33 魔王襲来。
(アレクシスがついているから大丈夫だとは思うけれど……。ルーナを心配してしまうのは、過保護なのかしら)
私はそのまま、二人の姿を教会へ入っていくまでじっと見つめていた。
フォルンが心配そうに見上げてきたので、もふもふの頭を撫でる。そうするとわずかに不安な気持ちが和らいだ。
(でもなぜかしら……。とても、嫌な予感がする)
浮かない顔でぼんやりしていた――その時である。突然、晴れ渡っていた空がみるみるうちに厚い雲に覆われ、ぽつぽつと雨が降り始めたのだ。これではせっかくの園遊会が台無しである。
突然の雨に周囲はざわざわと落ち着かなくなり、皆、雨を避けるため王宮の方へと向かい始めた。
ゴロゴロと不吉な音が鳴り、王宮の上空で遠雷が落ちるのが見えた。
「こんなに突然天気が変わるなんて……!?」
不審に思い空を見つめていると、あることに気が付く。
「この雲、瘴気でできている……!?」
その瞬間、私の背筋はゾッと冷たくなった。すると黒雲から一筋の光が落ち、辺りが眩い閃光に包まれた。そして間髪入れずにバシャーン! というものすごい轟音が鳴り響く。地響きがビリビリと体に伝わってくるほどの威力。キャーッという悲鳴が上がった。
――先ほど、ルーナとアレクシスが向かった教会に、雷が落ちたのだ。
「……っ、大変! 二人が危ない!」
あんなに激しい雷が打ち付ければ、屋根が崩れてしまう恐れがある。私は居ても立っても居られなくなりその場を駆けだした。招待客が真反対の王宮へ逃げおおせていく中、私だけが流れに逆らい教会へ向かっていく。
そして、やっとのことで教会にたどり着き、重くて大きな扉をなかばぶつかる勢いで押し開けた。
「ルーナ、旦那様、無事ですか!?」
思わず声を張り上げると、そこには予想外の人物の姿があった。
「――久しぶりだなぁ? カミラ」
その者は一見すると美しい人間の青年に見える。青ざめた肌、ルビーのような赤い瞳。腰まで伸びた、艶やかな漆黒の黒髪。しかしその頭上には人間では決して持ち合わせることのない、二本の立派な角が生えていた。
彼――魔王サータンは私の姿を認めると、ニヤリと口の端を吊り上げた。
その傍に、辛そうな表情で膝をつくアレクシスの姿が見える。――ルーナはいったいどこ?
「人間界での休暇はどうだった? ずいぶんと羽を伸ばしていたようだが」
「そ、それは。そんなことよりも陛下。ルーナ……人間の娘をどうされましたか? 返答次第においては――」
「どうするっていうんだ!? えぇ!? お前ごときが俺を打ち負かせると思ったら大きな間違いだぞ!」
「っ」
激昂するサータン。私は口をつぐむ。彼を刺激してルーナに万が一のことがあってはいけない。
「人間界で召喚されたことを報告しないまま、姿をくらませていたことはお詫び申し上げます。私のことはどう罰していただいてもかまいません。ですが何卒、ルーナだけは見逃してくださいませんか」
「ほう……? 殊勝なことだな。だがお前は良くわかっているはずだぞ、カミラ。魔界において弱肉強食は絶対。上の者が下の者になめられるなど言語道断だ。なぜなら、他に示しがつかなくなるからだ」
サータンは余裕たっぷりな笑みを浮かべながら、パチンと指を鳴らした。すると、教会の奥にある扉から二人の人物が姿を現した。
彼らを目の当たりにした私は、思わずゴクリと息を呑む。
「おかー……しゃま」
可愛らしい声が私を呼ぶ。
そこには国王ディランと、彼に剣を突き当てられ怯えている、ルーナの姿があった。
「ルーナッ……!」
私はとっさにルーナに駆け寄ろうとした。だが――。
「おっと。それ以上動くんじゃないぞ」
魔王が指先をついっと動かすと、国王がルーナの喉元に当てている剣にグッと力を込めた。ルーナは「ひっ」と息を漏らし、彼女の大きな瞳から次々に涙が零れ出ていく。私はピタリと動きを止めた。
「動けば、お前の大事な『娘』とやらが、どうなっても知らないぞ……?」
「っ、……!」
脅され、私はグッと拳を握りしめる。ルーナは完全に怯えきっていて唇を真っ青にさせていた。早くルーナを助けなければ。私は目の前に立つサータンをきつく睨みつける。だが彼は余裕そうな表情を崩すことはない。
「なぜわざわざこのような無体をされるのです!? 私を再び閉じ込め、執務の続きをさせることが目的ではないのですか!? この娘は関係ないでしょう」
「あぁ、その通りだ。だがお前は調子に乗りすぎてしまった。まさか宰相として執務に当たる中で、密かに魔族どもの信望を集めるとは……。まさかお前が王位簒奪を企んでいたとは思いもよらなかったぞ? カミラ……」
「な……! 私は王位を簒奪しようなどと、大それたことは考えておりません! それどころか――」
すべてのしがらみを打ち捨てて、ただ、ルーナと幸せに暮らしたかっただけなのだ。
「そうか? だがお前当ての手紙にはすべて『カミラ様こそが魔王にふさわしい』と書かれていたぞ? これでは王位簒奪を企んでいると疑われてもおかしくはない。よって、お前には相応しい罰を与えることにした」
「一体、なにを」
「ククク。まぁそうせくな。今からお前に最高のショーを見せてやる」
するとサータンは再び指を鳴らした。それを合図に、跪いていたアレクシスがゆらりと立ち上がる。――体に、大量の濃い瘴気を纏わせながら。
「まさか、アレクシスに」
「その通り。我が固有スキル『瘴気を与える者』により、この者の自由と意思を奪った。ゆえにこの男は俺の命令にすべて従う、従順な操り人形となったのだ」
操られたアレクシスが見つめる先には、国王ディランと、彼に剣を突き付けられているルーナの姿がある。
サータンの操り人形となったアレクシスが、二人を見つめながらすらりと剣を抜いた。
(アレクシスに何をさせる気なの……!?)
私の焦る心を見透かすかのように、サータンが愉快でたまらないと嗤う。
「さぁ、楽しいショーの開幕だ」




