100・☆ワグナー、真実を察する
いつもご訪問、本当にありがとうございます。
おかげさまで、100話です。
記念(?)に、二話分の長さを更新しましたので、お楽しみいただけると幸いです。
「なんでぼく、また寝てるの!?」
階下でなにやらザワザワと大勢の気配を感じ、目を覚ましたシリウスは、ベッドから飛び起きた。
窓からの日差しはとっくの昔に中天を超え、それどころか夕日が赤く輝いている。
一度はちゃんと朝のうちに目を覚まして、学園に行くための支度を始めたところまでは覚えているのに、どうしたことか。
ベッドの脇に用意されていた衣服に急いで着替え、これまた準備良く用意されていた洗面道具で顔を洗って扉を開けると、ドアのところに蒼い狼がきちんと座って待っていた。
みごとな尻尾がシリウスを見てふさふさと左右に揺れている。
「おはようございます。ちゃんと寝られて良かった」
「……おはようって時間じゃないよね……」
はー、とため息をついて、蒼い狼、フォウルの首を抱きしめた。
もふもふの鬣に顔をうずめていると、うっかりまた眠ってしまいそうになる。
けれど階下から、やはり聞いたことのない人の声が多数届いていて、シリウスはフォウルを放して、狼のサファイアのような瞳を覗き込んだ。
「下に誰か来てるの? アルファとカイルは?」
「昨晩の件でアレスタの騎士たちがカイルを訪ねてきてる。アルファも下に」
シリウスが階下へ向かおうとすると、フォウルは主人の袖をそっと咥えて引き止めた。
行かないほうがいいと、蒼く輝く目線で伝える。
そこでシリウスは、階段の上、彼らの会話が聞こえる位置からフォウルと一緒にそっと階下を覗いて見た。
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「――ですから、何度も言っておりますように、礼など不要です。昨晩私が彼らをお助けしたのはすべてシリウス様のご命令で、私の意思ではないのですから」
「シリウス殿下もご一緒に式典へご招待したいのです」
「我が君はご身分をお隠しになって留学中の身であられる。そのように目立つ場所へお連れすることはできない。このことはそなたらの王も承知のはずだが」
カイルとアルファ、それにおそらくアレスタの騎士とが言葉を交わしている。
どうも、礼をする、しない、式典に参加する、しない、でモメているようだ。
カイルを訪ねてきたのは昨日アレスタ要人救助の手伝いを頼みに来ていた、正騎士団の団長であるグリフ准将だった。
昨日と同様、数名の部下を連れ、今日は感謝を伝えにきていたのだが、竜人たちにとってはそれこそいい迷惑であったのだ。
アルファはカイルをチラリと睨む。
要人救助を終え、実家に被害者たちを届ける際、礼は不要と強く念を押すように言っておいたのだ。
もちろんカイルもそのことはきちんと伝えた。
両親もちゃんと了承したのだが、准将は立場的にも恩人へ礼もせずに放置しておくなど不可能であったのだった。
グリフ准将はともかく、同行してきたグリフの部下である騎士たちは、カイルとアルファの威圧感に萎縮している。
彼らは、ワグナーの父であるロイド卿が救助された際に、現場へ同行していた黒衣の青年が黒竜であることを知っていたので、余計に恐れているようだ。
黒竜アルファが准将の訪問を快く思っていないことは明白で、赤竜公も迷惑そうな態度を隠さない。
だが、さすがというか、それでも准将は引かなかった。
「閣下も以前はわが国の騎士であられたのですから、我らの立場も良くおわかりではありませんか。ずっと行方不明だった要人方を赤竜公が一晩で救出してくださったと、街はすでにお祭り騒ぎです。シリウス殿下のご意思で、閣下が魔物から要人方を助けてくださった事はわかりました。ですが、国民の感謝をどなたかが受け取ってくださらねば、祝いの式典を行えませぬ」
「騎士団が助けたということにすればよかろう。それが無理なら式典ごとあきらめろ」
アルファはにべもないが、カイルは困惑顔だ。
准将の意見も、確かに良くわかっていたからだ。
けれどこれ以上に目だって顔が知れ渡ってしまうと、それこそ下宿に帰ってくることすら、ままならなくなる。
それだけは、なにがあっても、絶対に避けたい。
「行ってあげたら?」
二階から声をかけられて、階下にいた人々は一斉に顔を上げた。
金の髪の美しい少年が、狼を伴って階段を下りてくる。
カイルとアルファがすかさず腰を折ったのを見て、准将は一瞬眉をひそめたが、自身は背をそらし、その場に直立したままだった。
「はじめまして、グリフ准将、カイルからお話は聞いていました」
「こちらこそ、シリウス殿下、お初にお目にかかります」
見事な起礼を返したが、准将はシリウスの紫の瞳から目を離せなくなっていた。
「カイル、街の人たちはカイルにお礼がしたいんだよ」
「ですが私は……」
何もしていません、と言いそうになって留まる。
実際に昨晩救助作業をしたのはアルファとフォウルで、カイルは何もしていない。
けれどそれを言うわけにはいかなかった。
「それにシリウス様、式典といっても、パーティだけではなく、パレードも行いたいとおっしゃるのですよ。もしそんなものに出席したら、私は目立ちすぎてここに戻れません。街中に顔を知られてしまいます」
「パレードなら、竜になって参加したら?」
シリウスの気軽な言葉に大人たちが目を見開く。
「騎士団の人が街を歩いて、カイルは上空を低く旋回すればいい。みんな竜を見たらきっと喜ぶし、カイルの顔も知られないで済むよ。祝賀パーティに出るような人たちは、最初からもうカイルの顔を知ってるだろうから、そっちは人の姿で行っても平気でしょ」
「は、はい」
カイルとアルファが顔を見合わせ、続けて准将とも視線を交わす。
たしかにそれなら、あらゆる問題が解決するように思えたのだ。
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帰っていく騎士たちを見送って、シリウスは下宿の玄関から空を見上げた。
そろそろ日が沈む時間だ。
もうとっくに学園は終わってしまっているだろう。
なにげなくアルファも下宿にいたけれど、彼も自分が担任している大学の授業をサボったはずだ。
シリウスは軽くため息をついて下宿の中に戻ろうとした。
そのとき、去っていく騎士団と入れ違うように通りをやってくる遠くの人影に気づいた。
「! ……ワグナー?」
一人で歩いてくる少年は、すれ違った騎士団を不思議そうに振り返りながらこちらに歩いてくる。
近づいてくるワグナーを見て、シリウスは慌てて振り返り下宿の中に声をかけた。
「カイル! 隠れて!」
「は?」
突然言われてキョトンとしているカイルの背中を押し、シリウスは続けて訴えた。
「ぼくのクラスの子がこっちに向かってるんだ。カイルが見つかったらまずいよ!」
それからハッとなって、アルファとフォウルにも。
「ワグナーが来るけど喧嘩しないでね! もう仲直りしたんだから!」
「!」
二人が急に緊張の面持ちになったので、シリウスは若干不安になったが、もう時間がない。
フォウルがすかさず足元に駆け寄って、ピタリとシリウスの前に陣取った。
「ああ、もう、じゃあカイルとアルファは二人で一緒にどっちかの部屋にいてね!」
「それは……」
アルファが何か言おうとしたが、シリウスはもう一度玄関の扉をあけた。
後ろ手に扉を閉めてしまう。
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道を歩いてきたワグナーは、扉の前に立つ同級生を見て、地図を片手に眉をひそめた。
「シリウス? なにしてるんだ?」
「おはよう、ワグナー」
「……おはようって、もう夕方だぞ……。それよりお前、こんなところに住んでるのか?」
今のワグナーは、シリウスが自分よりもずっと身分の高い人間に違いないと確信していた。
だが、教師に渡してもらった地図を頼りにやってきた下宿は、古い木造の二階建てで、趣があるといえば聞こえがいいが、どう見ても一般市民、それも学生など、あまり収入の安定しないような人が住む建物に見える。
「うん、ぼく、ここの大家さんと友達で……。ワグナーはどうしたの?」
「あ、ああ、お前今日休んだから……」
懐をごそごそと探ったので、フォウルがすかさず低くうなった。
ワグナーは狼に組み敷かれた事を思い出し青くなったが、眉を引き締めなんとか踏みとどまった。
狼を刺激しないよう、ゆっくり、慎重に、懐からノートを取り出す。
「久しぶりに学園に来てみたら、お前のほうが休みじゃないか。ショーン先生が、お前の分もノートを書いて届けてやるようにって言うからここまで来たんだぞ。でもなんだよ、お前、風邪でもひいたのかと思ったら元気じゃないか」
文句を言ったが、ワグナーはまんざらでもないという顔をしている。
シリウスはノートを受け取るとワグナーの手を握った。
「ありがとうワグナー! 今日ぼく、ちょっと寝坊しちゃって」
「寝坊で休むなよ」
ふん、と、鼻をならす。
「お茶淹れるから、よっていって」
その言葉に、狼が思わず主人の顔を見上げたが、シリウスは笑ってワグナーの手を引っ張った。
シリウスの整った顔に浮かんだ笑みが、本当に心から嬉しそうだったので、フォウルもそれ以上反対できない。
「すごくうれしい。この家で、ぼくにお客さんが来たの、初めてなんだ」
訪問したことを、素直に「うれしい」と言ってもらえて、ワグナーも我知らず笑顔になる。
「お前、友達少ないっていってたもんな」
会話しながら木造の下宿に入ったとき、ワグナーはなんとなく人の視線を感じた。
すかさず視線を感じた方向を振り向いたが誰もいない。
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シリウスの部屋は西日のあたらない、明るく快適な部屋だった。
狭いが整頓されていて、掃除も行き届いている。
本棚にはウェスタリアの本とアレスタの本が半々に刺さっていた。
そして机の上には……。
「茶が……」
「あ、用意してくれたんだね。あったかいうちにどうぞ」
なぜすでに茶が用意してあったのか聞きたかったが、なんとなく聞けず、ワグナーは薦められるままに腰掛けて茶を飲んだ。
一口飲んだだけで、そのお茶が一般市民には買えないとても高級なものだと気づく。
けれどなんとなく、シリウスが自分の身分を隠したがっているように思えたので黙っていた。
「あのな、もう知ってると思うけど、俺の父上が戻っていらしたんだ」
「うん。聞いたよ。お父上は大丈夫だった?」
ぐったりと意識のなかった壮年の男性を思い出し、シリウスは聞いた。
「救出された時は衰弱していたけれど、今は大分回復してすっかり元気だ。ちょっと髪とヒゲがコゲてさ、でも赤竜公が助けてくださった証だからと言って、切ろうとしないんだ」
確かに、最初の救出ではカイルが盛大に魔物を燃やしたため、魔物に囚われていたロイド卿の髪や髭はコゲていた。
「元気になったのならよかった。他に変わりはない?」
「うーん、長く誘拐されてたから、ほんの少しだけど性格が変わったようにも思う。前より慎重になったというか……。でもそんなの、俺しか気づいてないし、命が助かったんだからどうってことないさ。家で養生しているうちに元にもどるだろうし。――あと、屋敷は壊れたままで住めないから、前の学校には戻らないで、このまま今の学園に通うことになった」
「ほんと?!」
「ああ、父上が、ぜひそうしろって、言って下さったし」
「よかった!」
シリウスは宝石のような紫の目を輝かせ、ワグナーの手を握った。
ワグナーはシリウスの素直な行動に驚いたが、やはりうれしい。
「お前、変わってるよな、普通だったら自分を殺しかけた相手と友達になんかなりたがらない」
苦笑してから、ノートを渡した。
シリウスがそのノートを受け取って開くと、丁寧な文字で今日の授業がまとめられていた。
そしてノートの最後には、蝋で閉じた封筒がひとつ。
「これは?」
「父上だけでなく、誘拐されていた他の人たちも赤竜公が助けてくださって、その祝いの式典が開かれることになった。父上は友人を呼べといってくださったけれど、俺も友達がいなくてさ」
面白そうに笑う。
「招待状だ。お前は俺の剣を直してくれたから……」
シリウスが封筒を見ると、それはやはり、さきほどグリフ准将の言っていた祝賀パーティの招待状だ。
カイルは出席するけれど、シリウス自身はどうするか、まだ迷っていた。
会場には首脳会議にも出席していて、シリウスを見知っている人たちも多く来るだろうし、身分を隠していくのは無理だろう。
「……ありがとうワグナー。行けるかどうか、相談してから返事するのでかまわない?」
「もちろんそれでいい」
渡すべきものを渡し、空も暗くなりかけていたのでワグナーは立ち上がる。
「そろそろ帰らないと家のものが心配するな。――明日は学園にくるだろ?」
「うん。ぼくの部屋にワグナーがきてくれて、すごくうれしかった。今度はもっと早い時間にきてゆっくりしていってほしいな」
別れの挨拶をして、部屋を出ようとしたとき、ワグナーはシリウスの肩越しに、本棚の上に置かれた飾りに気づいた。
木彫りの、両手の上に乗るほどの大きさの、不恰好な馬だ。
目を見開き、見間違いではないのかと瞼をこするが、それはどう見ても、小さいころにワグナー自身が作った馬の置物だった。
母の誕生日に贈ったものだ。
ワグナーの視線の先にあるものに気づいたシリウスは一瞬ひるんだものの、すぐに気を取り直して本棚の上の馬を手に取った。
「……これ、ワグナーの家の近くで拾ったんだ。知ってるものだった?」
本当は、近くどころか、こわれた屋敷の玄関ホールで拾ったのだけれど、それは言えない。
アルファがホールを片付けた時、巻き込まれて消し去られそうになっていたのを、ついかわいそうになって拾い助けた置物だ。
「心当たりがあるなら、ワグナーに返すね」
「あ、ああ……」
ワグナーは不恰好な馬を受け取り、それが間違いなく自分のものだと確信する。
今はほとんど取り壊された屋敷がまだ美しい姿だったころ、亡き母がホールの花瓶の横に飾った。
簡単に屋敷の敷地外に転がり出るとは思えない。
そのとき、シリウスの部屋の扉が控えめにノックされ、二人の意識が扉に向かう。
シリウスが少しだけ扉をあけ、外の人物と会話を交わした。
「シリウス様、お茶のおかわりは……」
「ううん、暗くなっちゃうから帰るって。おかわりは大丈夫」
扉の外から聞こえた若い男性の声に、ワグナーは驚愕した。
――絶対に忘れない、小さいころからあこがれていた声。
聞き間違えるはずはない。
でも、まさか。
「ワグナー」
「……っ!」
「大丈夫?」
「も、もちろん」
「フォウルが家まで送るよ」
扉を開けると同時に放ったシリウスの言葉に、ワグナーだけでなく、扉の外で待機していたフォウルも思わずシリウスを見つめてしまった。
先日の件からずっと、蒼い狼がワグナーを敵視しているのは明らかなのに、能天気というか、前向きというか、非常に楽観的だ。
「シリウス、俺は一人で帰れる」
「途中で暗くなっちゃうよ。大丈夫、フォウルはすごく優しいんだよ。――フォウル、ワグナーをよろしくね」
よろしくね、と言われたフォウルは耳を伏せ、主人の足元にぴったり身を寄せた。
離れたくない、という意思表示だったのだが、シリウスは狼を抱きしめてから、ワグナーの方に押し出したのだった。
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ワグナーはフォウルと歩きながら、頼もしいような怖いような、不思議な気分だった。
シリウスの命じたとおり、蒼い狼はワグナーの隣を同じ速度で歩いている。
滑らかな蒼い毛皮は、引き締まった筋肉が動くのに合わせて揺れ、沈みかけた夕日にキラキラ輝いた。
すばらしく美しい生き物だったので、ついまじまじと見つめていたのだが、視線が合うと狼の鼻筋に皺が生じた。
苦笑して前を向き歩く。
「……お前、本当にシリウスが大事なんだな」
この狼の怒りの原因が、先日の剣術の稽古にあることは間違いない。
心底嫌っている相手だろうに、シリウスの命令どおり、ワグナーを守って家まで送ってくれているのだ。
ワグナーが話しかけると、言葉がわかったかのように、フンと鼻を鳴らす。
「……なあ、さっきあの下宿から、アレスタの騎士団長が出てきたよな? 最初は見間違いだと思ってたけど……」
下宿に到着する直前、すれ違った騎士たちの姿を思い浮かべる。
普段こんな場所を歩いているはずのない、騎士団長がいた。
この下宿からでてきたように見えたが、こんなボロ下宿から、上級貴族である騎士団長が出て来るはずがないとも思っていた。
狼が答えるわけがないのはわかっていたが、他にも疑問に感じたことをそのまま口に出していく。
「シリウスが持ってた馬の置物、あれもさ、うちの屋敷の中にあったんだ。敷地の外になんか行かないはず。だとしたらいつ拾ったんだ……? それに……」
部屋の外から聞こえた声。
若々しく、美しい、ずっとあこがれていた青年の声。
「部屋の外から『シリウス様』って呼んだあの声、絶対赤竜公閣下の声だった。赤竜公閣下は、もう二年もウェスタリアにいて帰ってこなかったんだ。父上が首脳会議から戻ってきた時、赤竜公はウェスタリアの王子にお仕えしていて帰ってこないんだ、って嘆いてた。その赤竜公が一ヶ月前に急に帰ってきたんだ。――シリウスも一ヶ月前にウェスタリアからアレスタに来たんだよな……。それに学園で赤竜公閣下が講演してくださったとき、今思えば閣下はシリウスを見てた。あのとき赤竜公閣下が話してくださった『あの方』ってもしかして……」
歩きながら、気づいたことを次々と話していたのだが、ふと見ると狼が足を止めていた。
湖の底のような、蒼く深い瞳でじっとワグナーを見つめている。
「……お前がそんな反応をするってことは、俺の推理、そんなに間違ってないんだろうな。本当に言葉がわかってるみたいだ」
苦笑してから再び歩き始めると、狼もゆっくりついてくる。
「心配するな。シリウスが何も言わないかぎり、俺も何もいわない。知られたくないんだろう? 家族にも、シリウス本人にも、気づいたことは言わないよ。お前が噛み砕いた短剣は、俺にとって本当に心の支えだったんだ。――あいつは、自分の秘密がみんなにバレるのを覚悟で直してくれた。いつかその恩を返すって決めたんだ」
自宅が見えてきて、ワグナーは足を止めた。
狼を振り返る。
「ここまでで大丈夫。早くシリウスのところに戻りたいんだろ? 送ってくれてありがとう」
狼は、蒼い瞳でワグナーをじっと見つめると、今度こそはっきり言葉を認識しているように頷き、そして口を開いた。
「君が誰にも言わないと誓うなら、ボクももう二度と君にうなったりしないと約束する。君の推理は間違っていない。とても重要で重大な秘密。――あの人は君を友達だと言った。君もあの人を裏切らないと誓えるか」
ワグナーは狼の言葉にあらゆる意味で驚愕していたが、なんとか頷くことができた。
それを確認すると、狼は満足したように尾を一振りして身を翻し、一瞬でワグナーの目の前から風のように消え去ってしまった。