24 村でハプニング発生です。
「ねぇ二人とも。フォルンが豊穣の魔法を使えることは旦那様にも誰にも話さず、私たちだけが知る秘密にしておきましょう? フォルンの力のことが広まれば、悪い人たちに目を付けられて、フォルンがどこかへさらわれてしまうかもしれないわ」
「えっ!? それは、だめ!」
ルーナが泣きそうな顔でフォルンにぎゅっと抱きつく。
「もちろんそんなことはさせないわ。でもそうならないために、ルーナにも力を貸してほしいの。……約束してくれるかしら?」
「……うん! ルーナ、やくそくするよ!」
ルーナが意気込むと、ミアもまた真剣な表情で胸に手を当てた。
「私も奥様とフォルン様をお守りするため、秘密にすると誓います」
「ありがとう。そしてよろしくね、ルーナ、ミア」
――フォルンが持つ豊穣の力は、アレクシスには知らせない方が賢明だろう。
国王は以前、カミラの実家から多額の金を受け取り、その見返りにカミラとアレクシスを無理やり婚姻させた。その件によって、アレクシスと国王の間には深い溝ができている。
聡いアレクシスであれば、フォルンの力を知ればすぐさま彼が神獣フェンリルであることに気づくはず。
国の守護獣であった神話的存在であるフェンリルが、国王と対立するアレクシスの庇護下にあると広まれば、いらぬ政治争いに彼が巻き込まれてしまう。そうなればアレクシスの心労は多大なものになるはずだ。
つまり、フォルンの正体を隠すことはアレクシスを守ることに繋がるのだ。
(旦那様は、私のこんな心配なんて知る由もないでしょうけれどね……。まぁ、それもこそれも最終的にはルーナを守るためなのだけれど!)
と苦笑を零す。こうして、私たちはアレクシス率いる騎士団の護衛のもと、ムーア村へと旅立つことになったのだった。
*
「奥様、お嬢様。ムーア村へ到着いたしました。さぁお手を」
「ありがとう」
ムーア村は、公爵邸から馬車で一時間ほどの小さな山里だ。騎士にエスコートされ馬車を降りると、乾いた干し草の匂いがふわりと鼻先をくすぐった。
ローゼンライト公爵領では農作物での収入は見込めないため、領民の暮らしは主に採石と牧畜によって支えられている。けれどここ最近はミスリル鉱の採石が芳しくないらしく、牧畜に転向する家庭が多いという。
村の外れでは、子ヤギと子供たちが楽しそうに跳ね回っていた。
だがそれに対し、大人たちの顔色は暗く曇っている。村には活気がなく、まるで褪せた風景画のような――そんな寂しさを覚えた。
そこへ、村長らしい老人がアレクシスのもとへやってきて深く頭を下げた。
「領主様、ようこそ我らが村へいらっしゃいました。本日は見回りで?」
「村長殿、先日ぶりだな。あれから魔物の被害は出ていないか?」
「えぇ、領主様と聖騎士団の方々のおかげで平穏に過ごしております。それに、いつも貴重な野菜まで届けていただき、どうお礼申し上げればよいか……!」
「気にするな、領主として当然の務めだ」
アレクシスの声は淡々としていたが、その目元はわずかに柔らかかった。
普段あまり彼が屋敷に寄りつかない理由が、こうして実際に村に足を運んだことで理解できた気がする。
――アレクシスなりに、ひもじい思いをしている領民を守ろうと必死なのだろう。
若くして公爵家を継ぎ、領民の命を背負っている重圧はいかほどのものなのか。
その意気が詰まるほどの苦しさを、痛いほどにわかってしまう私が居る。それを共有できる関係ではないのだが。
(……さて。この間フォルンの瘴気を食べたことで、土地を毒していた瘴気は払われたはずだけれど。一応、確認してみましょうか)
悪魔の瞳でじっと地面を観察してみる。見たところ、ムーア村には瘴気の残滓は感じられなかった。
(ということは、これで農作物を普通に育てられると思うのだけれど。突然そんな話を切り出したら、きっと不審がられるわよね)
と一人で唸っていると、突然小さな女の子たちが私とルーナの前にトコトコと駆け寄ってきた。彼女たちの手には二つの花冠。目を丸くしていると、女の子の一人が顔を真っ赤にしてその花冠を差し出してきた。
「こ、これ……! 奥さまと、お嬢さまにあげます!」
「私たちが編んだんです!」
「え? この綺麗な花冠を、あなたたちが?」
と返事をすると、女の子の母親であろう女性が焦った様子で割り入ってきた。
「こらっ! そんな粗末なものをお渡しするなんて失礼でしょう! 申し訳ございません奥様。この子たちは世間知らずな箱入り娘でして、どうか……なにとぞご容赦を」
私と女の子を遮っている彼女の手はカタカタと震えている。その顔色は卒倒しそうなほど真っ青だ。
(あぁ、なるほど。この方はカミラの悪い噂をご存じなんだわ。確かに元のカミラなら、激昂してこの子たちを罰していたかもしれないわね)
私はもちろんそんなことは絶対にしないのだけれど。私は女性を安心させるため穏やかに微笑んだ。
「失礼だなんて、むしろ嬉しいですわ。ねぇお嬢さんたち、私と娘の頭に花冠を載せてくださるかしら?」
「は、はいっ!」
そう言ってしゃがみ込むと、女の子は母親の傍をするりと抜け、私とルーナの頭に花冠を載せてくれた。私はルーナと顔を合わせて微笑み合う。
「――ありがとう。ふふっ、私たちおそろいね、ルーナ」
「うんっ! おそろい、うれしい! ……ありやとう、おねぇしゃん」
恥ずかしそうに頬を染め、ルーナが少し年上であろう女の子たちにお礼を告げる。女の子たちも「どういたしまして!」と微笑んだ。
まああああっ。私の娘ったら誰にも勧められずお礼が言えて偉すぎるわあああ! 天才いいい!!
と密かに悶えていると、女の子たちの母親の指先の震えが止まった。そして彼女は瞳を潤ませたのち、こちらへ頭を下げた。
「あ……奥様、お嬢様。本当にありがとうございます。この子たちの気持ちを汲んでくださって」
「いいえお母さま。お礼を申し上げるのはこちらの方よ、気持ちのこもった贈り物をありがとうございます」
と彼女に頭を上げるよう催促していたら、ふいにアレクシスがじっとこちらを見つめているのに気が付いた。目が合ったのはほんの一瞬。きょとんとしていると、その視線はすぐにフイッと外された。
(……どうしたのかしら?)
首を傾げていると、突如として村の奥から大きな叫び声が上がった。
「う、うわあああああ!! み、皆、逃げろッ! 首無しの騎士が出たぞ!!」
「きゃあああああ!!」
――首無しの騎士?
「っ!?」
一体何事かとルーナを庇うよう抱きしめる。するとアレクシスが剣を抜き、私たちへ向かいこう言い放った。
ざわ・・・。




