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9・☆中庭にレッドドラゴン

裏庭には二羽ニワトリがいた。

ぐらいのノリで……。

 

 

 

 カイルがシリウスと出会い、己の生きる道を見つけてから一週間が経過した。

ジャンや同行の部下たちと一緒に、自国へ一時帰国すると約束していた日がついにやってきたわけだ。


 ジャンや他の面々が帰国の準備を進める中、カイルは中庭で一人物思いにふけっていた。

本当はここにずっといたい。

主人の傍をいっときも離れたくなかった。

だが自分に課せられた責任は果たさなければならない。


「カイル!」


 考え事をしているカイルに、中庭を軽やかな足音とともに駆けてきたシリウスが抱きついた。

後ろで乳母が、自分たちの大事な天使が転んだりしないかと、ハラハラしながら見守っているのが視界に入る。

アルファは影のようにシリウスに付き従い、今も庭全体を見渡せる位置にぬかりなく立っていた。


 シリウスの金絹の髪は産まれた時から一度も切られておらず、腰の辺りであるかなしかの風にさらされ、金の紗のようにキラキラと揺れている。

せめて切りそろえたら、という声も多いが、ではあなたがそうして差し上げて、といわれると、誰も実行できないのだ。

あまりにも繊細で美しいその髪に、だれもハサミを入れられない。


「カイル、どこかに行っちゃうってほんとう?」


 潤んだアメジスト色の瞳に見つめられカイルは思わずウッとのけぞった。

どこにも行ったりしません! と叫びそうになる自分の声を、全身全霊、力をこめて飲むこむ。


「で、でかけはしますが、すぐに、戻ります」


若干どもったが、精一杯だ。


「すぐってどれぐらい?」


「……」


 馬車で片道5日。

両親やもろもろ関係者たちの説得、と言うか、もうカイルの中では確定事項なので、単なる報告ではあるのだが、ウェスタリアに生涯留まることを伝えなければならない。

それにも一日は必要だろう。


あわせれば十日以上もかかる。


けれどもカイルはきっぱりと言い放った。


「今日中に戻ってまいります!」


 たまたま中庭にいてその声を耳にした人々はみな驚きの表情だ。物理的に不可能で、ありえない事を言いだした竜人にあきれ返っている。

アルファだけは、当然だ、というようにひっそり頷いていた。


 そして地理のことなどまだなにも知らないシリウスは素直に笑った。


「ほんとう? すぐ帰ってくる?」


 カイルは頷くと、シリウスの体をそっと放した。

乳母に少年を預けて中庭の入り口まで下がるように促す。


「シリウス様、そこを動かずにいてくださいませ、危のうございますから」


 カイルは朱色の瞳をゆっくりと閉じた。

深い真紅の髪が炎のようにゆれ、周囲の空気が渦を巻き始める。

中庭にいた人々が叫び声をあげた気もするが、薄く瞳をあけると、自分の主は興味深そうにただカイルを見つめているだけだった。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―





 中庭を占拠していたのは城の天守にまで顎が届きそうなほど巨大な赤竜だった。

ルビーをちりばめたように輝く鱗は日の光を反射して周囲を幻想的な紅に照らし、石畳にいくつも小さな虹をつくった。

巨大な翼が中庭に影を落とす。


挿絵(By みてみん)


 この姿になったのは、カイルの17年の人生でもわずかに二度目だ。

一度目は、ほんの子供のころ。今のシリウスとおなじぐらいの年のころだ。

体の中が時折あつくなるのを感じていたカイルは、熱情のままに身を任せ、竜の姿になったことがあった。

人身が幼かったせいか、竜の体もほんの数メートルほどの全長しかなかったし、自室でのことで、誰にも見せることはなかったが、子供心にこれは生半可な気持ちで使ってはいけない力だと気づいた。


だからそれ以来、一度も竜の姿になったことはなかったのだが。


 中庭の人々が畏怖のあまり腰を抜かして、あるいは立ち尽くしているのを見るのは少々申し訳なかったが、へたりこんだ乳母の腕から抜け出した主が躊躇なく駆け寄ってくるのを見て、カイルは人のときと同じ、炎の色の瞳を喜びに細めた。


「カイルすごい!」


 カイルは慎重に顎を落とし、ぐるる、と甘えた声を出す。

小さな手が恐れることなく鼻先を撫でてくれた事が幸せで、とろけそうだ。


「すぐかえってくる?」


「はい。この姿なら、数時間で往復できますから、かならず今日中に戻るとお約束します」


 驚かせないように、最小の声で答え、カイルは主の手と離れる寂しさをこらえながら、身を切られる思いで首を持ち上げる。


「アルファ、シリウス様をたのむ」


 アルファは頷いてシリウスをやさしく抱き上げると中庭の入り口付近まで下がった。


「すぐに戻ります」


 なるべく風を起こさないよう、細心の注意を払い、そっと地面をけって、カイルは空へと舞い上がった。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 (ルークside)



 中庭から悲鳴が響いたのを聞いて、自室にいた私は部屋を飛び出した。


「シリウス!」


 弟の安否を確かめなければ!

扉を守っていた近衛たちに視線をやり、私の後をついてくるよう促す。

まずは現場だ。


 廊下を走りぬけていくと、徐々に人々が増え始める。

庭に面した回廊はさらに大勢が集まって庭を、正しくは庭の上を凝視していた。

みな一様に何かを恐れるような表情をしていたが、集まっている場所から逃げ出そうとしているわけでもない。


 「どうした、何があった」


 人々を押しのけ視界を確保すると、まず最初に目に入ったのは中庭に立つ黒衣のアルファ。

さらに、アルファの腕の中にいる私の小さな弟も。

ほっと息をついたが、それにしても全員が空を見上げている。

私もそこでようやく空を見上げた。


 「なんだ……あれは……」


 何だアレ、とは言ったが、見当はついた。

ありえない光景だったから、ついまぬけな発言をしてしまっただけだ。


 赤い竜。


 巨大な翼を打ち振って、城の上空をゆるやかに旋回している。

私や周囲の人間が呆然と空を見上げている中、


「カイル、いってらっしゃーい!」


 などとかわいらしい声が聞こえて我にかえった。

シリウスは上空の竜にむけて、ちいさな手を懸命にふっていた。

あの赤い竜は、どうみても、我が家に居座っているヘンタイ竜人の一人、カイルの化身した姿だろう。

燃えているのではないかと勘違いしたくなるような赤い髪の。

その髪の色とまったく同じ体の色の竜。

鱗が日に燦然と輝いてまぶしかった。



挿絵(By みてみん)




 いってらっしゃいと見送られているその竜は、しかしなかなか城の上空から離れない。

旋回し、離れたと思ったら戻ってくる。

あの未練がましさ、まさしくカイルだ。

首が痛くなってきたが、一生に一度見ることができればかなりの幸運と言われている竜の姿を、みんなつい、いつまでも眺めてしまう。


 「やれやれ……」


 そのとき、呆れを100%含んだ美声が聞こえ、視線をやればアルファがシリウスに声をかけていた。


「我が君、お風邪を召される前に戻りましょう」


「でも、カイルが……」


 見送るつもりで手を振っているのに飛んでいかないあのアホ竜のせいでシリウスは動けないのだ。

アルファは私たちには死んでも見せないだろうとびきりのやさしい笑顔で、


「我が君が視界から消えれば、カイルもあきらめて飛んでいくでしょう」


と、同種の片割れをあきらかにバカにしたような言い方で切り捨てた。

シリウスを抱き上げて歩いていく。


 はたして、シリウスが庭を去ると、上空を舞っていた赤い竜は、悲しげに一声鳴くと、何度も振り返りながら飛び去った。


 私は今日まで、竜に関する文献を沢山読んだものだ。

人々を守護し、あるいは魔を倒し、世界各地で伝説となっている最強にして気高い生き物。

だがあれらはみな、夢見る学者の嘘八百だ。

私の知っている竜はどちらも孤高などではなく、実に未練がましく、主を持たないどころか主に依存しまくりだ。


 カイルはもちろんだが、シリウスを抱いて歩き去った、見た目だけはやたらと立派なあの黒い男も、やることはいちいち渋いが実際のところ、中身はカイルと大差ないと私は思っている。





カイル、竜になる。

実家との往復のためだけに。

一緒に帰らなければならなかったジャンたちのことは綺麗さっぱり忘れております。

ジャン気の毒すぎる。


そのうえルークから散々な評価の竜人たち。

世界の宝と言われている彼らもルークにしてみたらやっかいものでしかありません。

普通なら竜人が自国にきてくれてうれしい、となるはずなのですが、今のところ恩恵は特になく、弟を独占されて不利益ばかりという現状。


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