8 ルーナとの楽しい朝食です。
なぜなら、目の前に超豪華な料理がずらっと並んでいるからだ。
(このパン、外はサクサクなのに中はふわふわ……! 食べるって最高! 幸せ!)
あまりの美味しさに思わず目を潤ませながらパンを頬張ってしまう。メイドたちが不審そうにこちらを見ている気がするが、今はこの感動をとても抑えていられない。
ここはローゼンライト公爵家の朝食室。広々とした部屋に大きなテーブルが置かれ、その上には所狭しと美味しそうな料理が並んでいる。
しばらくは部屋で体に優しいらしい養生食を食べていたのだが、今日からは普通の食事に戻れるということで楽しみにしていた。薄味と聞いた養生食でさえこんなに美味しいのに、普通の食事はもっと美味しいの? と。
(――朝食なのにこの量!? 貴族ってすごいのね)
カリカリに焼かれたトーストに、新鮮なバターやマーマレードジャム。ボイルドエッグやひき肉入りのオムレツも。
湯気まで立ち上り『さぁオレを食えよ』と言わんばかりに出来立てアピールをしている。キッシュとかいうおしゃれな名前で手の込んでいそうな料理だってあった。
(全部あますことなくいただきたいけれど、とても食べ切れそうにないのが悔しいわっ!)
と人間の胃の小ささに大いに嘆いていると、突然ドン、と目の前に巨大なステーキが置かれた。その拍子に香ばしい匂いがふわっと立ち上る。
「ここここ、これはっ」
「奥様、こちら牛ステーキでございます。焼き加減はいつものミディアムにさせていただきました」
(ふああああぁぁぁぁああああっ……!?!?!?!?)
輝くソースとステーキの表面からあふれ出す肉汁に、動悸と謎の汗が止まらない。ギラギラとした視線を外せず、思わずゴクリと喉が鳴った。
「いただくわ」
一口サイズに切り分けて、お肉を頬張る。噛むと途方もない幸福感が全身に広がった。
(美味しい、本当に美味しすぎるわ! でも一人じゃ食べ切れないし、ルーナも食べたらいいのに)
だがルーナの姿は見えない。疑問に思い、近くにいたミアに尋ねる。
「ねぇちょっとよろしい? ルーナはこちらには来られないのかしら? まだ体調が良くないとか……?」
と眉尻を下げ尋ねると、ミアはぎょっと目を大きく見開いた。
(え、私何か変なことを言った?)
すると戸惑った表情で視線を左右に動かしながら、ぎこちなくミアは答えた。
「お、恐れながら申し上げます。ルーナお嬢様はすっかり回復されて、今はご自分のお部屋で朝食を召し上がっておいでです。ですが、その。記憶を失われる前の奥様からはルーナお嬢様を奥様の視界に入れるな、と仰せつかっておりましたが……本当にこちらへお呼びしても?」
「ええぇっ!?」
私はぎょっとして思わず手からフォークを床へ落としてしまった。
カラーン! と乾いた音が鳴り、周囲にいたメイドたちがビクッと肩を大きく揺らす。その顔色は恐怖に青ざめていて、体は小刻みにブルブルと震えていた。
(あっ……いけない。怖がらせてしまったようね)
「ごめんなさい。手が滑ってつい、大きな声を出してしまったわ」
にこりと微笑むと、ホッとしたのかメイドたちの表情が少しだけ和らいだ。
――それにしても、どうやらカミラは徹底的にルーナを遠ざけていたよう。同じ屋敷に住んでいるのに、会いもせず朝食も別々でとるとはなんとも寂しいものだ。それにカミラが朝食室なのに、ルーナは自室で朝食を食べなければならないというのも不公平だし、なにより心が痛い。
「悪いのだけれど、ルーナに声をかけてきてもらえるかしら? 良ければ一緒に朝食をいただきましょう、と」
そうミアにお願いすると、しばらくして――なんとルーナが朝食室に足を運んできてくれた。遠慮がちに目を伏せて、もじもじとスカートを握りしめている。
(ルーナ! 今日も最高に美少女だわ!)
身に纏っているのはレース付きの淡いすみれ色のドレス。肩まで伸びた銀髪を水色のリボンで二つくくりに束ねてある。とても可憐だ。
目が合ったので控えめに手を振る。するとルーナの表情がわずかに緩み、彼女も小さく手を振り返してくれた。胸からぎゅん! という謎の音が鳴る。
「おはようルーナ。よく来てくれたわね!」
明るく声をかけると、ルーナはマシュマロほっぺを赤く染めてこくんと頷いた。
(か、かわいいい)
まるで天使が人間のフリをして、この世に降りてきたのかと思わず錯覚してしまう。そんな彼女を怖がらせないよう、できるだけゆっくりと緩やかな動作で席へ手を差し伸べる。
「さぁ、一緒に朝食をいただきましょう? どうぞこちらへかけて」
するとルーナは私の左手側の椅子にトコトコやってきて、ちょこんと腰かけた。いちいち動作が可愛い。
「どんどん召し上がれ! ほら、チーズオムレツもあるわよ!」
「……っ!!」
ぱああ、とルーナは花が咲いたように表情を明るくし、ぱくぱくと上手にスプーンを使ってオムレツを食べだした。とても良い食べっぷりで、見ているだけなのになぜか私の胃も心も満たされるような気持になっていく。
こんな感覚は、初めてだ。
すると奥で、ミアが湯気の立つスープを運んでくれる姿が見えた。
(あ、わざわざルーナのために温かいスープをつぎなおしてくれたのね)
なんて気の利く侍女なのかしら。
と思っていると、ミアが何かにつまずき、手に持っていたスープが突然ぽーんと宙へ浮いた。
「あああっ!? 手が滑っ――」




