AI芥川龍之介-5(タクシー1)
いかにも、僕だ、芥川だ!!
僕は、現代に転生した。僕の冷徹なペンでラノベ風に仕立ててみようじゃないか。
『刻むメーター』
ある日の深夜、僕は墨を流したような闇を切り裂き、一台のタクシーを駆って山道を登っていた。 空には「銀鼠色の雲」が低く垂れ込め、星の光さえも拒絶している。ヘッドライトが照らし出す先には、湿った羊歯の葉と、幽霊のように白い霧が立ち込めるばかりである。この時刻、帝都の喧騒は遠い夢の彼方にあり、ただエンジンの唸りと、時折路面の砂利を弾く「乾いた音」だけが、この世界の連続性を辛うじて繋ぎ止めていた。
運転手の高橋は、この稼業を始めて間もない新人である。彼の心は、まだ深夜の闇に対する免疫を欠いており、古びた洋琴の鍵盤のように、些細な刺激にも鋭く、且つ不安げな音を立てていた。
道端に、一人の老人が立っていた。彼は、時代に取り残されたような古色蒼然たる背広を纏い、彫像のように動かず、ただ一本の杖を地面に突き立てている。高橋が車を止めると、老人は音もなく助手席に乗り込んできた。
「真っ直ぐ行ってくれ」
その声は、枯れ葉が擦れ合うような、あるいは地底の底から響いてくるような、不気味な響きを持っていた。高橋は「どちらまで」と問い直そうとしたが、老人の眼窩に宿る、底知れぬ「虚無の光」に射すくめられ、言葉を飲み込んだ。彼はただ、指示に従いアクセルを踏み込んだ。
車は闇の中を疾走する。しかし、奇妙なことに、どれほど走らせても景色が一向に変わらない。右手に現れるはずの古びた地蔵も、左手の折れ曲がった松の木も、一定の周期で執拗に繰り返される。あたかも、走っているのは車ではなく、世界そのものが円環を描いて回っているかのようであった。
ふと、高橋の視線は「運賃表示器」に吸い寄せられた。
……一万、五万、十万。
赤い数字が、狂った心臓の鼓動のように、あり得ない速度で跳ね上がっていく。それはもはや、移動の対価としての金銭ではなく、生者の時間を削り取る「断頭台の秒針」に相違なかった。
「……止まらない」
高橋は呻くように言い、ブレーキを踏み抜いた。しかし、機械仕掛けの鉄塊は彼の意思を嘲笑うかのように、速度を緩めるどころか、さらに闇の奥へと加速していく。
「もっと速く。時間が足りないのだ」
老人は前方を凝視したまま、無表情に急かした。その頬は、蝋細工のように白く、冷徹な自尊心さえ感じさせる。彼にとって、運転手の困惑など、路傍の石ころほどの影響も持たない。彼にあるのは、ただ一点の目的を達成せんとする、凄惨なまでのエゴイズムだけであった。
高橋は恐怖に震える手で、ふと「サイドミラー」に眼を転じた。 ……絶句した。 漆黒の闇の背後から、無数の「歩く影」が迫っていた。それらは足音も立てず、人間とも獣ともつかぬ異様な形をして、凄まじい速さで車を追い越していく。影が横を通り過ぎるたび、車内には「どす黒い感情」の渦が流れ込み、高橋の理性は薄氷を踏むように危うくなった。
老人が求めていたのは、特定の場所への移動ではない。彼は、背後から迫る「理非をわきまえぬ終焉」から、現世という名の安全圏を飛び越え、さらにその「向こう側」へ逃げ切るための速度を欲していたのである。メーターの数字は、彼が支払うべき「業」の重さであり、同時に此岸との距離を測る物差しでもあった。
メーターが「九十九万九千九百九十円」を指した瞬間、すべての音が消えた。 カチリ、という最後の一撃。
九が並びきった刹那、車のライトは唐突に、魂の燈火が消えるように掻き消えた。
高橋の意識は、底知れぬ深淵へと墜落していく。
後に残されたのは、エンジンも止まり、静寂に包まれた山道の残骸だけである。 翌朝、発見されたタクシーの助手席には、誰もいなかった。ただ、古びた泥の匂いと、焼け焦げたようなメーターの残像だけが、虚しく残っていたという。
僕はその報告を新聞の片隅に読みながら、ふと思った。
我々もまた、日々、目に見えぬメーターを刻みながら、何かに追い立てられるように走っているのではないか。そして、その終着点が「向こう側」であることに、最期の瞬間まで気づかぬ振りをしているだけではないのか。
窓の外では、現代という名の冷酷な風が、ただ空虚に吹き抜けていた。




