表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/23

21 神獣と従魔契約を交わしました。

(な、泣いちゃったわー!?)


 ものすごいデジャヴを感じる。少し前も料理人のハンスを泣かせてしまったばかりなのだ。慌てていると、狼が静かに語りだした。


「命を助けてくれた上に、傷まで癒してくれるなんて……。ボクはあなたになんてお礼を言ったら……。ほんとうに、ほんとうにありがとう。こんなに安らいだ気持ちになったのは、数百年ぶりだよ」


 涙ながらに語る声はとても穏やかなもの。


 やがて狼は、なぜ瘴気まみれで洞窟に閉じこもっていたのか、そのわけを私に語り聞かせてくれた。


「――そんな苦労があったのね。今まで本当に大変だったでしょう。時間は取り戻せないけれど、せめてこれからは瘴気から解放された自由な日々を過ごしてね」


 胸に手を当て微笑むと、狼は嬉しそうに尻尾を振った。


「うんっ! 本当にありがとう……!」 


(狼に纏わりついていた大量の瘴気――。あれが、ローゼンライト公爵領の土地を汚していた大元だったようね。ということは、これからは美味しい野菜を育てられるってことじゃない!?)


 これでルーナに美味しい野菜を食べさせてあげられる! と心を躍らせていると、狼がおずおずと私へこう尋ねてきた。


「ボクの名前は『フォルン』。あの、良ければあなたの名前を教えてくれない?」


「あら、そういえばまだ名乗っていなかったわね。私の名前はカミラよ、よろしくね」


「カミラさま……! とっても素敵な名前だね!」


「うふふ、ありがとう。フォルン、あなたの名前もとても素敵よ」


 日の差した洞窟で、和やかな空気が流れる。


「さて……そろそろ私はお暇させていただこうかしら」


「えっ!? も、もう行っちゃうの!? もう少し、ここでお話していかない!?」


 見るからにしょんぼりしだすフォルン。もふもふのお耳が垂れ下がっちゃっているわ。


「フォルンの気持ちは嬉しいのだけれど、ごめんなさい。私は領地の野菜不足を解消するため、公爵夫人としてやらなければならないことがあるの」


 すると垂れていたフォルンの耳が突然ピン! と立ち上がった。


「野菜不足の解消……!? それならボク、カミラさまの役に立てると思う! ボクには豊穣の女神の加護があるんだ。今までは瘴気のせいで力を使えなかったけれど、今なら加護――豊穣の魔法を使えると思う! 豊穣の魔法は植物や野菜の成長を促せる力があるんだ! だから――」


 フォルンはソワソワと身を震わせ、やがて意を決したように口を開いた。


「お願いカミラさま、ボクを一緒に連れて行って! ボク、あなたの従魔になりたいんだ」


「え……従魔になりたい、ですって?」


 返事の代わりにとばかりにフォルンが恭しく頭を垂れる。私は思いがけず息を呑んだ。気高い狼がこのように誰かへ頭を垂れるのは、その相手を自らの主にふさわしいと認めた時だけと言われている。


 つまり、本当にフォルンは心から私を主にしたいと願っているということだ。


 フォルンの心からの願いをないがしろにはしたくない。けれど、私は彼へまだ伝えていないことがあった。


「……ごめんなさい、フォルン。あなたの気持ちは嬉しいけれど、私はあなたの主にはふさわしくないの。――なぜなら、私の正体は『悪魔』だから。あなたをずっと苦しめてきた闇の瘴気と、同じ側に立つ昏き存在なの」


「…………!!」


 フォルンの瞳孔がキュウ、と開く。まさか頭を垂れた相手が悪魔だったとは思わなかったのだろう。


(牙をむかれても、その時は甘んじて受けれましょう……)


 ぎゅっと拳を握りしめ目を伏せていると、フォルンはしばらくの沈黙の後口を開いた。


「カミラさま、ボクの覚悟をどうか甘く見ないでほしい。あなたが天使でも悪魔でも、そんなことは関係ない。一人きりだったボクを救ってくれたのは、他の誰でもない――あなた自身だ。だからボクは従いたいと思った。カミラさまというただ一人の存在に」


「フォルン……」


 あなたが天使でも悪魔でも、そんなことは関係ない。


 その真っ直ぐな言葉がフォルンの澄んだ眼差しと共に私の胸を射抜く。彼は種族関係なく、私という存在だけを見つめてくれている……。


 それが、いっそ切ないほどにうれしくて。


 その嬉しさを噛み締めていると、私の唇からはいつの間にか自然とこんな言葉が零れ出ていた。


「――わかったわ。フォルン、あなたが私の従魔となることを受け入れます。私は私のすべてをもって、あなたが何物にも脅かされないよう、主人として守り抜くと誓うわ」


「カミラさま……! ありがとうっ!」


 ぶわわっ、とフォルンの両目から涙が溢れ零れ落ちる。ハンカチで涙を拭ってあげると、あっという間にびしょびしょになってしまった。


「あらあら、私の狼はずいぶん泣き虫さんなのね」


 こうして私は、ひょんなことから美しい狼フォルンと主従関係を結ぶことに至ったのだった。




 ――数時間後、ローゼンライト公爵邸の東屋。


「ワンちゃん、まっしろでかっこいいねぇ!」


もふもふ が なかま に なった!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ