第4話 魔科学の工房
昼食前に『工房』で装備品を揃えてしまおう。
冒険者の中で工房というと、武器や防具、魔法の触媒などを扱っている店を指す。セロンの町には工房は一つしかないけれど、大きな町にはそれぞれの特色を持った工房がたくさんあるらしい。いつか行ってみたい。
「いらっしゃい!」
店に入るなりドニさんが迎えてくれた。
ドニさんはこの工房の店主で、髪の毛の一本も生えていない頭にハチマキをしているのがトレードマークだ。しかしそれを指摘した人はその丸太のような二の腕によって店から放り出される。森の宿でも時折見る光景だ。実はドニさんはアーロンさんの酒飲み友達でもある。非常に陽気な性格だから、寡黙なアーロンさんとはあまり合いそうにない。でも不思議と仲がいい。
「お、シャルじゃないか! とうとう冒険者になったんだって? アーロンから聞いたよ。今日はアーロンと一緒じゃないのか?」
「おはようございます、ドニさん。アーロンさんはしばらく町を留守にするそうです。今日は自分の防具を新調しようと思いまして」
アーロンさんがモンスターの活発化の調査に出たことを説明する。ドニさんはニコニコと聞いている。
「そうか、それは注意しないとな。他の客にも注意しとくよ! んで、どんなのが欲しいんだ? シャルは魔法が使えるよな? そっちに合わせるか?」
「はい、そうしたいと思います。でも少し困っていることもありまして、相談に乗ってもらってもいいですか?」
「何言っているんだよ。お前さんはアーロンの身内みたいなもんじゃないか。遠慮するなよ!」
早速ドニさんに相談をする。
「自分のスタイルはどちらかというと速さで勝負するタイプなんですよ。でもそれだと防御面が弱くなってしまうのが困っている点でして。この前もオーガと遭ってかなり危ない所だったんです」
なるほどな、と真面目な顔をしてドニさんは答える。
俺はそんなに恵まれた体格をしていない。十五〜十六歳という年齢では平均よりも少し高いくらいの身長だ。
そのため俺はアーロンさんのように、恵まれた体躯から生み出される圧倒的な力で相手を倒すような戦闘はできない。でも魔力を通せば攻撃力や防御力を上げられる。だから魔力に恵まれているらしい俺にとっては身軽な装備のほうが向いていると思う。
「それなら軽い材質で防具を作って、防御面は魔力で補強するしかないな。そうなると魔力の伝導率と滞留性の高い材質が必要か……」
ドニさんは難しい顔をして考え事をしている。
でもさすがは工房の店主だ。いざ仕事の話になるとすごく真剣だ。
ドニさんの言っていた魔力の伝導率とは魔力の流れやすさの指標で、滞留性とは魔力がどれくらい留まるかを示す指標だ。これは個人の魔力の振動数によって異なる。
一昔前は魔力量の大小に関わらず重い鎧や盾が主流だったそうだ。
しかし魔科学の発展に伴い、どのような材質が魔力の伝導率や滞留性がよいか、また魔力によってどの程度の性能の上昇を見込めるかが研究された。
最近ではその研究が応用され、こうした工房では使用者に適切な装備品が購入、あるいはオーダーメイドできるようになっている。
「魔力の波長を調べるからそこに座ってくれ」
そう言い、ドニさんはゴテゴテした装飾が施された椅子を指す。……初めて座るわけではないけど、未だに抵抗がある。なんか電気流されるイメージがあるんだよな。
座ると腕や頭に装置を付けられた。
「よし、魔力を流してみてくれ」
言われた通り、付けられた装置に魔力を流す。
「さすが、アーロンの弟子だな。すごい魔力量だ! んで、この波長だったら……」
「あ、ドニさん。さっきも言いましたけど俺は戦闘中かなり動くスタイルなので、材質の柔らかいものでお願いします」
「わかった、じゃあジャケットタイプの防具を作るか! あと盾は腕輪タイプのものでいいか? 魔力を通せば盾に変わるからな」
ここでも魔科学の発展が見て取れる。アイテムボックスはもちろん必需品だが、中の物をとっさに装備できるわけじゃない。しかし魔科学の発展によって防具をコンパクト化することに成功し、持ち運びが簡便になっている。
持っている魔力量に応じて展開できる物は限られてくるが、少なくとも装備を運ぶ労力が下がった分だけ冒険者の負担は大きく下がる。それによって冒険者の生存率は大きく上昇しているとも聞いている。
「お前さんの魔力の波長だったらワイバリアはどうだ? 値は張るが長く使えるし、魔力の伝導率と滞留性もいいから防御面もいい!」
ワイバリアはワイバーンの革を特殊な加工をして作られたものだ。高い魔力をもつ冒険者が愛用していることが多い。
「それはぜひとも欲しいですが、今あまり手持ちがないんですよ」
ワイバリアを使った装備品は非常に高価だ。昨日もらった報酬じゃとても手が届かない。
「アーロンの弟子だ。出世払いでいいよ! それにワイバーンの革自体はアーロンが昔持ってきたものだから、元手はそんなにかかってないんだ。ただ相場があるから売れずに残ってるけどな」
少し苦笑いしながらドニさんが答える。
でもさすがアーロンさんだ。普通は支払いのつけなんてものはしてくれない。冒険者、特に魔法を使うことを想定した装備を作るにはそれなりにコストがかかるし、仕事によっては生死に関わる可能性があるからだ。
「そういうことなら遠慮なく使わせていただきます。前金としてこれだけは渡しておきますね。残りはできるだけ早く渡しにきます」
そう言って十万エルを支払う。残りは厳しいが、長期的に見れば損じゃないはずだ。
「よしっ、商談成立だ! 明日には渡せるから都合のいい時に来てくれ。お前さんの活躍には期待してるからな!」
ドニさんが満面の笑顔を浮かべて装備品の購入を終えた。……ドニさんの営業スマイルって何故か少し怖いんだよな。
そう思いながら失礼しますと言って、ドニさんの工房を後にした。