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わたしの王子様

わたしの王子様 3

作者: 城田 直

 久しぶりに友達に誘われて、バドミントンをした。わたしはバドミントンがうまいのだ。なんてことをほざくと、うっそだあ、と友達のはるなに馬鹿にされるので、プレイするまで黙っていることにする。

「今日は、バドミントンしてくるから、帰りは遅くなります」

 と、啓にメールした。友達はスポーツセンターの更衣室で待っていた。

「のぶみと遊ぶのって久しぶりだよねー」

 友達のはるきゃん(はるな)は一部お団子にした長いツインテールをわさわさゆらし、きゃぴきゃぴ騒ぎながらウエアに着替える。そのすがたは、そのすがたは・・・まるで・・・

 !巨大な垂れ耳ウサギのようだ。

 ショッキングピンクのミニスカートに黒いスパッツを穿いたわたしのウエアを見て、

「あー、その黒とピンクのウエアかわいすぎー。いいなあ、いいなああ」

 と、さけぶ。とにかくうるさい。声が大きい、自己主張が激しい。でもちょっぴりさみしんぼな、はるきゃんは先週の土曜日、ひとりでとことこ渋谷に出かけたという。とあるアイドル・グループのオーディションに行ったのだった。なんと彼女はオーディション初挑戦で一万人の中の三十人に残ってしまった。つわもの美少女だ。

 だが、多少性格に難がある。

 なんというか・・・

 小悪魔的な性格なのだ。といえば聞こえがものすごくよろしいが、ぶっちゃけたところ腹黒い。そのことを指摘すると、なにくわぬ顔で

「あれれ、そうだっけ?誰のことかなあ」

 と小首をかしげる。やってろよ。

 実は『十九歳』でアイドルのオーディションに応募するには『おばさんすぎる』こと以上に、あんた、年齢制限無視してますから。事務局にちくっちゃうぞ。なんて野暮なことはわたしはしたりしないけど。

 そんなことしたらはるきゃんは

「♪かわいいのは正義なのよぉ。年ごまかしてもなんでも、オーディションなんて受かっちゃったもん勝ちなんだからあ」って・・・あんたすごすぎるよ。ぜったい最終まで受かっちゃうね。その根性なら。って言ったら、

「あ、やっぱり?知ってるから大丈夫。わざわざ教えてくんなくても」

 って、にっこにこしてる。

 でもかわいい。みるからにかわいい。二次元生物だ。髪の毛青くしたら、初音ミクみたいだねって言ってやったら、

「そそ、知ってた?あれのモデルってじつはあたしなんだよね」

 って言うか?普通・・・

「ママがねー、はるきゃん、かわいいーって毎日褒めてくれたから、脳みそが、そういう感じになっちゃったの。イメージが実物を作り上げるんだってさ。ママって何気に脳科学とか詳しいから、ふううんって聞いてたんだけど、まさか思ってるだけで、オーディション受かりまくってるなんてへーだよね」

 って、なんて親だ。この娘にして、この親あり、だな。小悪魔の母親だから魔女系なんだろうな。

「今度、お母様にお会いしたいものですな」って言ってみたら、

「あ、そう?うん。オッケー、たこ焼き」

 ってうざい。と思うでしょ?

 はまるのよ、この人そういうノリが。

 だから、怖いの。なんつーか、天然通り越してるんだわ、二次元美少女。リアリティ無すぎのそれはそれは、壮絶なお人。

 ちょっと、まって。

 なんかわたしの周りの人間ってそういう人、多くない?現実離れしすぎな人。

 っていうことは、よ?ひょっとしてわたしも現実離れした人間ってことなのかしら?

 ほら、よくいうでしょう?類は友、とか

 朱にまじわれば、しゅらしゅしゅしゅ、とか。おじさんくさっ。

 ああああ、なんかだめだわ。変なテンションになってきた。

 いいから、さっさと、バドミントン始めましょう、ってわたしが言うと

「おっけー」

 軽やかなノリではるきゃんが準備運動を始めた。すごい体が柔らかい。ブリッジしながら鼻歌歌ってる。

 おっしゃあ、からだもやああらかくなったし行くか、バドミントン。

 わたしは、いきなり鋭いサーブを打つ。

 はるきゃんはまるで、二次元のスポ根美少女のように、軽やかにジャンプして、スマッシュを決める。

 おっと、それが決まらないんだよね。ちゃんとフォローしちゃうんだから。ナイス・レシーブ。手首しなるしなる、ひゅって、音がすごい。

 再び、はるきゃんスマッシュ。わたしはまたいただき!といいながら、体育館の床の溝に思いっきりけつまずいて、

 前に倒れながら、親指の先を思いっきり強打した。

「あうううう・・・」

 わたしは床に倒れた。

 ちょっと、これ気を失うくらい痛いって。

「あっちゃー、のぶみたん、突き指したんじゃね?」

「どうやらそのようです」

「そか、のぶみたん、最近めっきり体が重くなったからだよ、きっと」

 って、なんでそんなことわかるのよ?この子。わたしのストーカー、ではなさそうだけど・・・なんで?

「そりゃあ、女の子だもん、ひとめみたらこの人ウエスト七十三センチくらいだろうな。とかわかるじゃん」

 え?なんで?

 目分量だよ、とはるきゃんは言うが、たぶんはるきゃんは二次元の世界に住んでるうちに、コンピューターが乗り移って、アイドルの女の子のウエスト位は予測できるような学習機能が身についたんだと思う。

 学習するたびにバージョンアップするもんね、パソコンってね。でも、いっちゃんさきにバージョンアップしたパソコン使ってる人間に限って、そらおそろしいくらいに人間性がバージョンアップしないんだけどね。ひひひひ・・・・

 なんて笑っている場合ではないほど、親指の付け根が腫れてきた。

 医務室行くはるきゃんにつれられて、わたしは医務室に行った。だが、そこに保健師とか医者とかの類は居なかった。かろうじて留守番と電話番だけはできてます。といったかんじの見るからにしょぼい、紺色のカーディガンはおった、肺病病んでるみたいな、スポーツセンターの女性事務員が、ひえぴた貼ってくれただけだ・・・ついてない。

 わたしは啓に電話して迎えに来てもらうことにした。

 わたしが怪我をしてしまった、と言ったら

 啓はいつものひょうひょうとした声とはまるで別人のように動揺して、

「のぶみ、のぶみ、死んでない?」

 って、生きてるから電話してるんですけど。

 啓は稲妻みたいにすばやくタクシーで体育館に駆けつけてくれた。その間わずか五分。カップヌードルなら、ちょいとのびきってるかなって感じの時間。はう。

 やっぱり、啓は素敵過ぎる。

 ところが、だ。啓を見たはるきゃんが黙っていなかった。

「わあ、のぶみ、この方だあれ?すっごいつぼなんですけど。なに?この素敵さ、この麗しさ、胸きゅん度半端ないんですけど。わたくしストライク直球ど真ん中ですわ」

「いいから、しゃべるな。しゃべると空気が激減してのぶみが呼吸困難になるだろう」

 啓はすさまじい顔ではるきゃんをにらんだ。

「きゃあああ、怒った顔が壮絶に綺麗だわぁ。いいものみたわあ。目が喜んでるぅ」

 啓は胸の前で手をクロスさせて、心拍数を測っているはるきゃんを無視して、わたしを抱きかかえた。

「どしたの?どこが痛いの?」

「んとね、突き指したみたい」

「大変、そのままにしていると、指が曲がってへんなかたちになってしまう」

 啓はわたしがひえぴたを貼っている患部をそおっと持ち上げた。

「いたたた・・・」

「これって病院行かないと無理だよ。骨折れてるかもしれないし」

 啓はわたしの親指の付け根を両手につつんでそっと自分の頬に近づける。

「あ、いいなあいいなあ、ずるい、のぶみ、こんな素敵な王子様みたいな方にそんな大事にされてますポーズを決められてしまって。その役を勤めるメインキャストは、はこのはるきゃんこそふさわしいというべき・・・」

「だから、うるさいんだって、さっさと整形の入ってる大病院紹介しろって、この垂れ耳ウサギ女」

 啓はものすごく怒っていた。

 パニックでヒートアップして、そのうち突然フリーズして動かなくなるに違いない。

 そんな怒った啓をみるのは初めてだったのでわたしはものすごく心配になった。

 啓はそんなにわたしを大事に思ってくれてるんだ。なんだかものすごい感動の嵐に巻き込まれてわたしは泣き出した。

「あー、だから泣いちゃダメだって。痛いのはわかるけど、泣かないの。いいこいいこ、よちよち、しまった。チョコレートを持ってくればよかった」

おろおろしながらジャケットのポケットをまさぐる啓に対し、かわい子ぶりっ子たっぷりなしぐさで、

「なぜにチョコレート?」と、

はるきゃんが首をかしげた。

はるきゃんは啓の感情の激変などどうでもいいらしく、けろっとして状況の変化に対応しきっている。

そして、

「あ、チョコレートに含有されてるカカオ豆に癒しの神経伝達物質であるセロトニンやドーバミンを増やすデオプロミンが含まれているわけで、オピオイドで痛みを回避させるってわけね。あったまいいね!」

 と、むじゃきにニコニコ笑った。

 そんなはるきゃんを尻目に啓は思い切り不細工な顔を作ろうとして、あがいた。なにをやっても不快感をかもし出すことができないのが啓の啓たるゆえんなのだが。すんばらしい。ピカソ!美しすぎて効果なし。あきらめて、

「チョコレートごときでそんなにオピオイド効果がでるわけじゃないけどね」

 啓は独り言のように呟いた。

「でも、カフェインよりは興奮性がマイルドなわけでベータエンドルフィンによるちょこっとの多幸感が痛みをごまかせるわけで非常にエクセレーントな選択だといえますよぉ、さすが!」

 はるきゃんはレンズレスのフェイクなめがねをいつの間にか着用していた。こういう小道具をあっさり使用するのもアイドルオタクの必須条件かもしれない。わたしは怒涛のようなふたりのやりとりに巻き込まれるうちいつしか痛みを忘れている。

「いいわぁ」わたしは呟いた。痛みをわすれるわぁ

「だめだ、病院に行くの!」

そうじゃなくて、このマトリックス・リローデットな展開にわたしは拍手を送りたい。

意味不明。まさにそれこそが生きているすべてだ、とわたしは思った。

「それじゃあ、行きますか?」

伊達めがねをはずしてはるきゃんは啓に笑いかけた。

「いい病院紹介致しやすぜ、お客さん」

「おう、さっさとやってくんな!」

啓は何気にはるきゃんにつられて、江戸時代の飛脚に乗った客みたいなお返事をした。結構波長があうのかもしれない、このふたり。

まだまだつづきます。

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