きれい過ぎた
その丘には公園があって、そこから見える夜景は素敵で、よく僕は彼女とここへきて夜景を見ていたんだ。
その公園には大きな樫だか楠だかの木がある。
残念ながら、あまり僕は木の種類について詳しくない。
でも、だからと言って日常生活には何ら影響が無いので、別に本当はそんなこと知らなくても良いのかもしれない。
その日も僕らはその木を背もたれにして、座っていた。
ごつごつして決して居心地がいいとは言えないけれど、それでもそこが僕らにとって特等席なのは昔も今も変わりはしない。
「ねえ、きれいな空だね」
他愛も無い会話の中で彼女はそう言って夜空を見上げる。
僕は僕のコートの中で暖を取る彼女の柔らかな体を抱きしめる。
「うん。そうだね」
そして、僕は空なんて見上げずに彼女の柔らかな髪の中に顔をうずめた。
細く甘い香りのする彼女の髪は触れていて気持ちがいい。
少し前だったかな?
もしかしたらおいしいかもって思って、食べるふりをしたら、彼女にすごく怒られた。
おいしそうだって、理由を言ったらもっと怒られた。
褒めてるつもりなのに何で怒られるんだろ?
まずそうよりずっといいと思うのだけれど。
彼女の感性がよく分からない。
「いい匂い」
彼女の耳元に囁く。
「何かその言い方やらしい」
別にそんなつもりはなかったのだけど、そう言われてみればそう感じないでもない。
実は僕はいやらしいのか?
否定はできないけれど。
それから彼女はもぞもぞと動くので、僕はコートのボタンを外して彼女を解放した。
「冷えてきたから、もうそろそろ帰ろっか?」
「そうだね」
吐く息はまだ白くはならないけれど、それでもずっと外にいるには寒い季節になって来た。
彼女はお尻をはたき、僕がぐしゃぐしゃにした髪を整えて、帰り支度をしている。
そして、僕はコートのボタンを留めながら、空を見上げた。
「あのさ・・・」
「何?」
彼女は呼ばれて僕を振り返るが、僕はまだ空を見上げたままだった。
冬が近くなって空気が澄んできている。
街の明かりが邪魔をして、満天の星空とはいかないけれど、けれどいつもより星が多く見える気がする。
今までずっと人の営みの明かりを楽しんでいたけれど、そんな明かりがあるずっと前からこの星達は輝いていたんだ。
改めて気が付く。
ずっとそこにあったのに。
そして、僕は呟いたんだ。
「愛している」
「・・・ありがと」
恥ずかしいのか、照れくさいのか彼女の言葉はそっけなくて、無愛想だった。
すたすたと家路を急ぐ彼女の後を僕は慌ててついて行く。
そんな態度を取られると僕だってどんどんと恥ずかしくなっていく。
普段僕がそんな事を口にする人間じゃないって分かっているくせに。
ただその時は・・・
そうだな、理由があるとすれば・・・
そう、ただ見上げた月がきれい過ぎたんだ。