第12話 復讐の誓い
丘を越えるとセロンが見えた。なんだか本当に長いこと旅に出ていた気がする。いや、俺の記憶はこの一年間しかない。だから一週間という短い時間でも、そう思ってしまっても当然かなと思う。
「やっと着いたって感じだな。旅は慣れているつもりだったけど、今回は少し疲れた」
オーランドさんも緊張の糸が切れて来たようだ。メイルでの出来事を考えると、当事者でなくとも相当疲れただろう。
「オーランド、まだ護衛中だぞ」
ガストンさんがオーランドさんをたしなめる。しかし、すぐに顔を緩めた。
「とはいえ今回は私も少々疲れた。後でうまい酒でも飲みに行くか?」
「お、いいですね。ご相伴にあずからせていただきます」
そうだ! ぜひ皆に森の宿を紹介したい。
「それなら俺が泊まっている宿に食べに来て下さいよ。すごくおいしいんですから!」
「あら、もちろん行かせてもらうわ。前に言ってたリタって子もいるのよね? ぜひ会いたいわ。ね、イリス?」
「エ、エイラさん! ……そうですね。シャル、夕方あたりに行きますね」
「あ、ああ。歓迎するよ」
な、なんか怖いな。提案としては間違っていないはずなのに、何かのスイッチを押してしまったような……。
そんなことを言っているといつの間にかセロンに着いた。残念ながらダニエルさんはこちら側の門にはいないようだ。
大通りを通ると、セロンに帰って来たな、と改めて思う。
ギルドに着くと、いつも通りシャリーさんが笑顔で挨拶してくれた。
「おかえりなさい! シャル」
「ただいま、シャリーさん。無事、仕事を終えました」
「本当にお疲れさま。……なんか男として一皮むけたった感じね」
俺をじっと見つめながら、シャリーさんは言った。お世辞だと分かっていても、大人の女性から褒められると照れる。
「そうだ、アーロンさんが戻って来てるわよ! 今森の宿にいると思うわ」
「本当ですか!?」
アーロンさんには話したいことがたくさんある。イリス達とご飯を食べる前に話しておきたい。
「アーロンさんって、シャルの面倒を見てくれている人よね。後で紹介してね」
イリスもアーロンさんが気になるようだ。探していた幼なじみの恩人なら、気にもなるのだろう。
それからはシャリーさんに今回あったことの報告を終え(といっても言える範囲だけど)、イリス達とは一時別行動をした。
森の宿に着く。なんか疲れが急に来た気がする反面、気持ちが楽にもなってくる。勢いよく扉を開けた。
「ただいま!」
昼食の後片付けをしていたのだろうか、丁度食堂にリタがいた。持っていた皿を落とした。そしてリタは、目に涙を浮かべた。
「シャル……、よかったぁ」
やばい、なんか俺も泣きたくなってきた。
「ただいま、リタ。無事に帰って来たよ。お守り、効きました」
親方のアドルフさんがニヤニヤしているのは気になったけれど、俺は抱きついて来たリタに驚いたり、泣いている女の子をどう扱ったらよいかわからなかったり。でも、なんかほっとした。
なんとかリタを宥めて自分の部屋に戻ると、アーロンさんがいた。
「お久しぶりです。アーロンさん」
「久しぶり? そうか。色々と、あったようだな」
それから俺は今回の旅で分かったことをアーロンさんに聞いてもらった。
「アーロンさん。一年前、俺は森で倒れてたって言ってましたよね?」
アーロンさんは俺をじっと見た後、答えた。
「お前を見つけたのは、メイルの研究施設跡だ」
「アーロンさんは……」
俺の言葉を遮ってアーロンさんは答える。
「お前はまだ記憶が戻っていない。そうだな?」
「はい……」
「記憶を、取り戻したいか?」
「正直、分かりません」
「ならば、今は何も言えん。ただ、俺はあの研究所とは関係がないとだけ言っておく。……それで、いいか?」
「はい、十分です!」
アーロンさんとは一年間も一緒にいた。今更疑う余地はない。でもいつか、記憶が戻った時にもう一度聞いてみよう。
それからはイリス達が森の宿にやって来て、とにかく楽しんだ。イリスとリタが何故かにらみ合っていたり、アーロンさんとガストンさんが妙に気が合ったり、オーランドさんが二人につき合わされたり、ドニさんがエイラさんに一目惚れしてプロポーズしたけどふられたり、とにかく騒がしくも楽しかった。
次の日、イリス達はレアへ帰って行った。イリスは、俺がレアに来たら自分に会えるようにと、ペンダントと書状を渡してくれた。きっといつか会いに行くからと、約束して別れた。
森の宿に帰ると、何やら騒がしい。中に入るとリタがアドルフさんと言い争いをしていた。
「ど、どうしたんですか、二人とも?」
リタはこっちを見ようとしない。アドルフさんは俺を見るなり睨んできた。でも俺に怒っている訳でもなさそうだ、どこに感情をぶつけたらいいか分からない、そんな表情。
「……リタがな、お前が近いうちに旅に出るから、一緒に付いてくって言ってるんだ」
「リタ、何で!?」
驚いてリタを見る。誰にも言ってないのに。リタは泣きながら俺を見た。
「分かるよ! 昨日も、今日も、シャルはどこか遠くを見てるんだもん! だからあたしは……」
「リタ!」
リタは宿を出て行く。アドルフさんは動かなかった。
俺はとにかくリタを追いかけた。
町外れの野原まで来た。もう夕暮れだ。
「リタ……」
リタは息を整え、夕日を背にしてこちらに振り返った。
「シャル。行っちゃうんでしょ?」
「いつか、町を出ようとは思ってた。今回の旅で、少し自分が分かって……」
リタは黙って俺の言うことを聞いている。
「でも、すぐにってわけじゃない! まだ先の話だ。だから」
「だから、何よ? 行っちゃうんでしょ。だからあたしも付いて行く!」
「落ち着いてくれよ。きっと俺と一緒に来てもいいことなんてない」
だからセロンで幸せに暮らしてくれ。そう言おうとした。
「好きなの! わかってよ。一緒にいたいの」
頭が真っ白になる。リタが俺に抱きついてきた。
俺にとってリタは……。
俺は答えの代わりに、リタを抱きしめた。
「一緒に、アドルフさんを説得しようか」
「うん」
「旅って結構大変だよ」
「うん」
「俺って結構抜けている所あるから……」
言い切る前に、リタは俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。
しばらくリタと抱き合っていると、夕日に陰が差した。……陰?
大きな陰……、飛空挺! こちらへ飛んで来る。それにはレア王家の紋章が描かれている。
突然、聞いたこともない大きな音が連続して響く。飛空挺から何かが弾き出されているようだった。
何が起こったか分からなかった。
ただ、たった今まで抱き合っていたリタから、力が抜けていた……。
目の前で起きたことに理解ができない。
こうしている間にも飛空挺が俺達のすぐ近くに着陸してきている。
リタは、動かない。
自分の手を見る。赤く染まっている。
これが何か、理解できない。
分からない。理解できない。
だけど、以前、こんなことが……。
――フラッシュバックする。
俺の村が焼かれる記憶が。
父さんと母さんが倒れたことが。
俺が奴らにされたことが。
――痛い! 声にならない音を叫びながら、俺はただ啼く。
飛空挺から黒い服を着た連中が降りて来る。
中には白い服を着たのもいる。中にはゴーレムも数体いるようだった。
思い出した。俺の村を襲った奴らだ。メイルで俺を研究していた奴らだ。
黒服達が俺達を囲む。何か言っている。
でも、今はどうでもいい……。
ただ、リタが。
死んだ?
……許せない!
周辺の魔力を吸い上げ、連中にただぶつけた。
辺りは火の海と化した。奴らの叫び声も聞こえた。
飛空挺もゴーレムも何もかもが壊れる様も見えた。
それでも俺は、ただ啼いていた。
……アーロンさんがやって来た。
リタを守れなかった俺の方へと。
俺は視線を合わせられない。
ただ、リタを見て泣いていた……。
「救いたいか?」
アーロンさんは俺に尋ねる。
「答えろ!」
俺はわけも分からず、アーロンさんを見上げる。
アーロンさんは俺の胸ぐらを掴んで叫ぶ!
「惚けるな。ただ願え! お前の力はそのためにある!」
わけが分からない。
だけど、それでもリタを救えるなら!
俺はただひたすら願った。リタを救いたい!
俺とリタが赤い光に包まれた。
暖かい光。膨大な魔力で形成される、現実世界を作り替える光。
「シャル。泣いているの?」
リタの声が聞こえた!
リタが目を開けた!
俺は、リタを抱きしめた。
「よかった、リタ」
本当によかった。
「シャル、痛いよ」
俺はリタを放し、立ち上がった。
そしてアーロンさんの方へ振り返った。
「思い出しました。全部」
「……そうか」
アーロンさんはそれ以上何も言わない。
俺の答えを待っている。
「俺は、赦しません」
「誰をだ?」
「この国を。だから、俺はこの国を壊します」
ふと、優しい顔をした幼なじみの顔が浮かぶ。
ごめん、イリス……。
この日、俺の復讐は始まった。
これで「復讐者シャルと聖女イリス」の第一章は終わりです。
明るいエピローグを期待されていた読者の皆様、本当にごめんなさい。これでも登場人物達に愛着が湧いて、当初のプロットと比較すると大筋は変えないにしろ、かなり柔かくなっています。
第一章は大きな物語の中のプロローグに相当します。なので、次章からは普通の(?)ファンタジーのように明るい雰囲気でいきたいと考えています。いや、どうやって? と気になる方はぜひ次章を読んで下さい。いえ、読んで下さい、お願いします。
大変な終わり方になってしまいましたが、どうか今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。