29 どちらが魔王にふさわしい?
サータンが書簡を開き内容に目を通す。――すると、彼の表情が厳しいものへと一変した。
「『カミラ様こそが魔王にふさわしい。貴方様が魔王になられるならば、我が一族は和平協定を結び、永久なる忠誠をお誓いいたしましょう』だと……!?」
その内容に魔王は、怒りのあまり顔を真っ赤にさせ書簡をぐしゃりと握りしめる。
「ふざけるな! ハッ、まさか……!」
魔王は何かを思い出したような表情になると、突然台に放置していた他の書簡を開き始めた。目を通すうち、魔王の手がブルブルと小刻みに震えだす。
そしてついには大切な書簡をビリビリに破り捨ててしまった。
「カミラ、カミラ、カミラ……ッ! どれもこれも奴を慕う内容ばかり! 何が『カミラ様こそが魔王にふさわしい』だ……! ふざけるなッ!」
喉の奥で唸るような声を漏らし、サータンは火の呪文を唱える。突如として全ての書簡が燃え上がり、灰と化したそれは床の上の塵となった。
「ハハハ……いいだろう。奴が『魔王にふさわしい』だと? ならば証明してやろうではないか……――どちらが本当に魔王にふさわしいかを、なぁ?」
その声は静かではあったが激しい怒りに満ちている。
「こうなれば、カミラをただ連れ戻すだけでは生ぬるい。奴を絶望の淵に突き落とすような妙案を考え出さなければ……!」
「へ、陛下?」
魔王のただならぬ雰囲気に側近が声を震わせたその時。突然、玉座の間の大扉が鈍い音を立て開かれた。魔王と側近が扉の方へと注視する。そこに居たのは、魔王の配下の一人であった。
「陛下にご報告申し上げます! カミラ宰相閣下は人間界に潜伏されていたようです! ローゼンライト公爵夫人という人物を名乗り、人間の貴族として生活しているようでございます!」
「何? カミラは人間界に逃げていたのか。しかもローゼンライトだと、そこは確か……」
魔王はニヤリと口の端を吊り上げた。
「良いことを聞いた。ローゼンライト領といば、サンクティア聖王国の管轄下にある地ではないか」
サータンは喉の奥でくつくつと笑い、赤い瞳を細める。
「聖王国の王ディランは、とっくに我が支配下だ。ゆくゆくは人間界侵攻のためにと寝かせておいた駒だったが……ふん、想定外のところで役に立つものだな。それで、他にカミラの弱みになるような情報は?」
魔王に促された配下が膝をつきつつ言葉を続ける。
「ハッ! 宰相閣下はどうやら、公爵夫人の継子である『ルーナ』という人間の子供を、ことさらに溺愛しているようでございます」
「悪魔であるあやつが、人間の小娘を溺愛? ふ、はははは……! これは傑作だな!」
サータンは愉快で仕方ない、とばかりに顎をさすった。
「素晴らしい妙案を思いついたぞ。その娘を使い、カミラを絶望へ突き落してやろう! 我が固有スキル『瘴気を与える者』によってな……!」
『瘴気を与える者』とはその名の通り、瘴気を自在に生み出すことのできるという魔王の固有スキルである。
瘴気の濃さは魔物の強さに直結する。
魔王はその瘴気を自らの魔力から変換し、自在に生み出すことができ――なおかつ他者に付与することができるのだ。そのため魔王という存在は、魔界において崇拝の対象となっていた。
また瘴気を与える者は、瘴気を大量に注ぎ込んだ者を意のままに操ることができるという効果も有している。そのため魔王は国王ディランを支配下に置くことができたのだ。
「さて、そうと決まれば善は急げだ。俺自らカミラを出迎えに行こうではないか。お前たち、転移術の準備をしろ。行き先は人間界だ」
「ハッ、ただちに!」
彼の命により急ぎ足で去っていく配下。魔王もまた意気揚々と玉座の間を離れていく。そんな彼らの後姿を眺めながら、側近だけはいまだ一歩を踏み出せずにいた。
何かとても――嫌な、悪い予感がしたのだ。
(オーガ族は激しやすく気難しい種族。他の魔族らも然りだ。そんな多種多様な種族から『カミラ様こそ魔王にふさわしい』と、心酔を一身に集めるとは……。この3000年、大きな諍いもなく魔界が平穏でいられたのは、魔王様のおかげではなく――)
カミラ宰相閣下の采配によるものだったのでは。
そう考えた瞬間、側近の背筋はゾクリと冷たくなった。我々は、とんでもないお方に手を出そうとしているのではないかと。
(……だが魔王陛下には逆らえん。逆らえば瘴気を与える者によって傀儡にされてしまうのだから)
魔界は弱肉強食。強者の命令は絶対。
側近は首を振り、自らを奮い立たせた。そして命令を遂行すべく急ぎ足でその場を駆けだしたのだった。




