34 魔王の策略。
その声を皮切りに、アレクシスが剣を手に国王とルーナへ向かって突進していく。
すると国王はルーナを魔王の方へ突き飛ばし、自らもまた剣を引き抜いた。二人の剣がガキン! と激しい音を立ててぶつかり合う。
そのまま激しく剣戟を交わし始める二人。魔王はルーナの首に尖った爪先を突き付けながら、ククッと喉を鳴らした。
「筋書きはこうだ。娘が国王ディランに粗相を働いてしまい彼の怒りを買う。娘を傷つけられそうになり激昂した父アレクシスは、剣を抜き国王に斬りかかる。そしてアレクシスは戦う内に我を忘れ、ついには国王を弑逆してしまう――」
魔王が羅列する筋書きとやらを聞くうちに、背筋がどんどん冷えていくのがわかった。国王とアレクシスの間には深い溝があり、かねてより不仲であったのは周知の事実。周囲がこのデマを信じ込む可能性は非常に高い。おそらく魔王は二人の関係をあらかじめ把握しており、利用しようとしたのだ。
「そして反逆者であるアレクシスとその妻と娘は、国王暗殺の罪でやむなく処刑台に立つこととなるのであった……。どうだ、俺が考えたショーは最高だろう? お前が大事にしていた居場所は消え、二度と取り戻せなくなる。それはカミラ、お前自身が招いた災いなのだぞ」
「卑怯ですわ……!」
私は魔王を睨みつける。
「卑怯? 当代きっての切れ者と呼んでもらいたい」
ルーナが零した涙がぽたりと床へ滴る。許せない。このまま魔王の好きにさせてたまるものですか――。けれど下手に動けばルーナの命が危ない。ならば、と私は握りこぶしの力を解き、その場に膝をついた。魔王が軽く目を見張る。
「…………何でも、いたします。私はどうなっても構いません。ですからどうか、娘と夫は見逃してくださいませ。この通りでございます……っ」
彼へ向かい深く深く首を垂れる。すると頭上から高笑いが降りかかってきた。
「フ、フハハハハハ!! 惨めなものだなぁカミラ!? どれだけ周囲から持て囃されようとも、圧倒的な力の前にはただひれ伏すことしかできない!! ……よかろう、ではその心意気に免じて慈悲をくれてやる」
「っ、ありがたき幸せ……!」
ハッと顔を上げると、魔王の手がすぐ目前まで迫っていた。驚く間もなく次の瞬間には頭をガシッと鷲掴みにされてしまう。
「お前に我が瘴気を注ぎ込み、俺の新しい傀儡人形とする。そして永劫なる苦痛を与えてやろう」
「っ」
「抵抗するなよ? ――『瘴気を与える者』!」
魔王の固有スキルが発動される。その瞬間ぶわりと途轍もない量の瘴気が体になだれ込んでくるのがわかった。耐えられず床に両手をついてしまう。この強力なスキルがあるからこそ、彼は今代の魔王になることができたのだ。
(なんて濃い瘴気……! 意識が、暗闇に飲まれていく……っ!)
一度このスキルが発動されれば止める手立てはほぼ存在しない。けれど私には瘴気を与える者に対抗しうる唯一といっていいうってつけのスキルを保有していた。
――瘴気喰らいである。
このスキルならどれだけ濃い瘴気であっても魔力に変換し、体内に取り込むことができる。
そのことを思い描いた瞬間、反射的に指先がピクリと動いてしまった。すると魔王がすかさず口を開いた。
「おっと、瘴気喰らいは使わせんぞ。もし次に少しでも怪しい素振りを見せれば、娘の命はないと思え」
厳しい視線が私を射抜く。――駄目だ。ルーナを人質に取られてしまっている以上、スキルを発動させることはできない。ルーナは魔王が作り上げた鎖のような瘴気によって縛られている。彼の力加減で彼女をどうすることだってできるのだ。
(私が犠牲になれば、きっとルーナとアレクシスは助かるはず。これで……良かったのよ。ルーナたちを守れるなら本望だわ……)
諦めるのには慣れっこだ。
何もかもすべて諦めて、あの狭苦しい鳥かごの中に戻るだけ。そして再び代わり映えのない、息の詰まるような労働の日々を送ればいい。魔王の言う『永劫なる苦痛』とやらも甘んじて受け入れよう。大丈夫、私なら耐えられるはずだ。ルーナとの温かい日々を頼りにしながら……。
小さく息を吐き目を瞑ると、頬に何か温かいものが伝うのを感じた。
(あ、れ……? 私、泣いているの?)
何千年もの間、どれだけ悲しくとも涙を流したことはなかった。けれど両目からはとめどなく涙があふれて床へぽたぽたと落ちていく。その瞬間、私は自分の気持ちに気づいてしまった。
――元の日々に戻るのがつらいのではない。
(ルーナと一緒に居られなくなるのが、耐えられないほどつらい。あの子の傍に居たい。一緒に花の苗を植えたり、フォルンと庭を駆けまわったり、なんてことのない、けれどかけがえのない日々をこれからも共に過ごしていきたい……)
そして誰よりも一番傍で、あの子の成長を見守りたい。
ベッドで眠りにつく前に、『あぁ、早く明日が来ればいいのに』と願うようになるなんて、思いもしなかった。
私の手を握り返す小さい手があんなにも愛おしいことを――。
「何千年も閉じ込め、どれだけ書類を押し付けても涼しい顔でこなしていたお前が、まさか小娘一人のために涙を見せるとはな。フハハ! これ以上愉快なことがあるものか! 最高の気分だ!」
魔王から注ぎ込まれる瘴気の量が更に勢いを増す。
「く……っ」
苦しくて思わず声が漏れ出る。頭を鈍器で殴りつけられたようにひどい頭痛がして、視界が歪み、呼吸ができなくなる。
「これで終いだ」
魔王が囁く。瘴気が最高潮に達し、いよいよ私の意識が闇に呑まれようとしたその時だった。
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