8・創造主のごとく
お気に入りの登録や評価ありがとうございます。
うれしかったり楽しかったりしながら書いています。
少しずつシリウス自身の能力についても表面に出始めてきたので、物語も進行しやすくなってきました。
アルファは自らの主君、シリウスの力について考えていた。
平常時のシリウスは、いかなる特別な魔力も感じさせない、見た目が美しいだけのごく普通の子供のように見える。
卵の時や、卵から出てすぐのような威圧感は、完全に小さな少年の身のうちに封じ込められていて、察することは不可能になっていた。
普通、魔力を持っている生物は、同じく魔力を持つ者を察知することが出来る。
ごく少量の魔力しか持っていなくとも、常人とは違う力の流れを感じられるのだ。
だがシリウスは本人も意図しないうちに完璧にそれを隠し切っている。
竜人であるアルファ自身も、普段、己の強大すぎる魔力をなるべく人に察せられないようコントロールしているが、それでも多少は「あふれ」てしまう。
これほどまでに、自然に、完璧に、隠しおおせるものなのだろうか。
剣の達人が殺気を放たず人と対峙するように、シリウスは魔力をごく当たり前のことのように受け入れ操っているということだ。
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「我が君、今日は魔法について、少々お話してもよろしいでしょうか」
勉強の時間、アルファはやさしい笑みを浮かべて主の向かい側に腰掛けた。
シリウスには、カイル、アルファ、家庭教師と、母のジュディスで担当を決め、一時間ごとに交代で勉強を教えることになった。
カイルとアルファは護衛であったけれど、様々な知識に精通していたし、可能な限りシリウスから離れたくないと訴え、なおかつ引き下がる様子がないこともあり、当面、護衛兼教師というよくわからない立場となった。
竜人たちの扱いにとまどうウェスタリア側の苦悩が伺える。
母ジュディスの役割もまた微妙だった。
王妃であるジュディスが教師となって我が子に教えるなどと、本来はそんな事をする必要はないのだけれど、あまり息子と交流する時間のないジュディスが勉強に参加したがった。
母に甘えきりであるはずの幼子の時期を、卵という特殊な形でふっとばしてしまったシリウスを気の毒にも思っているようだ。
そんなもろもろの事情を知る由もないシリウスは、少し首をかしげてアルファを見上げた。
「魔法? でも、アルファは算数を教えてくれるんじゃないの?」
「魔法と算数はとても密接に関係しておりますから、ちょうどようございます」
そうなの? と、不思議そうな顔をしたが、それでも新しいことを学べて嬉しいのか、シリウスはノートを広げる。
「我が君は先日、魔法の力をうまく加減できずに窓を割っておしまいになられましたね」
「うん……」
まだそのことを後悔していたシリウスは金色の睫を伏せた。
「あっ、いえ、お叱り申し上げているのではないのです。我が君の魔法の力がどのような種類のものか、まずそれを知りたかったのです」
「窓を割る力?」
「窓をお割りになったのは単純に魔力の放出によるものなので、属性は関係ありません」
「よくわかんないけど、手で押して割ったのと同じ?」
「そうです」
よくおわかりになりましたね、と、アルファがやさしく微笑む。
「割ってしまった力ではなく、お戻しになったお力の方が、我が君の力の重要な部分です。本来魔法とは、そのように緻密な作業に向かないのです。できないわけではありませんが、まあ算数の問題のようなもので、0.5たす0.5は簡単に1と答えを出せますが、ガラスの破片ひとつは単純に「0.5」ではなく、数字にしたらたとえば「0.0006798757・・・」というような、限りなく複雑な数字の物質なのです。それらひとつひとつの破片の数字を正確に割り出し、順番を間違わず足して行き、最終的に1にする計算は非常に骨が折れそうでありましょう」
「う、うん」
想像してしまってシリウスは嫌そうな顔をした。
「ですが、我が君はあっさり修繕してしまわれた。どのようになさったか、もう一度お見せいただきたいのです」
そういうと、アルファは懐から小さな箱を取り出した。
蓋を開けると中にはニワトリの卵の黄身ほどのガラスの玉。
アルファはそのガラス玉を箱からつまんで取り出し、ハンカチの上に乗せ指先で触れる。
パリン、という軽い音と共に、ガラスの球はアルファが触れた箇所からきれいに二つに割れた。
「どうやったの!?」
身を乗り出したシリウスに微笑みかけ、アルファは答える。
「我が君が窓を割ったときと同じです。俺は加減を知り尽くしておりますゆえ、ガラスを割るのに必要なだけの魔力を使ったのです」
「ぼくもできるようになる?」
「もちろんですとも。ですが、今日は割ることよりも戻すことをやってみましょう」
アルファにそう言われて、シリウスはハンカチの上に乗ったガラスの玉をじっと見た。
この前どうやって窓を元に戻したか覚えていなかったのだ。
困ったようにアルファを見ると、彼はシリウスの手を取り、二つになったガラスの破片をハンカチごと手のひらに乗せた。
「割れた箇所が危のうございますゆえ、直接はお触れになりませんよう。初めは対象が近くにあったほうが力を使いやすうございます。我が君が、どうしたいのか、どうしてあげたいのか、それを己とガラスとに訴えかけてごらんなさいませ」
シリウスは言われたとおり、素直に自分がガラスをどうしたいのか、どうしてあげたいのかを、必死に考えた。
「元に戻って……」
目を閉じて、魔法の力を高めて行くけれど、身の内に高まった魔力はガラスの球を癒さない。
アルファの方は、主人の体の中で、急激に魔力が構築されていくのを肌で感じていた。
それまで完璧に隠蔽されていた魔法の力が、実にたくみに、精密に、高まって行く。
その濃度は大変なもので、なるほどこれでは窓など簡単に粉砕してしまうだろう。
だがこれは通常の「魔力」で、あえて属性を与えるとするならば光魔法に近い。
この力ではガラス玉を元に戻すことはできないだろう。
主を見れば、額に汗を浮かべて真剣な表情だ。
本来の魔法であれば詠唱によって術者の負担は格段に軽減するけれど、前例のない魔法だったので、アルファにもどのような詠唱を行うべきか定かではない部分が多かった。
まずは先日の魔法を再現してもらって、それから主人にもわかりやすいよう術式を組み上げなおそう、と考えていたが、どうもシリウス本人にもよくわかっていないようだ。
疲労を考えて、一度休ませて差し上げよう、そうアルファが考えたとき、それはおこった。
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シリウスはアルファが期待を込めて自分を見ていることに気づいていた。
アルファを喜ばせてあげたくてがんばるのだけれど、うまくいかない。
窓を割ったときのように、自分の中で力が高まって行くのはわかる。
でも、これは割ったときの力だ。元に戻す力じゃない。
アルファが言っていたことを思い出す。
まっぷたつになったガラスの破片の片方は単純に0.5ではなく、とても複雑な数字で構成されていると。
破片に意識を集中すると、たちまちその破片の成分が頭に浮かぶ。
アルファによってほぼ真っ二つにされた二つの破片は、確かに単純に「半分ずつ」ではないようだった。
目に見えない細かな破片も沢山散らばってしまっていて、たとえ二つのガラスをくっつけることができても微妙に部品が足りないこともわかった。
二つのガラスをくっつけても、もう元のガラス玉には戻せない。
ガッカリすると同時にふと気づく。
それならいっそ、これ以上バラせないところまで粉々にしてしまって、粘土のように丸めて作り直せばいいんじゃないだろうか。
思いついたとたん、ガラスを構成するケイ酸化合物の分子構造が立体的に脳裏に浮かんだ。
それらが何を意味しているのかはわからなかったけれど、それらをどうすればいいのかはわかる。
頭に浮かんだ緻密な分子構造は、ややこしくてわかりにくく、かえって面倒だったので、さっさと頭の中から追い出し、今度は本能のままにまかせガラスの玉を組み上げなおして行く。
複雑な楽譜の曲を一度も聴かないまま歌うことは難しく、一度耳で聞いて覚え歌うほうがずっと簡単なように、シリウスは精密な設計図を嫌がった。
――ガラスの玉。
丸くて、硬くて、透明で、大きさは……。
歌うように、順番に、なめらかに、多少間違っていたって、きっと大丈夫。
思い浮かべながら作り上げていくのは、予想よりずっと楽しくて、ずっと簡単だった。
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シリウスがハンカチごとガラスの玉を胸元に引き寄せた。
「いけません、我が君、断面でお怪我をなさいますよ」
そう言ってアルファが主人の手にそっと触れた瞬間、室内が一瞬、淡い金色に光ったように見えた。
ごく一瞬の輝きだったので、気のせいだったかもしれないと思ったとき。
「アルファ、見て! ほら、できたよ!」
主人の手のひらの上に、元通り、完全な球になったガラス玉が乗っていた。
「ど、どうやったのですか」
いかなる種類の魔力も感じなかったので、アルファはつい動揺してしまう。
シリウスという主人に出会ってから、アルファは何度も驚いたり動揺したりしてしまっていたが、どちらもそれまでの彼の人生にはまったく無縁の感情だった。
当惑するアルファの表情を見たことがあるのは、シリウス以外には赤竜カイルとシリウスの兄ルークぐらいだろう。
百年以上生きてきたのに、驚きも当惑も、すべてはここ数日のシリウスに関する出来事のせいだ。
けれど主人である当人、シリウスは、アルファの動揺など、もちろん気にせず首をかしげる。
「うーん、ごめんね、くっつけるのはやっぱりむずかしくて出来なかった……、だから全部をつくりなおしたんだ」
「つくりなおした……」
手の中のガラス玉をじっと見つめ、アルファは声もなかった。
「もしかしたら最初のガラスとちょっと違ってるかも……」
少し申し訳なさそうに、シリウスはアルファにガラスの玉を渡したのだった。
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アルファが手のひらでガラス玉を転がしているのを、不審感を込めた目つきでカイルが見ていた。
今、シリウスは母である王妃と勉強中なので二人は隣室に控えている。
アルファは手のひらのガラス玉を転がしては指先で突き、握りこんでは転がして、を繰り返す。
その様子がどうにも普通ではなかったので、ついにカイルは声をかけてしまった。
「アルファ、そのガラス玉がどうしたというのだ、さっきからいじり倒して普通じゃないぞ」
「……カイル、先日、我が君がガラスの窓を一瞬で治したことを覚えているか」
忘れるわけがないのでカイルは頷いた。
「もちろん覚えている」
「俺は重大な間違いを犯していたかもしれぬ。我が君のお力は我々の想像の及びも付かぬお力だ。尋常のものではない……」
「どういう意味だ?」
描いたように秀麗な眉を寄せ、カイルが低い声を出す。
アルファはガラス玉を大事そうに手のひらに握ると、顔を上げカイルに真剣なまなざしを向けた。
「我が君が窓を修繕したもうたのは、魔力によるものではない。今日、俺がこのガラス玉を目の前で割り、再び戻してくださるよう願ったところ、我が君はごく自然にやってのけてくださったが、直る瞬間、魔力は一切使用されていなかった」
「魔力でないなら、なんだと言うんだ」
「……わからぬ。わからぬが、おそらく今までこの世界にはなかった類の力なのではないかと俺には思える。魔族の力が我々に理解できぬのと同じように」
「シリウス様のお力が、魔族の力と同じものだと言うのか?」
つい声に非難の響きを含ませながらカイルが聞いた。
だがアルファは落ち着いた様子で首を振る。
「そうではない。まったく異質で、我々には図ることのできぬ力と言うだけだ」
そう言って、ガラスの球をカイルに渡す。
「割れた痕跡は何一つない。我が君はガラス玉を修繕したのではなく……」
「修繕したのではなく?」
カイルが先を促すと、アルファはためらいながらも言葉を続けた。
「……我が君はガラスの破片を再構築し、新しく生成なさったのだ。……まるで創造主のごとく」
アルファがガラス玉を持ってきたのは、最初と同じ物質のほうが扱いやすかろうという気遣いでした。
シリウスは無機物有機物問わず、物質や生命をゼロから作り上げることができますが、本人も周囲もまだほとんどの部分を把握しきれていません。
とりあえずは「部品のあるものなら作り直せる能力」と思われているもよう。
もちろん部品ありでも作れるので当面は誤解されっぱなしかと思われます。
しかも、シリウス自身の記憶や想像のまま、結構てきとうに作ったり直したりしているようなので、厳密には元通りじゃなかったりもします。
誤字、脱字、設定の矛盾などは極力気をつけておりますが、発見したらお教えいただけると嬉しいです。
直せる範囲で修正させていただきます。