筋肉士ミオ
わたしは筋肉が好きだ。
何も、わたし自身がムキムキになる必要はない。
キッカケは何だったか。
幼少時の自分のデブチンゆえだったか。わたしには持ち得ない、男性の二の腕の血管の浮き出るたくましい腕を見たからだったか。
いつも適度に鍛え、鍛えても自分にはあまり筋肉が付かなかった。
適度にムキムキの男性を見る。それだけで良かった。車に便乗したとき、後ろを振り返りざま、ヘッドシートに腕をかける男性を見るだけでも良かった。
ほぼ性癖か? 子どものころは、キン◯マンが好きだったし、キ◯消しも集めた。アニメもマンガも小説も、目的は筋肉だったが一通りは履修した。
何を間違えて、異世界に来てしまったのだろう?
わたしの眼の前には、それこそ儚げな女の子が蹲っている。しかも3人も。『テンプレ召喚だな』と思う。筋肉は好きだが、実はサブカルも履修している。
細い腕。泣きそうな目。いかにも守られたい側の子たち。何かアイドル前の研修生辺りにこんな子がいるんじゃないだろうか?
──いや、鍛えろ。まずはスクワットからだ。
それで物語の展開としては、このうちの誰かが聖女か何かで、魔王討伐の手伝いか、瘴気除去の役割でも与えられるんだろう。結界の修復かもしれん。それで、王家に取り入れられて王子か誰かと結婚するパターンだろ?
(何で関係のない異世界の人間に頼るんだろう。自国の筋肉で問題なんかどうにかすればいいのに)
ここに来る前、通りの影でぶつかりそうになった瞬間、真っ白い強烈な光で満たされた。次の瞬間には、この広間へと目に映る景色が変わったのだ。
まばたきする間もなかった。
しかし、わたしの感想はと言えば、『筋肉がないなぁ』と思えただけだ。
周囲を囲っている、兵士? 騎士? たちは、みな細っこくてやわそうに見える。「上腕二頭筋の張り」や、「鎧の上からでも分かる大胸筋の動き」も見えない。
外周で、偉そうなおじさんが数人、女の子たちに向かってなにか色々言ってる。
これは、友人のススメで履修した『異世界転移』だろうかなあ? それ以外考えられないよなあ?
なら日本へは帰れないのだろう。
きっとわたしは「巻き込まれ召喚」だ。未練は『筋肉』が見れなくなったことだけだが、生憎と言っていいほど、残してきた親族はガリガリばかりだ。
思い残すことはない。あ、プロテインがないな。……まぁ良いか。鶏肉くらいあるだろう。って言うか、むしろ、新たなる筋肉と出会えるかもしれない。ちょっとワクワクしてきた。
召喚の広間? は二階だったらしく、こちらに誰も注目していない。
さっさと踵を返した。
窓に手をかけ、エイヤッと飛び降りたころようやく、『もう一人いた』と気づいた人間がいたのかも知れない。遠く離れた暗がりで、幾人もの人物が叫び声を上げ、右往左往しているさまを見る。
『鍛えてないなぁ』と残念に思い、なぜ召喚は夜に行うのか不思議に思った。わたしのあずかり知らぬことで後に知ったことだが、夜の月の巡りと魔力に関係しているようだ。
城の外周を巡っていると、一カ所分からないように亀裂が入ってた。わたしの邪推だが、王子とか抜け出すのに使ってるに違いない、と断定して、城壁を抜け出した。
◇
すぐ近くの町に出た。テンプレだとどう言う展開だっけな?
今はまだ夜だし路銀もないから、近くの怪しげな飲み屋街へ向かう。そこの通りの店の、整理をしていたおばさんに声をかけた。
「すまない、この店で何か役立てることはないだろうか。これでも力はある方だと思ってるんだが」
「まぁまぁ、若いお嬢さんじゃないの。一体どうしてこんな夜更けに?」
「この国の召喚の儀式か何かに巻き込まれてね。わたし自身は必要なさそうだったから出てきたんだ。何だかちょっとばかり不穏なんで、明日には国を越えていたいから」
わたしは、多少の徹夜も平気だと笑ってみせる。
「召喚ねぇ……。今のところ、魔物にも困ってないし、魔王も噂は聞かないし。瘴気のことも、山深い奥に行かないとないって聞くけどねぇ。お貴族さまの考えてることは、分からないわねぇ」
「ええと、それで、雇ってもらえるんだろうか? 一晩でいいんだが」
「もちろんよ。ごめんなさいね、うちの国のお偉いさんのせいで」
おばさんの手招きで、酒場の倉庫へと入る。木箱がたくさん置いてあった。
「じゃあ、同じ品物同士をまとめてもらえるかしら?」
「分かった」
木箱の蓋は木釘で打ち付けてあり、箱自体が重く男手じゃないと無理めなもの。本来なら旦那さんがやる仕事なんだろう。
夢中でまとめ終わると、おばさんもとい、女将さんに声をかけた。店の方では賑やかな声がしている。女将さんは、帳簿でも付けていたのか、机の上に帳面を広げていた。
「あらあら、もう終わっちゃったの、凄いわぁ」
女将さんは立ち上がり、倉庫の奥でゴソゴソ何かを探したあと、麻袋を手渡してくる。
「今夜の給料よ!」
袋の中身は、生活に必要な様々な物だ。
着替え下着(フリーサイズ?)や少量の小銭が入った小袋。わずかだが干し肉や携帯食。小振りなナイフ。驚いて、女将さんを見る。
「もらい過ぎじゃないかい?」
「いいえ、今やってもらったお仕事はね、ホントなら数日かかっちゃうもんなのよ。それと、うちの国のお偉いさんの詫びよ」
女将さんはニコリと笑う。何も女将さんがここまでしてくれなくとも、とは思うが、ありがたくいただいて行こう。
「ありがとう、礼を言う」
深々と礼をしたわたしは、ほんの少しの間だけしか女将さんに関われなかったことを残念に思った。適当な方角の外門に向かう。
辺りは夜中の酒場や、怪しげな色町特有の雰囲気に覆われているが、わたしには関係ない。
はた、と気づいて、夜中でもやっているハズの冒険者ギルドに向かう。こう言うのは履修した物語で知った。街角に案内板があちこちに立っている。
冒険者ギルドの入り口は、ムサイおっさんが沢山いたが、わたしの好みの筋肉はいなかった。むうう。残念。
視線はわたしを追いかけていたが、儚げな印象がなかったからか、男たちの遠慮ない視線は逸らされた。少し落ち込んだが、テンプレのギルドカードでも作ろうと、登録窓口に向かう。
「すみません、登録お願いします」
窓口の向こうで、ふくよかな受付嬢が顔を上げた。年の頃は二十代半ばくらいだろう。
目の下のクマがうっすらしていて、疲れているのが分かる。
「はいはい、新人さんね。……あら、女の子? こんな夜中に珍しいわね」
「ええ、ちょっと訳ありで。この国の召喚に巻き込まれたんだ」
「……ハァ、またか。最近多いのよねぇ、召喚。何かの流行なのかしら」
受付嬢は、書類の束を机に広げる。
紙には “名前・出身地・得意分野・職種希望” といった欄が並んでいた。
「じゃあ、まず名前と出身を」
「名前は “ミオ”。出身は──たぶん異世界」
「たぶん、ね。ま、異世界組の登録は慣れてるからいいわよ」
さらさらと書き込みながら、彼女が顔を上げる。
「得意分野は?」
「筋肉だ」
「……え?」
「筋肉のことなら、少しは分かる。あと、力仕事も好きだ」
「ちょ、ちょっと待ってね……“筋肉” って、職能の話じゃなくて? 戦士系とか魔術系とか」
「筋肉を鍛えれば、全部に対応できると思ってる」
「……新しいタイプね、あなた」
受付嬢が苦笑しながら、机の下から黒い石のようなものを取り出した。
拳ほどのサイズで、表面に細かい紋様が刻まれている。
「これに手を置いて。能力測定よ。体力・魔力・精神力の3つを測るの」
わたしは素直に手を置いた。石がぼんやりと赤く光る。
「へぇ、体力は……え?」
受付嬢の目が丸くなる。
赤い光が一瞬で石全体に広がり、薄い煙が立ち上る。ヒビが石中に広がる。
周囲にいた冒険者たちが「おおっ」とどよめいた。
「……測定石、焼けたわね」
「壊れたのか?」
「うん、そんなこと滅多にないけど。あなた、何やって生きてたの?」
「筋トレだ」
「そ、そう……。魔力はゼロっぽいけど、体力値が人外クラス……。えーっと、“戦士” 登録でいいかしら?」
「“筋肉士” って職はないのか?」
「ないわよ!!」
思わず机を叩いた受付嬢が、くすくす笑い出す。
周囲の冒険者たちも、最初の警戒心を解いたように笑っていた。
「ま、いいわ。筋肉士ミオちゃんね。このギルドカードがあれば、宿の割引も受けられるし、仕事も紹介できるわ。ただし、死なない程度に頑張ること。いい?」
「ありがとう。筋肉は裏切らないから大丈夫だ。と言ってもすぐに国は出る」
「えっっっ」
カードを受け取り、わたしは胸の内で静かに誓った。
この世界に、筋肉の素晴らしさを広めよう。細っこい騎士どもにも、引き締まった上腕二頭筋の尊さを教えてやらねば。──他国で。
外はまだ夜明け前。
空の端が、うっすらと青白く染まり始めていた。




