26 『騎士とお化け』の再演です。
――首無しの騎士とアレクシスが、剣をぶつけ激しく打ち合っている。お互い一歩も引かぬといった緊張感漂う激闘だ。
その戦いを私は止めるでもなく平然と見守っている。なぜなら――。
首無しの騎士には、『アレクシスが変に思わない程度の強さで戦ってほしい。ただし傷はつけないように』とお願いしてあるからだ。
そう。私はある目的を達成するすべく、首無しの騎士に悪役の演技をお願いしていた。
まさに、かつて私とミアが演じた『騎士とお化け』の再演である。
主人公役はアレクシスで悪役は首無しの騎士。観客は村人たち。そして演出はこの私カミラと――神獣フェンリルであるフォルンだ。
首無しの騎士が、アレクシスと剣を交えながらじりじりと畑の方へと移動していく。バレないよう自然にことを運ぶのが中々に上手だ。
(その調子よ、頑張って!)
と心の中で拍手しつつ応援を送っていると、やがて首無しの騎士の誘導により、二人は村の畑へと移動を完了した。ここが劇のラストステージとなる。だがその間にも剣同士がぶつかる金属音が止むことはない。すると首無しの騎士が、ここぞとばかりに口を開いた。
『くっ、まさか上位精霊であるこの我が、人間にここまでしてやられるとはー!』
……うん。ものすごく棒読みだけれど、大丈夫! アレクシスには(多分)バレていなさそうなので問題ないわ!
私はその台詞を聞き、馬車に居るフォルンへ遠隔で語りかけた。フォルンは従魔なので、遠く離れていても会話ができるのだ。
(フォルン、お願いよ! 首無しの騎士が倒れた瞬間に、畑に豊穣の魔法をかけてほしいの!)
(了解! カミラさま、合図をお願いね!)
(わかったわ! 3、2、……)
首無しの騎士が畑の中心で膝をつく。アレクシスの動きが止まり、彼の目が大きく見開かれた。
そして――。
(1、今よ、フォルン!)
(……『緑よ芽吹け、豊穣の大地!』)
フォルンが豊穣の魔法を発動させる。その瞬間、首無しの騎士を中心として、春を思わせる温風が吹き抜けた。そしてみるみるうちに畑に様々な農作物が芽生え育っていく。ニンジンやかぼちゃ、キャベツにジャガイモ。季節関係なくそれらは育ち、殺風景だった村には色とりどりの花が咲き誇った。
まるで理想郷を体現したかのような光景。
村人もアレクシスも、そして悪役である首無しの騎士さえも、誰もが息を呑むのがわかった。
首無しの騎士が剣を手から離し、信じられないとばかりに立ち尽くす。
『おぉ、おぉ……! この景色は、かつて我が愛していたあの景色だ……!』
彼は演技を忘れ、感極まった様子で村の景色に見惚れている。私はすかさず首無しの騎士へ語りかけた。
『騎士さま! 最後の決め台詞をお願いいたします!』
『ハッ! ゴ、ゴホン! ……そこなる人間の騎士よ、褒めて遣わそう! 我はこの地を守護する上位精霊デュラハン! そなたとの戦いにより我は正気を取り戻し、この地にはびこっていた瘴気は見事払われた。ゆえにこの地は『呪われた地』ではなくなり、このとおり緑が復活した! これよりこの地には呪いではなく、豊穣の祝福がもたらされるであろう』
「なんだと……!?」
アレクシスが剣を下ろし、首無しの騎士の言葉に目を大きく見開く。台詞は少し棒読み気味で、この話もやっつけで考えた作り話。そのためアレクシスが信じてくれるかどうかは怪しいが――この緑に溢れた景色が、話の説得力を大きく増している。
(し、信じてくれるかしら……!?)
ハラハラ成り行きを見守っていると、首無しの騎士が劇の結びの言葉を唱えた。
『さらばだ人間の騎士よ! よき戦いであったぞー!』
その台詞を最後に、デュラハンはサラサラと粒子になり村から消え去っていった。とても良い感じにフィナーレを飾ってくれて感謝しかない。畑の中心には、ただアレクシスだけが残される。
すると、彼へ向かいワアッと歓声が上がった。
「領主さまがこの地の呪いを解いてくださった!」
「私たちの村を救ってくださり、ありがとうございます!」
そんなアレクシスを称賛する言葉が次々に彼へ降りかかる。この様子からするに劇は大成功といっていいだろう。首無しの騎士に悪役を演じてもらったことで、アレクシスを村を救った正義のヒーローに仕立て上げることに成功した。
これならフォルンの力を秘密にしつつ、アレクシスの領主としての株を上げることができる。まさに一石二鳥だ。
だがアレクシスは腑に落ちないところがあるのか、少し戸惑った表情を浮かべている。
村人たちの称賛を浴びる彼をしっかりと目に焼き付けたところで、私は馬車で眠っているカミラの肉体へと戻ることにした。
ハッとカミラの体に宿り目を覚ますと、目の前には心配そうな表情をしたルーナとフォルンの姿があった。
「おかーしゃま、おきた!」
「カミラさま、大丈夫?」
「あ……えぇ、大丈夫よ! ごめんなさいルーナ、フォルン。心配をかけてしまったわね」
「おかーしゃまっ!」
ルーナが泣きそうな表情で、私の胸に飛び込んでくる。抱き着かれたのは初めてのことで、私は驚いで言葉を失った。だがすぐに、ルーナの華奢な背中に腕を回し包みこむ。――あたたかい。するとルーナが顔を上げてこう言った。
「ルーナ、すごくしんぱいしたよ。おかーしゃま、どこにもいかないで」
「ルーナ……」
胸がぎゅっと締め付けられる。もしかしたらルーナは私が死んでしまったと思ったのだろうか? 彼女の父親と母親は、ルーナが赤ん坊の時に亡くなってしまっている。だから身近な者の死に敏感になるのは当然のこと。私はルーナを安心させるよう、白くて丸い頬をそっと両手で包み込んだ。
「どこにもいかないわ。ずっとルーナの傍にいて、なにがあってもあなたを守る。だって私は……あなたのお母さまだから」
彼女の綺麗な紫水晶の瞳が涙に揺れている。守らなければならない尊くて小さい私の光。
「ほんとう……?」
「えぇ、本当よ」
ルーナが泣き笑いの表情を浮かべ、再び私に抱き着いた。壊れそうで怖かったが、私も先ほどより強く抱きしめ返す。愛おしい、愛おしくてたまらない。この命がたとえ失われようとも、ルーナのためなら喜んでこの魂を投げうつだろう。
そう胸に決めていると、突然馬車の扉が開かれた。
デュラハンさん頑張った!




