣につかまって」


 言葉が終わると同時に白竜はすべるように前進し、少しだけ高度をあげて街の上空をゆっくりと飛びはじめた。

竜には何度も乗ったことのあるシリウスだったが、背に乗ったのははじめてだ。

みんな危ないから、と、手の中にしか乗せてくれないからだ。

白竜の背はたしかにちょっと寒かったけれど、ふさふさのたてがみにつかまっていたし、ぜんぜん怖くなかった。


「ねえ、シャオ、シャオはどうして背中に乗せてくれるの? みんな危ないって言って乗せてくれないんだ」


「そうじゃな。わしも昨日までだったら、背にはお乗せせんかったかもしれんのう」


「昨日と今日はなにか違う?」


「ご自身は何か違うとお思いか?」


「うーん……」


 シリウスはあごに指を当て考える。

昨日と今日ではいろいろな日常が激変してしまっていたけれど、その中でシャオが背中に乗せてくれるような変化がなんなのかはわからない。

考えているうちに、白竜はたちまち学園の上空へ到達してしまった。


 まだ日が昇ったばかりの朝早い時間だったのと、校庭が恐ろしいまでに陥没していることもあり、学園内には誰もいなかった。

もう少し日が昇れば、調査と片付けのために兵士たちもやってくるだろう。

大穴の開いた校庭の隅に、白竜は静かに降り立ち、背に乗せていたシリウスも無事に地面に着地した。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 襲撃の最初から地下に落とされ、学園の様子を知らなかったシリウスは呆然としてしまった。

中庭に通じる、たくさんの植木が並んでいた道や、校庭の隅にあった芝生の土手。

それらがみんな亀裂に飲み込まれ、土と岩が露出している。

校舎は傾き、ところどころ大きくひび割れ、白かった壁も煤や魔物の体液で汚れていた。

魔物の残骸があちこちに散らばり、なによりも底の見えない黒々とした巨大な穴が校庭のほとんどを占め、昨日までの明るい学園の雰囲気はひとつも残っていなかった。


「どうしよう……。こんな……」


 ぼくのせいだ、と言おうとして言葉を飲み込んだ。

竜人たちの行動の結果はすべて自分の責任だと決めていたけれど、魔人たちのしたことは決して自分のせいではない。

わかっているのだけれど、自分がここに来なければ学園は今日も平和だったのだと思うといたたまれない。

シャオが何も言わず背中を支えるように触れてくれた。


 暗い穴を見ていると吸い込まれてしまいそうで顔を上げると、校舎から出てきた校長先生の姿が見えた。

校長の後ろには担任のショーン先生もいる。

シリウスが白竜に乗って降りてきたのを見て、あわてて出てきたらしい。


「シリウス!」


 ショーン先生が目に涙を浮かべながら駆けてきて、有無を言わさずギュッと抱きしめた。


「ああ、よかった、ラナ先生に怪我のことを聞いて心配で心配で眠れなかったよ。下宿に行ったけどいなかったし、ここにいれば戻ってくるかもしれないと思って待ってたんだ。……元気になったんだね。本当によかった……」


「ショーン先生……」


 ちょっと頼りないショーン先生だけれど、大事なときはいつも守ってくれた。

予定よりも早くお別れしなければいけないのだと思うと悲しくて涙が出そうになり、きつく目を閉じる。

担任教師がようやく開放してくれたので、シリウスは校長と担任を交互に見た。

それから紫の瞳を伏せて謝罪する。


「ごめんなさい。学園が襲われたのはぼくがここにいたからです」


「シリウスくんが謝罪する必要はありませんよ。シリウスくんがいなかったら、子供たちが大勢命を失っていたでしょう。守ってくれてありがとう。校舎はまた建て直せばいいんですから」


 校長がにこやかに答え、シリウスの頭をそっとなでてくれた。

シリウスがシャオを見上げると、彼女は気持ちを察してうなずく。

それでシリウスも決意した。


「校長先生、校舎はぼくが直します」


「気持ちはうれしいですけれど、お国に許可を得ず、学園を建て直すような巨額のお金を自由にすることはさすがにできないのではないですか?」


 校長は、シリウスの「直す」という言葉を、金銭面で責任を取るという意味に受け取った。

隣にいるショーンもそうだ。

けれどシリウスは首を振り、真っ白な髪の友人の手を握った。


「シャオ、校長先生とショーン先生をお願い。荒らされていないところまで下がって一緒に見ていて」


「御意のままに」


 アイスブルーの瞳を細め、シャオは主にうなずいた。

いぶかしむ教師二人を連れ、校庭の隅の一角まで下がる。


「あ、あの、白竜公閣下……」


 ショーンは、隣でまばたきもせずシリウスを見つめている白髪の少女に声をかけた。

シリウスが白い竜に乗って降りてきた場面を目撃したので、この少女が白竜だということは予想がついたが、あの強大な生物が、目の前の華奢な少女の姿となかなか結びつかない。

唯一、真珠のように輝く白い髪が、白竜のうろこの色と同じだった。


「閣下、あんな場所にシリウスを一人残してしまって大丈夫なのでしょうか。危険なのでは……」


 そう聞くと、アイスブルーの瞳がさして興味なさそうにショーンをチラリと見てから、再びシリウスを見つめる。

それきりショーンを見ないので答えてくれないのかと思ったのだけれど、少女は愛しげにシリウスを見つめながら口を開いた。


「あの方は大丈夫じゃ」


 たった一言だけ。

口調にはわずかだが、ショーンに、というより、もっと広いものへの憤りが感じられた。


「で、でも、また魔物が襲ってきたりとか……」


 やさしげな面差しの少女は唇を引き結び、振り返ってショーンを一瞬だけ睨みすえる。


「あの方を真実排除しようとしておるのはそなたら人じゃ。魔ではない」


 少女の言う意味がわからず、校長とショーンは顔を見合わせる。

シリウスを襲ったのは魔物だ。


「それは、どのような意味なのでしょう。人間がシリウスくんを襲ったということですか? 昨日の魔物の目的はシリウスくんではなかったと……?」


 校長が聞くと、シャオは少し悲しげに振り向き、さっきとは違う、愛情のこもった瞳を二人に向けた。

何も知らない幼子をなぐさめる視線だった。


「すまぬ、わすれておくれ。そなたらに責がないのはわかっておるのじゃ。昨日、幼い主が傷ついている姿を見てしまったせいで、どうやらわしも冷静ではないようじゃ。……あそこにはヒトも魔もおらぬ。何も危険はないよ」


 それきり口を閉ざしてしまい、あとはどれだけショーンと校長が問いかけても、たおやかな少女は一切返答しなかった。


















 今までわりと常識あるっぽい言動をしていたシャオですが、やっぱり基本的には主人の事しか考えておりません。

過去の事を詳しく知っているだけに、ちょっとだけグレンたちの気持ちもわかるので、実はとっても人間に厳しい。

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