第7話 イリスとの出会い
森の広場で歌う少女を見た時、時間が止まったような気がした。きれいな外見に見とれたわけじゃなく、歌に聞き惚れたわけでもない。ただなんとなく、懐かしい気がした……。
「こんばんは」
歌をやめた少女に話しかけられ、俺は柄にもなく戸惑った。目の前の少女を保護しに来たはずが、歌を邪魔して悪いとすら思ってしまっている。それでもなんとか言葉を紡ぐ。
「えっと、こんばんは。歌、うまいね?」
何を言っているんだ、俺は。しっかりしろ!
「いや、そうじゃなくて! えっと、こんな時間に森にいると危ないよ? 知っていると思うけど夜にはモンスターが活発化する。よければ町まで送るよ」
どもりながらもなんとか口にできた。と、そこで周りにモンスターの気配が全くないことに気づく。それだけじゃない、この周辺の魔素が極端に減少している。どういうことだ?
「ありがとう。最近この辺りのモンスターが活発化してるって聞いたから来てみたの。でも当分は大丈夫だと思うわ」
大丈夫って何を言っているんだ? そう思いながらも実際に魔素が低下していることもあり、少女の言葉を素直に受け取っている自分がいる。
「あら? 突然ですけど、あなたどこかで会いませんでした? 私はイリスっていいます」
突然質問され、再び戸惑う。イリス……懐かしい響きな気がするけど、少なくともここ1年で会ったことはない。
「いや、悪いけどわからない。俺はシャルっていう。この近くの町に住んでいて、冒険者ギルドに所属している」
「そうですか……。ずいぶん会っていない知り合いと似ていたのでひょっとしたらと思ったんですが。シャルさん、ですか。瞳の色も違いますしきっと人違いですね。ごめんなさい」
イリスは丁寧に腰を折って謝ってきた。その様子が、どこか残念そうに見えるのは気のせいだろうか。
「ところで、所々怪我をしていますね。ちょっと失礼します」
そういうとイリスは俺に向けて手をかざした。すると暖かな光と共に俺の傷が癒された。
驚いた。魔法はイメージと魔力によって決まる。そのため複雑な現象を起こす為には確固たるイメージが必要だ。自分の体ならともかく他人の体を癒す為には医学的な知識が必要不可欠となる。そのため癒しの力を持つ人は希少だ。自分と同じくらいに見える少女は若くしてその知識と力を有していることになる。
あらためて目の前の少女を見る。神秘的な印象をうける慈悲深い眼差し。翡翠色の瞳、長く青い髪が特徴的だ。かわいい、と言われるよりはきれいと言われる容姿だろう。活動的とは言い難い、清潔感溢れる白いローブを着ている。少し髪が光っているように見えるのは魔力が非常に高い証だ。正直、これだけ高い魔力を持つ人を初めて見た。
「人違いをしてしまったお詫びです。もう大丈夫ですね。もしよろしければ村まで案内してもらってもいいですか?」
「喜んで案内するよ。イリスさん」
「イリス、でいいですよ。こっちもシャルでいいですか?」
終始ペースを握られっぱなしの気がする。そして何故かは分からないが少し違和感がある。なぜだろう?
「もちろん! ついでにもっとくだけて話してくれると嬉しいよ」
「そう? よかったー。実はいつもお固い人達に囲まれているから気楽に話したかったの」
そう言ってころころと笑う。へぇ、こんな顔もできるんだ。別に見とれた訳ではないけど。
「イリスはセロンの人じゃないよね? どこから来たの?」
「レアからよ。ちょっと行くところがあってセロンには宿をとりに来たの」
王都レア。世界で最も栄えている町の一つ。王様のいる城があるのはもちろんだけど、大きな教会や魔科学分野で台頭を示しているカンパニーの本社もあると聞いている。セロンの北に位置し、馬車で移動しても一週間くらいはかかるはずだ。
「王都から来たんだ! でも長旅だな。どこを目指しているの?」
「馬車であと三日くらい行ったところにちょっとね。事情があって行き先は言えないの。ごめんなさい」
「いや、いいって。こっちこそ悪かった。おわびに町についたらおいしい店を案内するよ!」
「本当! 楽しみにしてるね」
話してみると歳相応の女の子だ。さっきはどこか神秘的な雰囲気に流されたかな。
「ねぇ、シャルはセロンの出身じゃないんでしょ? 旅とかしてるの?」
「旅はしてないよ。いつか旅に出たいとは思うけど。でもよくセロンの出身じゃないってわかったね」
「金色の髪はもっと北の方にある人の特徴だから。実は私の故郷の近くにはその髪の色をした人が多いの」
「本当? じゃあいつか行きたいな! 故郷ってどの辺?」
「王都よりずっと北にあるノエルって町の近くよ。そう考えると遠くに来たなー」
少し悲しそうに見えるのは気のせいか。なんか悪いことした気分になる。
「そういえばさ、俺一年前に記憶喪失でこの森で倒れてたらしいんだよね。だから今の話ってひょっとしたら俺の過去につながるかも。そう考えるとなんかちょっと嬉しい気がする。ありがとな」
「記憶喪失? そっかー。いつか記憶が戻るといいね」
話題を逸らせたかな? ちょっと心配させちゃったかもしれないけど、さっきみたいな悲しい表情しているよりはいいよな。
それからも村までの道中、世間話をした。それで分かったことは、イリスは基本的に優しくて真面目な性格であること、それとかなりマイペースな子ってことだ。あと、意外と俺と気が合いそうだってことかな。
セロンに着くと町の人達が大騒ぎしていた。帰った俺を見るなりダニエルさんがかなり焦った感じで話しかけてきた。それを見たからかイリスは俺の後ろに隠れてしまう。
「シャル、帰って来たか!」
「どうしたんですか? そんなに慌てて」
「実は今日、聖女様が到着されたんだけどな。どこかへ行ってしまわれたんだ。シャル、青い髪をしたお前くらいの女性を見なかったか?」
「え? ひょっとしてイリスのことですか?」
そう言って俺の後ろになぜか隠れていたイリスを見せる。すると大柄な中年男性が慌ててやって来た。来るなりイリスに大声で話しかける。
「イリス様、どこへ行ってらしたんですか? 急にいなくなるからびっくりしましたよ!」
「ガストンさん、ごめんなさい。近くの森が汚れてたから気になって」
ああもう! と言わんばかりにあきれてガストンさんはまくしたてる。
「せめて一声掛けて一緒に連れて行って下さい! 私をはじめ護衛の者はイリス様を守る為にいるんですから!」
イリスを見るとしょぼん、としている。そんなに言わなくてもいいのに。俺はイリスをかばうように前に出て言う。
「ガストンさんでしたか。私はセロンの町のシャルっていいます。森でイリスを保護した者です。話はなんとなく分かりました。でもそこまで大声で叱らなくてもいいじゃないですか? こうして無事だったわけですし」
言うなり、ガストンさんは俺を睨みつけた。
「シャル、といったな。イリス様を助けていただいたことには礼を言う。しかしこれは私たちの問題だ、口を出さないでいただきたい!」
なんかむかつく、このヒゲ親父。言い返してやろうと口を開いたところでイリスが俺の服の袖を引っ張った。
「ありがとう、シャル。かばってくれて。でも悪いのは私だから。一緒にご飯食べれなくてごめんね」
そう言って俺から離れ、ガストンさんの方へ行ってしまう。一回だけこっちを振り向き、心配させまいと微笑み、そして再び行ってしまった。その後ろ姿が、どこか寂しげだった……。
「シャル、悪いんだが少し事情を聞かせてくれ」
ダニエルさんに森であったことを説明し、宿へ戻ったのはかなり遅くになってからだった。帰った俺を見たリタが心配そうな顔をしてこっちにやって来た。
「大丈夫、シャル? すごくつらそうな顔をしてるけど……」
「いや、大丈夫。少し疲れただけだよ。ごめん、今日はもう寝るよ……。おやすみ」
そう一方的に言い、俺は自分の部屋に戻った。
つらそうな顔……か、なんでだろうな。答えの出る気配のない疑問を考えながら、俺はいつの間にか眠りに落ちていた……。