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3 無自覚に最強ムーブしてしまいました。

「うぅ……っ!」


 そして苦しそうに激しくうなされ始める。私は思わず隣にいるミアの方へ顔を向けた。


「大変! とても苦しそうだわ。ミア、悪いのだけれど急いでお医者様を呼んできてもらえる?」


「は、はい! ただちに!」


 そう頼むと、ミアは焦った様子で医者を呼びに部屋から立ち去って行った。部屋には苦しそうなルーナと私だけが残される。


 二人きりになり――私は、ルーナの中にいる『何者か』へと静かに語りかけた。

 

『それで、なぜあなたはこの少女を呪っているの?』

 

 口にしたのは古代魔族語。魔界でも悪魔族の間でしか使われない特別な言語だ。するとルーナの動きがピタリと止み、やがてどこからともなく部屋に低い声が響いた。


『――同胞はらからか? 人間界で会うとは珍しいな』


 少女ではなく、しわがれた老人のような声色。


『質問に答えていただける?』


 そう返すと、ピリリと空気が張り詰めた。そしてルーナの体から黒い影が伸び、彼女の体を覆いつくす。まるで人質をとって脅すかのような様相で、思わず眉間にしわが寄った。


『なぜ呪うかなど、ずいぶん愚かな問いだな。それはもちろんこの子供の魂を喰らうためだ。ここまで上物の純粋で美しい魂はそうない。魂を手に入れた暁には、魔界で檻に閉じ込め、時間をかけいたぶりながらゆっくり味わうつもりだ』


 ククク、と愉快そうに同胞――悪魔が嗤う。


(ずっとお城に閉じ込められていたから忘れていたわ。悪魔は人間の魂を食べる種族だったわね。私は食べたこともないし食べるつもりもないけれど……さて、どうしてくれましょうか)


 なぜこんなにも私は同胞なのにもかかわらず、この悪魔のことが猛烈に不快なのだろう。悪魔が人間の魂を奪おうとするのは種族として自然なことではある。考えていると、やがて自分の中にある一つの答えが導き出された。


(ルーナと私が同じ境遇だからだわ。私も長年、魔王陛下によって労働を強要されてきた。だから、抵抗できないルーナを無理やり支配し、魂を奪おうとしているこの悪魔が許せない……)


『あなたにお願いがあるのだけれど、この娘のことは諦めていただけない?』


『……なんだと?』


 悪魔が呆れたような声を上げる。部屋にしばし沈黙が流れた。すると、悪魔は思いもよらないことを提案してきた。


『そうさなぁ。頼みごとをするならば、まずお前が何者なのか、我に本来の姿を見せてから頼むのが礼儀なのではないか? 頼みごとを聞くのはそれからにしよう』


『――それもそうね』


 私は頷き、悪魔の提案を飲み込むことにした。そしてカミラの肉体を脱ぎ、本来の姿である上級悪魔の様相を目の前の悪魔へ披露した――。



【悪魔SIDE】


 部屋の空気が一変する。


 ――最初は、100年も生きていないようなチョロい下級の雑魚悪魔だと思っていたのだ。


 だから嘘を吐き、この下級悪魔が紫髪の女の肉体から離れたところで、この女の魂も横取りしてやろうと目論んでいた。


 だが、下級悪魔だと思っていたこいつは……いや、このお方(・・・・)は。


『ひ、ひいぃ……っ!』


 恐怖で身がすくみ、情けない声が喉から漏れ出る。


 辺り一帯を覆いつくすような、とてつもない魔力量。その質量に押しつぶされ身動き一つとることができない。我は300年生きた中級悪魔だ。魔界ではそれなりの地位で魔力も潤沢にある。ゆえに今まで狙った獲物は必ず仕留めてきた。


 だが。このお方の魔力は俺のそれとは次元が違う。


 直接お姿を目で見てはいけない。

 顔を上げてはいけない。

 このお方の気分を少しでも害してはいけない。


 そうしなければ、消滅するよりももっと恐ろしい目に遭う。


 この凄まじい恐怖心はきっと、原初より悪魔の魂に刻まれていた本能からだ。想像を逸するほど格上の存在を目の当たりにした時、中級悪魔である自分でさえも頭が真っ白になるという事実を痛いほど思い知る。我は今まで何も知らない矮小な蟻だったに過ぎない。


 頭を満たすのはただ、この方へのいっそ妄信的な畏敬のみ。


 すると、かの方が声を発された。


『これでいかがかしら? 私の頼みごとを聞いてくださる?』


 声が何重にも重なったような、まるで頭の中ををぐちゃぐちゃにかき乱さすような深き声。


『は……はい……っ。仰せの、ままに……っ』


 やっとのことで声を絞り出す。早く、早くこの人間の娘から離れなければ。でなければ我の魂は、この方の指先ひとつでいとも簡単に消え去ってしまうことだろう。


『まぁ、あなたが話のわかる同胞で助かったわ! どうもありがとう!』


 上機嫌な声色にわずかではあるが緊張がほぐれる。だが次の瞬間、我は凍り付いた。


『それじゃあ、なにかあなたにお礼(・・)をしないといけないわよね……?』


 お礼。つまり、この娘を呪っていたことへの報復ということだろうか。恐怖でガタガタと身が震えだす。


『な、何卒ご容赦を……! もう二度と、この娘にかかわらないと、必ずやお約束いたします。ですからなにとぞ……!』


『えっ……そう? なんだか悪いわね。じゃあひとまず今は、あなたに感謝の気持ちだけ伝えておくわ』


『……っ! 深きご慈悲に、感謝申し上げます……!』


 必死の命乞いにより許しを得た我は娘への呪いを解き、早急にその場を離れた。そのあとは、かのお方の魔力を感じなくなるまで、ひたすら夢中に野を彷徨い続けた。そして『二度と顔を見せない』約束を守るために、しばらくは魔界で身を潜めることを固く心に決めたのだった。



(いやぁ~話のわかる悪魔で本当に助かったわ! ダメもとで頼んでみるものね!)


 呪いが解かれたおかげで、安らかに眠るルーナの顔を眺めながら頬を緩める。すると扉からコンコンとノック音がした。


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