6/12
第六章 コカ茶の苦味、沈黙の甘さ
第六章 コカ茶の苦味、沈黙の甘さ
救護所へ一度戻り、最低限の処置を指示した綾は、再び遺跡へ引き返した。
ルカの提案で、途中の休憩所に立ち寄る。
木の椅子。薄い毛布。コカ茶の湯気。
綾が口をつけると、苦味が舌にまとわりついた。
苦いのに、喉が楽になる。
生きるって、こういう矛盾だ、と綾は思う。
「綾」
ルカが言う。
「君、あの装置の合唱の中で……何かを聴いた?」
綾は答えられなかった。
“救えなかった夜”の記憶が、喉の奥を塞ぐ。
ルカは追及しない。
代わりに、コカ茶をもう一杯注いだ。
湯気が、二人の間の沈黙を柔らかくする。
「俺は」
ルカがぽつりと言う。
「遺跡を守りたい。守りたいから……嘘をつく」
綾はルカの指を見た。
石に触れる指。
血の匂いのしない指。
でも、その指は震えている。
「嘘は、誰かを守ることもある」
綾は言った。
「でも、嘘は……誰かを孤独にする」
ルカの喉が動いた。
「孤独にしたくない」
その言葉が、ふいに甘く聞こえた。コカ茶の苦味の奥から。
綾は目を逸らし、息を吸う。
薄い空気が肺を刺す。
それでも、胸の外の心音は静かに寄り添っていた。
(まだ、聴かせない)
綾は思った。
自分の過去の名前を、まだ言えない。




