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9 ルーナ(義娘)はやっぱり可愛いわ。

 スープがルーナの頭上を飛び越え、くるくる回転しながらものすごい速さでこちらへ向かってくる。


 そして次の瞬間。スープ皿は私の頭にスポッと覆いかぶさった。思いっきり被ったコーンスープが、ぽたぽたと甘い匂いと共に頬やドレスに滴っていく。


 辺りにしーんと沈黙が流れた。


 ミアは『この世の終わり』というような顔で顔色を失っている。ルーナは、ぽかんと口を開けながら私を凝視していた。


 ――すると滴ったスープが口の中に流れ込んできた。


 その味に思わずハッと目を見開く。


「…………おいしいわ!」


「へぇっ!?」


 ミアの声が裏返る。


「おおおおおおお、奥様。お怒りで、いらっしゃるのでは……!? 罰はなんでございましょう、打ち首、拷問……!?」


「ちょっと、ルーナの前で残酷な言葉は控えてちょうだい? それにこんなことであなたを罰したりするわけないでしょう?」


 美味しいし、どこも怪我してないし、無問題だわ。


 それに3000年孤独に過ごしていた私からすれば、思わぬハプニングも愉快というもの。


「こ、こんなことどころじゃない粗相だったと思うのですが……っ」


 自分で言っちゃうなんて面白い子。私は安心させるため笑みを作りつつ、メイドに差し出されたタオルで顔を拭きながら答えた。


「だってあなたは、ルーナに温かいスープをと思って、わざわざ入れなおしてきてくれたのでしょう? 感謝こそすれど、怒るなんてことはしないわ。ねぇ、それよりこのスープ本当に美味しいの。だからミア、二人分のおかわりをもってきていただける?」


「……っ。は、はいっ……! ありがとうございます、奥様。すぐに持ってまいります……!」


 するとミアは瞳を潤ませ、顔を真っ赤に染めて一礼し、飛ぶように部屋を去って行った。


 周囲のメイドたちがまるで珍獣でも見たかのような、信じられないという表情で見つめてくる。怯えられるよりかはまだ驚かれた方がいいけど、そんなに変なことはしてないと思うわよ?


 そのままミアを待っていると、数分もたたないうちに温かいスープが運ばれてきた。スープがルーナと私の目の前に置かれ、湯気と共にふわっといい香りが立ち上る。


(うーん、食欲をそそる甘くて良い匂い……)

 

 食べる前にミアへお礼を告げていると、ルーナがこちらをじーっと見ているのがわかった。けれど私は気づかない振りをする。視線を向けたら、逃げられてしまうような気がしたのだ。


 するとルーナが小さい手でスプーンを握り、スープをぱくっと口にした。


 食べた瞬間、ルーナの表情がパッと明るくなり、頬にじわじわ赤みがさした。


(美味しかったのね!)


 その喜びが伝染するかのように、私の胸にもまた不思議な充足感が広がっていく。そのまま固唾を呑んでルーナの様子を密かに見守っていると。


「…………おい、ちい」


 ポツリと、唇から鈴を転がすような小さな声が漏れた。


(しゃ、喋ったわ!)


 ルーナが目が覚めた時、『おかぁしゃま』と呼んでくれた以来だ。大げさに反応しないよう気持ちを抑えるけれど、思わず口元がにやにや緩んでしまう。ミアも周囲のメイドたちも驚きつつほっこりした顔をしていた。


 その後は、私も食事を再開した。


 ルーナと食べる朝ごはんは、一人で食べていた時よりも不思議とずっと美味しく感じた。


 ――これからも、ルーナが美味しくごはんを食べている姿を眺めていたい。そう思った瞬間、私の口から自然と言葉が滑り出していた。


「ルーナがよければなのだけれど……。これからはこうして、できるだけ一緒に食事をとりたいと思っているの。……どうかしら? も、もちろん毎日とは言わないし、断ってくれても構わないのよ。けれど……一人で食べるより、二人で食べた方が美味しいと思うの」


 控え目に問いかけると、ルーナはきょとんと目を瞬かせた。


 そして意外にもすぐコクンと頷いてくれた。なんだか私を見つめる視線がキラキラとして明るい。どうやら、嫌がられてはいないみたい……?


「ありがとう、とっても嬉しいわ……っ!」


 私がはしゃいで笑うと、ルーナは頬を染めつつまたコクンと頷いた。


 その様子を、いつの間にかメイドたちも穏やかな表情で見守ってくれていて――。


 こうして私は、ルーナとほんの少しだけ距離を縮めることに成功したのだった。



 と、思っていたのだけれど。


「目が合っただけでルーナに逃げられてしまうわー!」


 数日後。私は庭の東屋ガゼボで頭を抱えていた。



次回、ルーナと仲良くなろう大作戦(*'ω'*)

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― 新着の感想 ―
温め直したスープをもう一回ミアがぶちまける日が待ち遠しい。
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