101・☆襲撃
深夜、フォウルは狼の姿のまま、シリウスの扉の前で眠っていたが、ふと目を開くと、かすかに耳を動かしてから立ち上がった。
建物の周囲に集まりつつある、招かれざるものたちの気配を察し、狼の蒼い瞳が暗闇で金色に輝いている。
鼻先で主人の部屋の扉をあける。
「フォウル?」
ベッドの上ですでに目を覚ましていたシリウスは、部屋に入ってきた狼の名前を呼んだ。
「窓から離れてください」
「うん」
シリウスも魔物の気配に気づいて目を覚ましていたため、起き上がり、廊下をそっと覗いてみる。
シリウスやフォウルと同時に、気配を察知したアルファとカイルも廊下に出てきていて、三人と一頭はシリウスの部屋の扉の前に集まった。
「建物の中にいる? それとも囲まれてる? おかしな気配だよね?」
問いかけるシリウスを、アルファは腕の中に引き寄せ、
「はい。階下と外にも広がっています」
そう答えると、シリウスの居室の窓に、するどく視線を走らせた。
「広がってる?」
シリウスの問いに、カイルもうなずいた。
「よくわかりませんが、確かに『広がって』います。今も……」
言いかけたところで、階下からけたたましい音が鳴り響いた。
一階の窓が割れたようだ。
「シリウス様を頼む!」
すかさずカイルが飛び出し、階段を駆け下りていく。
同時にシリウスの部屋の窓も、激しい騒音と共に、内側に向け砕け散った。
割れた窓ガラスから、奇妙に伸びる蛇のような物体がうねうねと進んでくる。
蛇のような生物には、ところどころ葉が伸び、枝分かれした蔦がすべて別々の生き物のように動き回っていた。
「あの植物の魔物だ! こんな風に動くんだね。いままで固まったままじっとしてるとこしか見てなかったけど、結構動きが早いんだ」
シリウスが目を丸くして、自分を腕の中に守っているアルファに、緊張感のない観察報告をする。
今まで見てきたこの魔物は、いつも眠ったようにほとんど動かなかったので新鮮だったのだ。
蔦の一本が声に反応したようにまっすぐ襲い掛かってきたが、フォウルがすばやい動きで蔦に噛み付き食いちぎる。
「な、な、なにごとですか?!」
騒音に驚いて寝巻き姿のまま部屋から飛び出してきたアルファの生徒、大学生のマイルズが、蔦と格闘するオオカミに唖然としている。
階下からはエリカたちの騒ぐ声も聞こえ始めた。
「フォウル! 花に気をつけて!」
蔦のところどころには、赤と紫、二種類の花が咲いており、真紅の花は、その中央に肉食の魚のような鋭く小さな牙がズラリと並んでいた。
紫の花は風船状に膨らんでは、溜息のように花粉を噴き出す。
それらの花がガチガチと牙を鳴らし、目がついているかのように、正確にフォウルに襲い掛かった。
オオカミは巧みに花の攻撃をかわし、絡み付いてくる蔦を噛み切っていくが、次々と蔦は伸びてくるのできりがない。
「アルファ、ぼくは大丈夫だから、フォウルを……」
話すそばから、細く伸びた蔦がシリウスの足首にひそかに近づきぐるりと巻いた。が、次の瞬間アルファの雷に打たれて焼ききれる。
事態にいらついたフォウルが叫んだ。
「アルファ! 階下だ! 根を絶たねばきりがない」
「オオカミがしゃべった?!」
フォウルの叫びを聞いたマイルズは腰を抜かしそうだ。
アルファは無言でうなずくと、シリウスを腕の中に抱いたまま走り出す。
「あっ、マイルズさんも、一緒にこないとあぶないよ! フォウル!」
つれてきて、と言うまでもなく、フォウルは大学生の足首を額でこづき、
「走れ。走らないと引きずっていく」
と、物騒な脅しをかけた。
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階下では、植物が床を覆うように広がり、大家である下級騎士たち、エリカとレイとロックが、うねうねとうごめく緑のじゅうたんを剣で攻撃していたが、絡みつく蔦と襲ってくる花にやられて衣服がズタボロになりつつある。
下の階には紫の花が咲いておらず、そのかわり赤い花の数が多い。
カイルのほうも、燃やしてしまえば手間がかからないのだろうが、そうすると建物ごと燃えてしまうのでイライラしている様子だった。
アルファは惨状を見渡し、元凶となっている箇所をにらむ。
「ふむ、あそこだな」
床をつきやぶって伸びている、すべての中心となっている諸悪の根源は、数百の蔦に守られ大樹の太い幹のようになっていた。
「カイル! 俺がやるから我が君を!」
すかさず駆け寄ってきたカイルにシリウスを託し、アルファは両手の平を向かい合わせてその中央にバチバチと輝く雷を作り出した。
「ちょっとあんた! 家を壊さないでおくれよ!」
エリカの叫びの後半は、すさまじい光と轟音にかき消された。
蔦の集合する幹の部分に雷撃が直撃し、黒い墨となってわだかまる。
だが、その中央部からは未だ次々と蔦が増殖していた。
フォウルがフンと鼻を鳴らす。
「燃やさない限りは増殖し続ける。カイル、燃やしちゃって」
「ちょっと! やめとくれよ! 家も燃えちゃうだろ!」
今度もエリカが静止したが、フォウルはチラリと彼女をみやったあと、たちまち人の姿に戻る。
「わあああああ、今度はオオカミが人間に!?」
またしてもマイルズが絶叫したが、フォウルはまったく気にしていなかった。
代わりにサッと腕を振り、蒼い髪の青年の足元を美しい波紋が覆う。
波紋は水の膜となってたちまち広がり、床、天井、壁や家具と、重力を無視してすべてを包んでいく。
「蒸発して水の膜がはげると家が燃えるかもしれない。加減して」
「わかった」
カイルが答えると同時に蔦の根元が白く輝いた。
超局所的に温度が急上昇した魔物の中心部は、燃え上がるより早く燃え尽き、白い灰となって部屋に舞った。
力の供給源を断たれた蔦は、たちまちその場に落ち、花も葉も、しおしおと縮んでいく。
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部屋には枯れて縮んだ大量の植物と、舞い飛ぶ白い灰で燦燦たる有様だった。
唯一の救いは、部屋を覆った水をフォウルがすべて蒸発させたため、水浸し状態だけは避けられたことだろうか。
「……掃除が大変だな」
レイが端正な細面に、植物の緑の汁をつけたままがやれやれとつぶやき、台無しになった自分のローブに視線をおろす。
筋骨隆々のロックも、体格に似合わぬ愛嬌のあるしぐさで頭をかいた。
「これが最近問題になってた植物の魔物か。床と窓の修理代払ってくれねえかなあ」
「何いってんだい。あたしらだけじゃ、ほかの家みたいに潰されてたよ。これぐらいですんでラッキーさ。誰も浚われなかったしさ」
エリカに視線を向けられたシリウスは答えず、自分を腕の中に守っているカイルに、
「なんだかすごく眠い……」
と訴えた。
「僕も眠い……」
マイルズも立ったままふらふらと船をこいでいる。
それを見たアルファが眉をしかめた。
「あの花粉か」
「花粉?」
問いかけながら、カイルがふらつくシリウスを抱き上げると、シリウスはたちまちカイルの腕の中で寝息を立て始めた。
シリウスが唐突に眠ってしまったので、さっきまで勇敢に戦っていた竜人たちは大いにうろたえた。
カイルは腕の中の少年の呼吸が正常であることを確かめると、残りの二人と視線を交わしてシリウスを自分の部屋に運んだ。
シリウスの部屋は窓が割れて破片が危険だったからだ。
「ちょっとあんたたち! こっちのもうひとりも部屋につれてってやりなよ!」
エリカがマイルズを指差して言ったが、竜人たちは、もちろんそれどころではない。
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カイルはシリウスを慎重にベッドに横たわらせると、ずっと学んでいた解析魔法で状態を確かめた。
柔らかな魔法の光がシリウスの体を覆い、緑に輝いてから続けて青く光る。
緑の光は薬物の影響を、青い光は対象が健康であることを示す。
つまり、睡眠効果のある花粉を吸い込み眠ってしまったが、害はないということだ。
もし毒物であったなら、最初の光は緑ではなく紫に、次の光は健康の危機を示す赤になる。
眠っているだけならば、効果が切れれば自然と目覚めるだろう。
三人の竜人たちはやっと安心したように深々と息をついた。
心配で呼吸をすることも忘れていたのだ。
フォウルはまだ少し震えていたが、シリウスの手をしっかり握ってから顔を上げると、小さく片手を振り、室内を浄化した。
たちまち部屋の中にあった焦げ臭い匂いが消え去る。
「下もきれいにしてくる。空気が汚れているとこの人の体に悪い」
アルファも頷いた。
「そうだな、下が破壊されたままだと目覚めたとき悲しまれる。カイル、お前は我が君のお傍についていろ」
言われなくとも離れるつもりなどなかったカイルは首肯した。
アルファとフォウルが階下に戻ると、床の上で寝こけているマイルズをロックが担ぎ、部屋まで運ぼうとしているところだった。
エリカとレイは部屋の掃除をしている。
ロックは二人の竜人が戻ったのを見てニヤリと笑う。
「なんだ、こいつを運ぶの手伝ってくれる気になったのか?」
アルファはロックを綺麗に無視すると、床に散らばる建物の破片や魔物の残骸を見渡した。
建物を構成していたはずの、古い材木はすっかり粉々だ。
床の大穴はどうにもできないが、建物の破片や、魔物の残骸は、どうにかなるだろう。
見渡している間に、フォウルの方はさっさと魔法を発動し、灰と埃と煤で満たされた室内をあっという間に浄化してしまった。
「さすが、すばらしい魔力だ……」
箒を片手に掃除をしていたレイが賞賛し、エリカも大喜びだ。
「あんたこれから毎日掃除担当しておくれよ。ちょっとは給料出すからさ!」
竜人を掃除夫扱いするという、きわめて大胆な提案だったが、金にまったく興味のないフォウルは返事をしなかった。
それどころか、もう自分の役割は終わったということなのか、
「じゃあボクはあの人のところに戻る」
あっさり二階に戻っていった。
残されたアルファも早くシリウスの元に戻りたかった。
だがエリカたちを巻き込んでしまっては意味がないので、一応警告する。
「床の上に散らばっているものをすべて消す。貴重品や必要なものは今すぐどけろ。範囲内に進入すれば人も物も区別しないぞ」
「い、今すぐ消すって、ふっとんだ俺の大事なかわいいキッチンテーブルちゃんも!?」
ロックがあせってマイルズを放り出し、半分破壊されて足もなくなっている木製のテーブルを運び出した。
あきれたように見守っているレイが、転がっていたテーブルの足を拾ってよけておいてやる。
「で、この床の惨状を、どう綺麗にするつもりなんだい?」
エリカは散乱している、かつて床や窓だった破片を見渡した。
「下がっていろ」
床面に薄く広がる黒い水溜りのような影。
先日ワグナー邸を片付けたのと同じ魔法だった。
床の上を進む影は、たちまちすべての破片を飲み込んでしまった。




