仮面赤道祭クッククック
星間輸送船の船内では、銀河系からアンドロメダ星雲への物資輸送を行っている。
長い航海は退屈だ。主に外は宇宙しか見えないし、途中の恒星も度々あるわけではない。まして、戦闘などはほとんどないのだから、退屈この上ない。しかし、平和が一番なので、これはこれでいいのである。
退屈な日々ではあるが、いくつかのイベントが用意されている。
観光船とは異なり乗客は運行上の乗務員しかいないので、イベントはそれほど派手なものでない。でも、乗務員の気晴らしにはなる。
コック長である T 氏が言う。
「さあ、今日は赤道祭クッククックの日です。皆さん、赤道祭を楽しんでください」
銀河系からアンドロメダ星雲のちょうど真中を赤道面に模してイベントを企画したのが「赤道祭」である。古来より安全を祈願する祭ではあるが、ここでは単なる退屈さをまぎらわすひとつのイベントに過ぎない。
赤道祭では、普段では使わない食材を用いて料理を作ることになっている。T 氏は検索料理サイトの「クッククック」から適当な...じゃなくて、適切な料理を選んで調理をしてくれるのだ。皆は楽しみにしているようだが、俺は...「クッククック」の内情を知っているので、ちょっと不安だ。
「さて、今回の赤道祭クッククックの最初のメニューはこれです!」
コック長が差し出したのは、何かの塊だった。
「コック長...これは、チキンですか?それともビーフ!」
「いや、貨物の容量の関係で鶏肉も牛肉もない。他にも言えば豚肉もない。しかし、肉がないのは寂しいので、代用肉を使っています」
「代用肉?」
「そう、代用肉だけど、レシピはクッククックにある通りに作っているから大丈夫だよ。ほら、この肉じゃがの項目をみてよ。検索すれば1万件もマッチするんだ」
コック長がクッククックを表示しているタブレットを俺に見せてくれた。確かに、たくさんの肉じゃがが並んでいる。あれもこれも肉じゃがのようだが、これって1万件もあるってことは、
「これ、1万種類も肉じゃががあるということですか?」
「そうだよ、すごいだろう。クッククックの会員がもとのレシピの肉じゃがから、いろいろなアイデアを出し合って違った肉じゃがを作っているんだ。塩の量を変えたり、醤油の量を少なくしたりする。醤油だって、減塩から濃い口、薄口まであるわけだから、さまざまな味付けの肉じゃがができるわけだよ」
「いや、それって、結局のところ同じ醤油味になりませんか?」
「いやいや、そんなことはないよ。それぞれの特色の味付けがされている醤油を使うから、ちょっとずつ肉じゃがの味が違うんだ」
「おお、そうなると、この塊は肉じゃがなんですか?」
「そう、肉じゃがだよ。ほら、ここにあるのが代用肉だ」
俺は、肉じゃが...のような塊を眺めた。確かに、豚肉のようなものがへばりついているのが見えるが、それが豚肉かどうかはわからない。
「これは? 豚肉...じゃないんですよね」
「そう。ここの船には牛肉も豚肉もないからね。肉じゃがを作るのにも一苦労だよ。それに加えて、醤油もない」
「えええええ、醤油もないんですか?」
「残念ながら、液体の醤油はかさばるからね。乾燥させた醤油...の代用品を使っている」
「醤油、じゃないんですか?」
「残念ながらね。ほんものの醤油じゃないんだ。でも、これもクッククックのレシピ通りだよ」
「おお、なるほど、クッククックのレシピは広いんですね。で、ええと、ここにあるじゃがいもみたいなのは」
「そう、すごいだろう。まるで、じゃがいものようだ。でもな、これも代用品なんだよ。じゃがいもを積んでいると芽が出てしまって毒になるからね。あまり、長い航海には向かないんだ。長く保存しておくとしわしわになってしまうしね」
「ああ、ええと、じゃがいもも代用品なんですか。うーん、そうなると、ここにある人参...みたいなものも...」
「そう、それも代用品なんだ。人参も保存が難しいからね。あまり冷蔵庫に置いておくと中身がすかすかになってしまって美味しくないんだよ」
「ああ、でも、スカスカでも本物の人参が食べたいですよね」
「まあな、確かに、それはそうなんだけど。残念ながら今回の航海には本物の人参は積んでいなかったんだ」
「そうですか、そうなると、ええと、この玉ねぎみたいなのは」
「そう、ご名答、これも代用品だよ」
「ええと、あの、回答を云っていないんですが...」
「いやいや、そうなんだ。もう、この肉じゃがはね、あらゆるものが代用品でできているんだよ。でもね、これもクッククックのレシピに載っているんだ」
「あ、ええ、すごいですね、クッククックのレシピ」
「そう、地球で作ればさっと作れてしまう肉じゃがだけど、この宇宙船の中では足りない材料でもきちんと肉じゃがが作れてしまうのが、クッククックのレシピのいいところさ。どんなものでも作れるからね。検索すればほら、きちんとレシピが出てくる。更に、クッククックのよいところは、いまの冷蔵庫にある材料を入れると、一番よいパターンをクッククックが検索して出してくれるんだ。これは便利だよ」
「ああ...なるほど。クッククック、すごいですね」
「そうだろう? そこでだ、冷蔵庫の材料と、作りたい料理を入れるとだね、クッククックにある膨大なレシピから検索して最適なものを出してくれるんだよね。うん、すごいよ、これ」
俺は、コック長の示すタブレットを覗き込んだが、あらゆる料理が出てきていた。まるで、魔法のようだ。魔法のレシピのようではないか。でも、よく見ると肉じゃがしかでてこない。
「あの、コック長。これ、肉じゃがしか出てきてないようなんですが、他の料理はでてこないんですか?」
「ああ、それはね、実はクッククックに課金をしていないんだよね。有料会員ならいろんな料理ができるんだけど、無料会員の場合は「肉じゃが」しか作れないようになっているんだ」
「えええええ! そうなんですか、ええと、そうなると、他の料理は?」
「いや、作れない、今回の赤道祭の料理は、すべて肉じゃがだ」
「えええええ! そんな...」
「いや、安心したまえ。クッククックの無料ユーザーはね、そのあたりは抜け目なくて、見た目は肉じゃがだけで、味はいろいろなんだよ。ほら、見てごらんよ」
俺は改めてパッドを覗き込んだ。
ああ、確かに。見た目は肉じゃがなんだが、ケーキ味だとか、うどん味だとか、ステーキ味、カレー味とかいろいろな味付けがされているようだ。見た目は肉じゃがだが。
「これ、見た目が肉じゃがなのは意味があるんですか?」
「まあね、クッククックの AI が肉じゃが認証を使っていてね、無料ユーザーの投稿は肉じゃがじゃないと受け付けなくなっているんだよ。だから、見た目は肉じゃがにしないといけない。だけどね、そこは無料ユーザーの創作料理の見せ所だよ。見た目は肉じゃがだけど、いかに中身の味付けが異なるのか、もっと工夫して別な味にするのかと作られている。努力の結晶だよ」
「おお、それはよさそうですね。見た目は肉じゃがで、ちょっとげんなりしますが、そうなると、ここに並んでいる肉じゃがは、全部違う味付けなんですか?」
「そうだよ。全部違う味付けなんだ。ほら、これなんか、チーズケーキ味の肉じゃがだよ。見た目は肉じゃがだけど、中身はチーズケーキの味がするんだ」
コック長は、どんどん肉じゃが...のような見た目をしたケーキやステーキやカレー味のものを運んできた。見た目は肉じゃが...でちょっとうんざりするが、でも食べてみれば、それはいままでの料理とは違っている筈だ。
これまでの航海では、食糧庫の食材が尽きないようにするために、乾燥パンみたいなものを齧っていただけだから、これは嬉しい誤算だ。万歳、赤道祭。万歳、コック長。ブラボー、クッククックである。
そこに、副コック長が喜び勇んでやってきた。
「コック長。喜んでください。食糧庫の奥にですね、本物の醤油と本物の豚肉と本物のじゃがいも、そして本物の人参がありましたよ! いやあ、まさか、本社がこんな粋な計らいをしてくれるとは思いませんでした。もう、嬉しくなって、コック長が作った肉じゃがを全て本物の材料を使って肉じゃがに仕立て上げましたよ!」
「「!!!!」」
「ほら、ほら、突っ立ってないで手伝ってください。ほら、本物の肉じゃががこんなにたくさん」
副コック長は、テーブルの上に並べた大量の肉じゃが...これは本物を指さした。
俺とコック長は、目を丸くした。そして、肉じゃがを摘まんだ。
「「ああ、うん、確かに...肉じゃがだ」」
レッツ、エンジョイ、肉じゃが赤道祭!!!
【完】
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