102・☆脅迫状
あけましておめでとうございます。
今年も楽しく更新していく予定ですので、よろしくおねがいします。
今日はインフルエンザA型にかかってしまい、息も絶え絶えです。
誤字のチェックが甘いと思います。あとで修正しますので、おかしな部分があったら教えてくださいませ。
翌朝、マイルズが目を覚ますと、なんとなく体のあちこちが痛かった。
魔物の花粉を吸い込んで眠ってしまった後、大家のロックが適当に運んだせいだったのだが、熟睡していたマイルズにはわからない。
恐ろしい魔物が襲ってきたことは覚えていたけれど、にわかには信じがたい光景も覚えていた。
なにしろ狼がしゃべっていたのだ。
というか、狼が人間になった。
思い出してしまったマイルズは真実を確かめるべく、大急ぎで起き上がり支度をして、部屋から飛び出す。
だが部屋から出たとたん、マイルズは急停止するはめになった。
「?!」
昨晩は廊下で魔物たちが暴れたせいで、壁がはがれたり床に穴が開いたり、ひどいありさまだったはずなのに、今の廊下は昨日までとまったくなにも変わりがない。
「???」
混乱しつつ階下に降りると、そこも破壊の痕跡は皆無だった。
夕べ床に大穴があき、そこから植物の魔物がうねうねと這い出してきていたのを確かに目撃したのだが、床はワックスが塗られたばかりのようにピカピカだった。
「えええーっ?!」
下宿の住人たちは全員でかけたあとで誰もいなかったため、建物にはマイルズの叫びがむなしく響き渡ったのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
マイルズが目を覚ます一時間ほど前、シリウスも目を覚ましていた。
エリカたちに、これからすることを内緒にしてもらうよう厳重にお願いしてから、破壊されてしまった下宿を修復し、彼らに心からの賞賛を受けた。
竜人たちは学校を休むように薦めたが、先日も寝坊で休んだシリウスが、絶対に行くと言って聞かなかったので、いつも留守番のカイルもまだ不慣れな変身術を使って、全員で登校したのだった。
「あの魔物、やっぱりぼくを狙ってきたのかな?」
今、唯一、人の姿をしているアルファを見上げ、シリウスは聞いた。
他の二名は狼の姿なので、おおっぴらにはしゃべれない。
「おそらく。われわれの下宿は、今まで襲われた屋敷と格が違いすぎます。ただのボロ下宿ですからね。――ですが本気ではなかったかと」
「どうして?」
「あの程度の魔物では、我々一人にもかなわないことは、やつらも十分わかっているはずだからです。警告のつもりか、あるいはなにかの示威行為なのでしょう」
シリウスが左右の狼たちを見下ろすと、二頭とも心配そうな顔。
「ぼくたちが浚われた人たちを助けちゃったから?」
「ええ。アレスタから出て行け、という警告です」
そう言うと、一枚の紙片を差し出す。
「実は昨晩、魔物がこれを残していきました。我が君にこれを渡すかどうか我々で相談したのですが……」
魔物を倒し、シリウスを寝所に休ませた後、主人の部屋の文机の上に一枚の紙片が残っていたのだった。
ごく短い内容だったが、竜人たちはそれを主人に見せるべきかどうか一晩話し合った。
紙片には、
「邪魔をするな、竜人たちを置いて、自分の国へ一人で帰れ。さもなくば、再び魔物がアレスタの街を襲う」
と、脅しの文句がつづられていたのだ。
不安にさせることになるから見せるべきではないという意見と、隠してもいずれは伝わってしまうだろうという意見。
だが結局メモはシリウスに渡すことになった。
三人とも、自分たちの主人に隠し事をし通す自信がなかったのだった。
「邪魔をするなって言われても、浚われた人はもう全員助けちゃったし、また誰かが誘拐でもされないかぎり、もうすることもないよね……」
「わかりませんが……」
アルファは、喉まで出掛かっている言葉を飲み込んだ。
ウェスタリアへ帰りましょう、と。
もちろん、脅迫は無視して全員で戻るわけだが、魔物が街を襲うのは魔物の都合であるので、脅迫に屈してやるつもりは微塵もない。
それに、そもそも、
『竜人たちを置いて、自分の国へ一人で帰れ』
などと書かれたこの一文が、魔人たちのセリフとは到底思えなかったのだ。
彼らは竜人たちが、そんな脅迫には一切動じない事を知っている。
アレスタの街にどれだけ被害があろうとも、竜人たちは絶対に主人から離れたりしない。
戦いにおいてさえ、魔人たちはシリウスと竜人とを切り離そうとはしなかった。
いまさら無駄な文章をわざわざ入れ込むことなどすまい。
むしろこの文言は、竜人たちがシリウスを守っていることに不満を抱く、無知な人間の言葉のように思えたのだ。
だがアルファは、以前シリウスが怪我をしたとき、無理やり連れ帰ろうとした際の、悲しげな表情を思い出してしまい、留学を切り上げて帰りましょう、とは言えなかった。
みんなが黙ってしまった中で、シリウスは足を止めずに言った。
「ぼくがここにいることでアレスタの人たちの迷惑になるようなら、ぼく一人でウェスタリアに帰ろうと思う」
三人はハッとなって主人の顔を見たが、シリウスは逆に三人を慰めるように笑みを浮かべていた。
「兄上が到着するまではいるよ。今帰ったらすれ違いになっちゃう。カイルのパレードがあるし、パーティにも招待されているから……。それまで魔物たちの動きをしっかり観察して、兄上とも相談してからどうするか決める。――それにさ、みんなを置いて一人で帰れって書いてあるけど、ぼくが帰った後、みんながぼくを追いかけてウェスタリアに行ってははいけない、とは書いてないし。だから大丈夫だよ」
屁理屈なのはわかっていたけれど、シリウスは自分を勇気付けるように笑った。
「シリウス様」
それまで喋らないようにしていたカイルが、我慢できなくなったのかシリウスに声をかけた。
小声で、こっそりと、ではあったけれど。
「我々が全力でお手伝いいたします。最後まで留学を楽しんでください。留学期間が終わっていないのに、ウェスタリアへ戻る必要などございません。――私はこれから街を見回ってきます」
「今? これから?」
「はい」
いつも、フォウルやアルファ以上にシリウスの傍を離れたがらないカイルが、自分から一人で見回りをすると言い出したのでシリウスだけではなく、他の二名も驚いた。
だが赤い狼は決意をこめて頷くと立ち止まった。
「あの魔物の気配は覚えました。根が広がっているせいか、街の地下全体に薄く気配がありますが、襲うのは決まって深夜であるようです。昼のうちにターゲットの地下へ移動して集まり、休息してから必要があれば襲撃しているのでしょう。私に集合場所を探し出せるかわかりませんが、やってみる価値はあると思います。襲撃される前に現場がわかれば手の打ちようもあるでしょうから……」
「でも、カイル……」
本当にいいの? と聞く前に、カイルは走り出していた。
「アルファ、フォウル、シリウス様を頼んだぞ!」
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シリウスたちと別れて一人走り出し、カイルは振り返りたい衝動を必死で抑えていた。
学園にはアルファとフォウルがついていく。
心配はなくならないけれど、竜人が二人も護衛についているのに、三人目がいたところで大して役には立てない。
ただでさえ普段から留守番役をしている自分が、いまさらついて行ったところで仕方がないだろう。
それよりも、今、主人の望んでいることをしてあげたかった。
街の平和を取り戻し、最後まで楽しく留学を続けてほしかったのだ。
魔物の襲撃さえ防ぐことができれば、懸念のほとんどはなくなる。
狼の足は悲しいほどに逞しく、人の姿で走るよりもずっと早かったため、たちまちシリウスから遠ざかってしまった。
それでもかなりの距離を走っていくつかの角を曲がってから、カイルはようやく振り向いた。
当然、大好きな金の髪は影も形もまったく見えない。
見えないとわかっていたから振り向いたのだった。
もしもまだ主人の姿がそこにあったら、くじけて主の元に戻ってしまっただろうから。
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授業中も、シリウスはなんとなく集中できず、ときどき窓の外を眺めた。
護衛の三人に、予想よりずっと心配をかけてしまっている。
自分ではしっかりと計画を立てて、なるべくみんなに心配させないようにしているつもりなのに、どうしてだろう。
アレスタにくれば、普通の子供と同じように、魔法を使うことも敵と戦うこともなく、勉強しながらのんびり四人で過ごすものだと思っていた。
魔物に浚われた人を助けることも、自分たちにしかできないと知って、竜人たちの反対も聞かずに手を出してしまったけれど、結果的には世話になっている下宿に大きな迷惑をかけてしまった。
要人たちは救助できたけれど、それだって、竜人たち三人の力を借りなければできなかったし、アレスタの騎士団にまかせておけば、時間はかかってもいずれ達成できたかもしれない。
自分の選択した結果で、大切な友人たちを含め、沢山の人に迷惑をかけているのではないかと不安になって、シリウスはため息をついた。
「ねえ、風邪、まだ治っていないの?」
隣の席の黒髪の少女、オリエが声をかけてくれたので、いつのまにか授業が終わって昼休みになっていたことに気づいた。
オリエは、先日シリウスが寝坊して休んだ日のことを、風邪で休んだのだと誤解しているらしい。
「ううん、だいじょうぶ」
風邪などひいていなかったし、体は元気いっぱいだ。
シリウスは立ち上がると、カバンを持ってワグナーのところへ向かった。
ワグナーは取り巻きのレイブンと話をしていたが、レイブンはシリウスが近づくと顔をひきつらせた。
「な、なんだよ……」
「ワグナー、これ、ありがとう」
カバンからノートを取り出して渡す。
「役に立ったか?」
ワグナーが笑顔になったので、周囲の子供たちがひそひそ話し出したし、レイブンはますます嫌な顔をしたが、シリウスは気にしない。
「あのね、少し相談があるんだけど……」
「俺に?」
うん、と答えて、カバンから紙袋を取り出す。
「良かったら、どこかで一緒にお昼を食べながら話したいんだ」
「おい、お前、ワグナーはお前なんかと昼食を食べるようなご身分じゃないぞ」
すかさずレイブンが文句を言ったけれど、シリウスはこれも気にしなかった。
代わりに二人に笑顔を向けて、レイブンの手を引っ張った。
「お、おい! 放せこら!」
シリウスは、いつも昼食を一緒に食べている、オリエ、リッケルト、マイクの三人のところにレイブンを連れて行って、躊躇なく彼を前に出す。
「みんな、ぼく今日、ちょっとワグナーに用事があるんだ。四人で仲良く食べててね!」
「えーっ?!」
シリウスは四人の驚きと不満に満ちた声に気づかないようで、目を丸くしているワグナーを引っ張ると、そのまま教室を出て行ってしまった。
残された四人は顔を見合わせたが、なんとなく解散できずにしばし無言だった。