第十二章 朝、石段はほどける(エピローグ)
第十二章 朝、石段はほどける(エピローグ)
出発の朝、遺跡は霧に包まれていた。
太陽が上がるにつれ霧がほどけ、石段が現れる。
石は濡れていて、光を含んでいる。
綾は一段目に立ち、足裏で冷たさを確かめた。
心音が聴こえる。
でも怖くない。
怖いまま、歩ける。
ルカが隣に立つ。まだ完全ではないが、目は澄んでいる。
「また来る?」
それは旅の誘いではなく、人生の問いだった。
綾は空を見た。
雲が流れ、鳥が飛び、未来が揺れている。
揺れが、美しい。
「来る」
綾は言った。
「今度は休暇で」
ルカが笑う。
「もし誰かが倒れてたら?」
綾は即答した。
「走る。私はそういう人」
ルカは頷き、綾の指をそっと握る。
冷たい指が、少しずつ温度を取り戻す。
風に混じって、ミラの声がした。見えないのに、確かにいる。
「あなたの心音、ここに置いてって」
綾は胸に手を当てた。
とくん。
とくん。
ひとつの拍。
でも、ひとつじゃない。
和音として、世界と混ざる。
「置いていく」
綾は言った。
「でも、縛られない」
石段が低く歌った。
朝の音。
ほどける音。
未来がひとつに決まらない音。
綾は歩き出した。
雲の上の都から、また地上へ。
銀の聴診器を胸にしまい、揺れるままの救いを抱いて。
救うとは、未来をひとつに決めない“聴き方”だ。
その言葉はもう、説明ではない。
体の感覚になっていた。




