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128・☆白竜の提案


 

 室内に入ってきたシャオは何も言わず、眠るシリウスの前に膝をつくと、幼い主人の額に自分の額をそっと重ねあわせた。

しっかりと手を握り、それから傷跡にも触れる。


「傷はほぼ完治しておられる。なのに目を覚まさないのじゃな……」


 顔をあげたシャオは竜人たちを見渡した。

それから、不安そうに立っている兄のルークも。

いつも溌剌としている白髪の少女は、真っ青な顔で迷うような表情をした。


「このままではどんなに治癒をほどこしても目を覚まされぬかもしれぬ」


「!」


 その場の全員が口を開いた。

それぞれが聞き出したい事をいっせいに問おうとしたのだ。

だがシャオは片手を挙げて全員を黙らせた。


「我らの主は、力の一部を魔人たちの封印に使っておる。魔人たちが完全に復活しておらず、活動を控えておられるのは、すべて主が己を犠牲にして封印を継続してくださっているからじゃ」


 事実を知っていたフォウルは俯き、知らなかったアルファとカイルは息を呑む。

弟がそんな役割を負っていたことなど、まったく想像していなかったルークは驚愕していた。


「主が竜の姿になれぬのは、封印のせいじゃ。我らの真の姿は竜であり、人ではない。じゃが主は竜の力をすべて封印を維持するためにまわしておられる。今、主はひどく傷つき生命の危機に陥った。肉体は回復しても、人としてのバランスを大きく崩し、戻すことができずにいるせいで目を覚まさないのじゃ」


 話を聞いたルークはトパーズ色の瞳をぬぐい、頷いた。


「シリウスは竜になれない事を悩んでいた。アルファたちと違うと言って……。どうすればいい。私に何か手伝えるだろうか」


「封印を解除せねばならぬ」


 シャオはきっぱりと言って、立ち上がる。

フォウルは青ざめていた。


「でも、封印を解いたら……」


「わかっておる。覚悟が必要なのは主ではない。われわれじゃ」


「覚悟とは?」


 アルファの声にはさきほどよりもずっと力が戻っていた。

たとえどんなに困難な道のりであったとしても、主人を救う光明が見えたからだ。

さっきまでは怪我が治っても目を覚まさないことが不安で胸がつぶれそうだった。


「問題は二つある。まず第一に、主が力を取り戻せば、魔人どもも力を取り戻す。もうひとつは……」


「……このひとが魔人たちに命を狙われる」


 フォウルが答え、眠っているシリウスの手に触れた。

それを聞いたカイルは眉を寄せる。


「魔人たちはもとからシリウス様を狙っていたじゃないか。現に今も……」


 傷つき眠る主人を見つめ、カイルはこぶしを握った。


「今まではお遊びのようなものじゃ。波打ち際でぱちゃぱちゃ水を掛け合うような。次からは津波が襲ってくる」


 ルークは顔をあげ、雪のように白い髪の少女をじっと見つめた。

それから無理をして微笑む。


「あなたを信用する。誰が襲ってこようとも、シリウスを守ってくれると。私もいる。魔人など追い散らせばいいだけだ。――この子は大丈夫」


 それから、アルファとカイル、フォウルにも視線を向けた。


「お前たちも、信じている。こんなことを言うと、おそらくまた他の国の人間に攻撃されるだろうし、お前たちは一笑に付すだろうが、私はお前たちも兄弟のように感じている」


 アルファは口を開きかけ、閉じた。

立場は違えど、同じ少年を守っている同志として確かに信頼していたからだ。

ルークは竜人たちに笑顔を向けた。


「お前たちにシリウスの命を預ける。……弟を助けてやってくれ」




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― 


 


 屋敷から出てきたルークを、ルークの部下たちとカイルの両親が囲んだ。

口々に質問を発したが、ルークは片手を挙げてみんなを静かにさせる。


「白竜公が解決案をお持ちくださった。でも今夜は誰も屋敷に入れないそうだ。申し訳ないが、モーガンご夫妻も、もちろん私もだ。おそらく明日にはすべて終わると言っていた」


 自宅を追い出されたガーラントは困惑顔で妻のミーナと視線を合わせた。

普段おっとりとしているミーナの方が、むしろ平気な顔をしていた。


「じゃああなた、今夜は別荘へ行きましょう。バトラーたちも全員連れて」


「お前はそうしなさい。私はここに残る。シリウス殿下の無事なお顔を見るまで離れるわけにいかん」


 強い口調でそういうと、部下の一人にテントの用意をするよう命じた。

それからウェスタリアの騎士たちにも声をかける。


「ルーク殿下はどうなさいますか。別荘をご利用になるのでしたら部屋を用意させます。中庭をご希望でしたらまだテントもありますが……」


「許可をもらえるのならここに。部下たちは大使館のほうに帰らせます」


 この言葉にいっせいに抗議したのは、もちろんルークの部下たちだ。

ロン、モリス、ジョウは、全員ここに残ると主張した。


「だがお前たち、あまり大勢でここに残っては迷惑になる。それにそろそろベッドで寝たいだろ」


「ルーク、僕たちは君の護衛だよ。帰れるわけないじゃないか。それにシリウス殿下のこともこのままで、僕たちだけベッドで寝たら、あとで陛下に合わせる顔がない。僕はいったん戻って荷物を取ってくる。ついでに大使館にいるメンバーにも報告しないと多分君を探し回ってる」


 確かにロンの言うとおりだったのでルークはため息をともに頷いた。

正直、シリウスのことが心配すぎて、ほかの事に頭が回らない。

封印を解くというが、具体的にどうするのかは知らなかったし、シリウスが魔人たちを封じているというのも信じがたい話だ。

なぜそんな世界を揺るがす事態に弟がかかわっているのか謎だった。


 そもそも、シリウスは卵で生まれ、5年もそのままだったうえ、なぜか竜人たちに忠誠を誓われている。

それだけでも大変な謎だった。

おそらくすべての事柄はつながっている。

シリウスが回復したら、すべてを投げ打ってでも、事実を調べようとルークは心に誓った。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― 




 「シャオ、我が君の封印を解くというが、具体的にどうするのだ」


 アルファは窓から中庭の様子を確認し、部屋に向き直った。

眠ったままの主人を見るのがつらい。

シャオは柳眉をひきしめ答えた。


「卵じゃ」


「卵?」


 鸚鵡返しに三人が聞き返し、シャオは頷く。


「われらの魔力で主のための卵を構築する。言うておくが、生半可な魔力ではないぞ。我ら全員が全力で、魔力の結晶を練り上げ卵と成すのじゃ」


 カイルはすでに顔色が悪い。

自分にそんなことができるかどうか自信がなかったのだ。

もしも失敗すれば、命より大事な人が目を覚まさない。

しくじるわけにはいかなかった。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― 





 シリウスは真っ白な空間に一人、ぽつんと立っていた。

以前、同じような夢を見たことがある。

この何もない場所から、たくさんの命を創り出した「夢」。


 あのときと同じように、いまシリウスはとても寂しかった。

誰もいない、一人きりだ。

竜人達も、兄も、両親も、光も闇も、音すらも。

あんまり寂しくて、また何かを創ろうかと考えた時だ。


「その必要はないよ」


 突然声をかけられ、おどろいて顔を上げると、目の前に一人の青年が立っていた。


 金の髪、紫の瞳。

17、8才ほどの、それは自分に良く似た姿の青年だった。


「目を覚ませばみんないる。新たに創造しなくてもいいんだ」


 シリウスは首を傾げ、自分に似た青年をしげしげと見つめる。

これほどまで自分にそっくりな人物に、心当たりがあったのだ。


挿絵(By みてみん)


「……あなたはぼくにそっくりだけれど、もしかしてフォウルの言っていた前世のぼく? それとも大人になったぼく自身?」


「どちらでもあるし、どちらでもないとも言える。別々に生きているけれど、すべてを共有してる」


「すべてって?」


「文字通りだよ。肉体も魂も魔力も。――覚えていないだけで記憶も。君はぼくで、ぼくは君。でも同じじゃない」


 そこまで共有してしまっているなら、それはもう完全に同一人物なのではないかと思ったのだけれど、シリウスの考えを察したように、青年は答える。


「たとえば、ぼくと君が朝、目を覚ましても、同じ服を着るとは限らない。朝一番に、同じ言葉を発するとも限らない。もし今、ぼくと君とが世界を同時に創ったら、それは似たような世界でもまったく違う世界になる。生まれる生物、地形や、環境。ひとつも同じにならない。意見が合わないこともきっとたくさんあるよ。――そうだね、別人格みたいな感じかな」


 青年は微笑むと、いつのまにか現れていた白い椅子に腰掛けた。

シリウスも彼の前に座る。


「これは夢?」


「夢とは少し違う。普段、僕は目覚めたり、君と会話したりできないけれど、今はちょっと特殊な状況だから、白竜の呼びかけで魂の深い部分が掘り起こされている」


「シャオ……」


「君を助けるために、みんな命がけでがんばっているよ」


 そう伝えた後、青年はひどく悲しそうな顔をした。


「本当は、彼らにはもっと自由に生きてほしかった。僕の存在に影響されずに、普通の人たちと、同じように」


「でもぼくは、みんなに会えて……一緒にいられて、とても幸せだよ」


 紫の瞳が交錯し、青年は微笑む。


「そうだね。彼らが君を守ることに全力を尽くすことこそが、彼らが自由な証拠なのかもしれない。少なくとも彼らはやりたいことをやっている。それに、どんな動物も、なんらかの本能にしたがって生きている。僕がそこまで詳細に創ったわけじゃないのに、不思議だね。――竜人たちにとっては、守るべき者を守ること、それこそが彼らの本能なんだろう。僕が変えようと望んでも、変えられなかったのがその証拠だ」


 シリウスは竜人達がいつも自分を見る、愛情に満ちた表情を思い出していた。

彼らの自由を、シリウス自身、時々考えていたけれど、それはシリウスから開放されることではなくて、彼らを縛る世界からの開放だった。

好きなように生きて、好きな人とずっと一緒にいても、誰からも文句を言われない、そんな世界……。

でも目の前の青年は、彼らと自身とを切り離そうとしていたらしい。

怪訝そうなシリウスに、青年はうなずいた。


「彼らは自分を犠牲にしても、僕を守ってくれるから……。彼らに僕のことなんか忘れて自由に……幸せになってほしかった。でも蒼竜はそもそもの僕自身を覚えていたし、他の三人は本能で覚えていた」


「みんなの気持ちを無視して、自分の思うように変えたいと考える方が傲慢だよ」


「うん。……君が正しいな」


 青年はこだわりなく紫の瞳を細めて笑うと、懐かしむように目を閉じた。



シリウスが眠っている間に、ゴソゴソやってる竜人たち。

そのせいで変な夢を見ています。

前世のシリウスは、別人格、みたいなことを言っていますが、成長度の違いぐらいしか二人の違いはありません。

 

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