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6 早速、離婚の危機です。

「ずいぶん他人事のように言うのだな。その通り、これは公爵家当ての先月の請求書だ。……そして請求内容はほとんど貴方の娯楽費。ドレス、宝石、化粧品、度重なる舞踏会の開催費――もちろん公爵夫人として不自由な思いをさせるつもりは一切ない。……これまで貴方の度を越した金遣いは目を瞑ってきたが……」


 ため息交じりに彼が言葉を続ける。


「『孤児院への寄付金』にまで手を付けたことはさすがに見過ごせない、恥を知れ。これは離婚の十分な理由になり得る悪事だぞ」


(なんですって……!?)


 アレクシスの口から飛び出た『離婚』の二文字に、ビクリと肩が揺れる。


(離婚されてここを追い出されたら、公爵夫人としての優雅な生活が送れなくなってしまうわ!)


 せっかく働きづめの生活から解放されたのに。それに、ルーナの継母でもいられなくなってしまう――。


「貴方の実家に潤沢な資産があるのは知っている。しかし貴方は今や公爵夫人の立場。かつてのように金を湯水のごとく使うのは控えていただきたい」


 冷たく睨みつけられ、ビクリと肩が揺れる。


 なるほど。カミラの金遣いが荒すぎて、孤児院の寄付金にまで手を付けていたから、当主様直々にお叱りするため私を呼び出したらしい。


(私がやったことではないけれど、この体に入っているからには頭を下げるべきだわ。横領はよくない行いよ)


「大変申し訳ございませんでした……。今後は身を引き締め節制に努めます。お忙しいのに、旦那様のお手を煩わせてしまいご迷惑をおかけいたしました。この通りございます」


 彼へ向かい、最敬礼を取る。


(カミラの記憶から拾い上げた貴族の所作。相手に深い謝意を示す礼……これでいいのよね)


 ぎこちないながらも礼を終え顔を上げると、そこには驚愕の表情を浮かべたアレクシスが居た。


「あ、貴方が素直に頭を下げるなんて……? 演技、だとしても信じられない。まさか頭を打って記憶を失ったという話は本当だったのか? いや、しかし……」


 唖然としながらアレクシスがぶつぶつと何事かを呟く。


(まさか謝っただけでこんなに驚かれるとは思いもよらなかったわ。いいえ、カミラの性格的には予想できたことではあるのだけれど)


 アレクシスはしばし戸惑っていたが、やがて気を取り直したのかゴホンと咳払いした。


「改心したふりをして気を引こうという魂胆だろうが騙されないぞ。言っておくが、俺は貴方を妻として愛すつもりは一切ない。そもそも、この結婚は貴方が陛下を買収して結ばれたものだしな。金で愛を買おうなど愚かな――俺は、誰かと結婚するつもりなどなかったのに」


 彼の顔がカミラへの嫌悪と軽蔑で強く歪む。


(なるほど。二人は、カミラの実家に買収された国王の命令で結婚したのね。気の毒なこと……)


 目の前にいるアレクシスの美しさが、先ほどの話の説得力を増す。


 カミラは彼へ一方的な恋慕を募らせ金にものを言わせた。しかし二人が心を通わせることは決してなかった――。当然の結果である。


 そして愛されない腹いせにルーナを憎み冷遇したのだろう。なんという子供っぽい八つ当たりなのか。


 私は背筋を伸ばし、冷たくこちらを見下すアレクシスへ毅然と告げた。


「旦那様……これまでの数々の非礼、重ねて心よりお詫び申し上げます。今後は貴方様へみだりに触れたり、愛を求めたりすることも決していたしません。ですからどうか――離縁だけはご容赦くださいませんか」


「…………はぁ。いいだろう、猶予を与える。ただし口先だけでは信用できない。この宣誓書にサインしてもらう。内容は『今後もし孤児院への寄付金に手をつけた場合、即座に婚姻は破棄される』というものだ」


 そう言うとアレクシスは執務机に目を向けた。そこにあったのは『倹約宣誓書』と書かれた一枚の紙。


「はい。かしこまりました――」


 と返事をすると同時に、彼が懐からあるものを取り出しこちらへ差し出した。その瞬間、私の全身に雷が落ちてきたような強い衝撃が走った。


(こ、これはっ!)


 金色のペンである。 


 ただ、これはただのペンではない。悪魔が嫌う素材で作られた、いわゆる『聖物』と呼ばれる特別なアイテムなのだ。

 

 額に嫌な冷や汗が伝っていく。


(あのペン、聖銀と樫木で作られてる。ま、まずいわ……! 悪魔なんかが聖物に触れたら、たちまちやけどを負ってしまう! そうなればアレクシスに正体がバレてしまうわ!)


「さぁ、このペンで宣誓書にサインを」


「は、はい。でもちょっと、ええと、その」


(ひええっ、何か別に書く物はないの……!?)  


 キョロキョロと目線を左右に動かす。けれど他にペンは見つからない。アレクシスと聖物のペンを交互に見ながら、思わず顔が引きつってしまう。すると彼が怪訝そうに眉をひそめた。


「……? どうした」


 一向にペンを受け取ろうとしない私を不審がっているようだ。どうしよう、ためらえばためらうほど怪しまれてしまうわ!


 すると焦る私の目の端に、とある物が映りこんだ。


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