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水の国の交流譚  作者:
一杯目・五芒家編
1/15

陸と海、そして歴史

約一万年前、とある戦争が勃発した。今は人魚と人間と呼ばれる種族の争いである。

結果は人魚が勝利し、人間は海という生物の楽園を握る権利を手放した。

歴史の教科書には、そう書いてある。


「あー……海行きてー」


そんな歴史に露ほどにも興味を向けず、漠然と「海へ行きたい」と願う少年がいた。

名はルミナ・エライ。水上都市テラに住む、ちょっとだけ由緒あるお家の次男である。


「ルミナ様、またそんなことを……いいですかルミナ様、私達人間は敗者です。海へ立ち入ることそのものは禁じられていなくとも、海へ入れば人魚たちから敵意を向けられますよ。それはとてつもなく大きいものです。ですからどうか」

「そんなこと知らないって。俺は海に行きたいんだよ、だってさ…あんな綺麗なものに触れられないなんて拷問じゃんそんなの。海はいいよ、生命の生まれた場所で、美しく雄大で、この世の宝石のなによりも綺麗なんだ。そんな場所に行かないなんて、俺は望んでない」

「ハァ……まったく貴方という人は。ご嫡男様が家を継ぐということが決まっていても、そこまで自由奔放にはなりませんよ?」

「じゃあいいよ。ありがと。俺は魔法の訓練するから」

「また魔法ですか!?ルミナ様昨日もそうやって砂浜で訓練してましたよね!?」

「そっちこそいつまで俺を縛るつもり?家は兄貴に任せるからさ、俺に構わなくていいよ」

「……わかりました。お父上様に報告いたします」

「ん」


ルミナ・エライは自由だ。エライという、テラの中でもそこそこ良い家に生まれた事が信じられないくらいの自由奔放さだ。彼が海へ行きたいと言い張るのは、幼い頃に迷い込んだ切り立った崖から見下ろした海が美しかったから。彼にとって海は宝であり、世界一綺麗な神の創りしモノなのだ。


「あーやだやだ。こんな家ごめんだね。いっそのこと勘当でもしてくれればいいのに」

「ああ、勘当だぞルミナ」

「……父さん?」

「お前は幼少から跳ねっ返りの強い、言う事を聞きたがらない子だったな。俺も妻も使用人も、果てには近隣住民さえ手を焼いた。いい思い出だよ。……でもな、俺達エライには歴史がある。マーレにも知れているお前を放っておけなかったから、今まで粘り強く矯正してきたわけだ。でもそれも必要ない。明朝、ここを出ていけ。もううちの子ではないぞ、ルミナ」

「……そっか、俺もせいせいするよ……感謝してる」

「お前からの感謝など、聞きたくないんだがな。俺は仕事がある。さっさと準備でもしておけ」


─────


翌日、昼。


「……とは言っても、身よりも無いんじゃすぐに死ぬよな。近隣…どころかテラ中に俺のことは広まってるし、勘当のこともすぐに知れ渡る。あとあの親父のことだし、「俺を家に入れるなよ」くらいのことは言ってきそう」


実際勘は当たっている。数日後ルミナの勘当が正式に決定し、水上都市テラはルミナに対して排外的な行動を起こしていた。


「で、結局ここ()に来たけど……人魚は俺も見たこと無いからなあ…ほんとにいるのか?」

「いるよ?」

「やっぱ居るのか、人魚。ところでその人魚はどこにいるんだ?」

「わたしだよ?」

「うんうん、人魚って海で暮らすんだろ?こんなとこにいるわけないって」

「いるよ?」

「……?」


ルミナは教科書でしか人魚を見たことがない。古来より人魚と人間の交流はゼロに等しく、テラに住む人魚は居なかった。見たことがないのも頷ける……が。


(……人魚、だよな。うん、教科書で見た外見だ。いやでも人魚って人間を蔑んでるんだろ?俺たち人間が戦争で負けて以来の話だから、間違いはない。人魚は人間を嫌ってるはずだ……でも俺の眼の前にいるのは、間違いなく人魚で…)


「人間さん、どうしたの?」

「え、ああ…人魚を初めて見たから、つい驚いて」

「そっか。わたしはフォリア。貴方は?」

「……ルミナだ」

「ルミナさんね、よろしく!」

「あ、うん…よろしく、フォリアさん」


困惑。致し方ないことだろう。人間を嫌うはずの人魚が、こうして砂浜まで泳いできて、人間(ルミナ)と話をしているのだから。この若草を思わせる髪色をした人魚は、一体どんな思考回路をしているのだろうか?


「なんでここにいるの?」

「あー…家から勘当されてさ。身寄りもないからボーッとしてた」

「ふーん……じゃあ来る?」

「え?来るってどこに──」

「わたしの家。わたしひとり暮らしだから。迷惑かけないでしょ?」

「……は!?いやいやいや、人魚って人間を嫌ってるんだろ?おかしいだろそんな話!取って食ったりとかしないよな!?」

「そっちこそ何を言ってるの!?いや、皆は嫌ってるかもだけどさ…」

「ほら合ってるじゃん!!俺の目に狂いはなかった!!」

「それなんか使い方違わない!?あと人魚は人間を食べないよ!!わたしは別に人間を嫌ってるわけじゃないし……」

「……わたし”は”?」

「うん。わたしの家は代々近衛兵を排出してて、わたしはその末妹。なんだけど……家が家だから、人間と関わりを持つなって教育されてるの。人間は悪魔だからって」

「は?悪魔?なんで」

「足があるから」

「……」


足。それは人魚にとって恐ろしい異形の象徴であり、人魚が恐れるものである。当然人魚に足はなく、代わりに鱗とひれがある。生物は──人間は自分にないものを恐れる。それと同じなのだ。


「とりあえず、うちに来て。マーレの中心ってわけじゃないし、田舎だから」

「……そうか。じゃあありがたく」

「ん。よろしくね、ルミナさん」

「ああ、よろしくフォリアさん」


この奇妙な関係が後に切っても切れない絆と成ることを、2人は知らない。

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