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35 形勢逆転。

「おかーしゃまを、いじめないで!」


 凛とした声と共に、バチッ! と何かが弾けるような音が鳴った。


(ルーナ……!?)


 朦朧とした意識の中で、私は確かに見た。ルーナの体から眩い光が放たれ、彼女の体を縛っていた瘴気がジュッと音を立て霧散していくのを。


「何っ!? 俺の瘴気が浄化された……!? まさかこの娘、聖女だったのか!?」


(えっ……!? ルーナが、聖女!?) 


 魔王が動揺を示し、瘴気を流しこむ手が止まる。


(いいえ、今は驚いている場合じゃないわ)


 一瞬できた隙をつき、私は息も絶え絶えの中フォルンへ念話を送った。


(フォルン! 今のうちにルーナを安全な所へ!)


(わかった!)


 瘴気のせいで私は動けない。代わりに身を潜めていたフォルンが、迅雷かと見まごうような動きでルーナのドレスを食み、彼女を魔王から引き離してくれた。


「おかーしゃまっ!」


 私を気遣う、ルーナの可愛い声が聞こえる。


 その声に応えるため、鉛のように重い体を必死に動かし、ゆっくりと顔を持ち上げた。魔王の赤い瞳と視線がかち合う。その瞳には動揺と焦りの色が浮かんでいた。


「しま……っ」 

 

 ルーナが作ってくれた一瞬の隙。それを逃すようなへまはしない。


「――瘴気喰らい(ミアズマ・イーター)


 ぶわり、と辺りの空気が張り詰める。


 私を侵食していた瘴気が、スキルによって凄まじい勢いで魔力へと変換されていく。その量は、以前フォルンから吸収した時とは比べ物にならないほど濃く膨大なもの。


「ぐあああっ……!!」


 魔王の悲鳴が響く。――形勢逆転だ。


 彼はいまだ『瘴気を与える者(ミアズマ・ギバー)』を発動し続けている。いや、止めることができないのだ。私がスキルを発動させたため、魔王と私の間に巨大な縄のような魔力の繋がりができてしまったためである。決壊した川の流れをせき止めることが難しいように、この繋がりを断つのは魔王であっても至難の業。


 彼の魔力が尽き、干からびて戦闘不能になるまで瘴気の吸収は止まらない。


 その瘴気が魔力に変換していくにつれ、体がどんどん楽になった行くのを感じた。先ほどは鉛のように重かった体が嘘のようだ。


(あぁ……! なんて濃い魔力なの!)


 混ざりけのない、純粋でいて極上の魔力――。


 取り込む力を強めれば、魔王が苦しそうな表情でうめき声を上げた。


(でもいけないわ。これ以上魔力を取り込めばカミラの体がもたない!)


 カミラの体を脱ぎ本来の姿を現せば、ルーナに私の正体が悪魔であるということがバレてしまう。


 そうなれば、もう今まで通りの生活は送れなくなるだろう――。


(けれど、覚悟を決めなければ)


 私はカミラの体から抜け出て、本来の姿をあらわにした。人間が思い描く『お化け』の姿そのままに、背の高い女性が黒いカーテンを被ったような不気味な様相。ルーナが驚愕に目を見開くのがわかった。その傍で、魔王の支配が一時的に解けたアレクシスもまた、ルーナと同じ表情を浮かべていた。教会では悪しきものの姿が可視化されてしまう。ゆえに彼の目にも私の本来の姿が映っているはずだ。


 二人の視線に、ズキリと胸が強く痛む。


(カミラ様……!)


 フォルンの心配そうな声が念話で伝わってきた。私は(大丈夫よ)とすかさず返事をする。神聖な教会の中心に、突如として現れた巨大な黒い影――。ルーナの目に、今の私はどんなふうに映っているのだろうか。恐ろしいバケモノ? それとも……。


(おばけちゃんって、笑ってくれる?)


 かの日のルーナを思い出しながら、私は魔王の瘴気を取り込む力を強めた。


 膨大な魔力を取り込んだ副作用のためか、メキメキと軋むような音と共に私の姿が変貌していく。体は教会の天井に届きそうなくらい巨大になり、頭からは禍々しい角が生え、背中からはコウモリのような醜い羽根が生えてしまう。


 人間が思い描く邪悪な悪魔そのものな姿。


(こんな姿では、もうルーナのお母さまだなんて名乗れないわ)


 心に暗い影が差す。けれどそのまま一心に瘴気を取り込み続けていると、魔王はとうとう小さなうめき声を上げ、その場にくずおれた。


 ――精魂尽き果てたのだろう。


 魔王がピクリとも動かなくなったことを確認すると、私はホッと息を吐きスキルを制止した。


 厳かな教会に静寂が流れる。


 足元には、こちらを見上げ目を丸くするルーナとフォルン。そしてアレクシス。魔王の支配から解放されたことにより、意識を失い倒れている国王ディラン。


「おかー、しゃま……」


「カミラ」


 二人が呆然とした様子で私の名前を呼ぶ。


「っ、ごめん、なさい……!」


 今の私は恐ろしいバケモノの姿。二人に顔向けできなくなり、自らの顔を手で覆いその場にうずくまった。ぶるぶると体の震えが止まらない。


 二人から今どんな視線を向けられているのか、知るのが怖い。


 私は、ずっと二人のことを騙してきた。公爵夫人として振る舞い、悪魔であるにも関わらず人間として公爵家に溶け込もうとした。あんなに慕ってくれたルーナを……優しい言葉をかけてくれたアレクシスを……。


 私は二人を裏切り失望させたのだ。


 ルーナとアレクシスに申し訳なくて顔を伏せ続けていると、ふいに、私の頭をそっと温かい何かが包み込んだ。


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