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2 義娘が可愛すぎる。

 返事をする前に扉が開かれ、入ってきた年若い女性と目が合う。ブラウンの髪をおさげ髪にした、緑目の年若い女性――確かカミラ付きの侍女である――名前は確かそう、『ミア』だ。


 ミアを見つめていると、彼女はぎょっと目を大きく見開いた。


「おおおお奥様……! お目覚めになられたのですね……!」

 

 喜ぶというよりかは、どこか怯えたような表情。ミアは視線を彷徨わせながら、こちらには歩み寄らず扉の近くに立った。いつでも逃げられるよう警戒心を解かない猫かのように。恐る恐るという風に彼女が口を開く。


「お、お体のお加減は、いかがでしょうか……?」


「問題ないわ、心配してくれてありがとう。でも頭を強く打ったみたいで……今までのことがあまり思い出せないみたいなの……もしかしたら私、記憶喪失なのかもしれないわ」


(こう言っておけば、突然人が変わっても怪しまれないはず!)


 ミアに向かってにっこりと微笑むと、彼女は幽霊でも見たかのような青ざめた表情で口をパクパクさせた。


「お、奥様が私に笑いかけるなんて本当に頭を打っ――い、いえっ、その、なんでもございません! き、記憶を無くされたなんてさぞご不安でしょう、すぐに医者を手配いたしますね! それにしても奥様だけでも目を覚まされて本当に良かった……! やっぱりあの噂は嘘だったのですねっ!」


「――あの噂って?」


 ミアの口から零れた言葉が気になり尋ねると、彼女は『しまった』という表情で固まった。どうやらミアは隠し事ができないタイプのようだ。じっと見つめていると、彼女は観念した様子で語り始めた。


「じ、実は奥様がお倒れになった日に、嫡女であらせられる『ルーナ様』までお倒れになってしまい……! 二人とも突如として昏睡状態となられたため、皆『二人は呪いをかけられた』のだともっぱら噂しておりまして。呪いだなんてバカらしいですよね本当! こうして奥様は無事お目覚めになられたのですから!」


 記憶喪失(※設定)だけれどね。


「まぁ、そんなことが……!」


(嫡女が昏睡状態だなんて、当主はさぞ心配なことでしょう)


 ルーナ・ローゼンライト――。カミラの結婚式の時に一度顔を合わせたはずだが、彼女の姿がはっきりと思い出せない。カミラにとってはさほど重要な記憶ではなかったということだろう。だが確か年は3歳くらいだったはず。


「よければ後で、その子のお見舞いに行かせてもらってもいいかしら?」


 ルーナのことを考えていると、思わずそんな言葉が口から滑り出ていた。


 ――そうよ。私は平穏な逃亡生活を送るため、悪女としての振る舞いを正さなければならないの。だから継子であるルーナの身を案じるのは改心した継母として当然のこと。


 するとミアは信じられないと言いたげに目を見開いた。当然だ。カミラはルーナのことをずっと嫌っていたのだから。だが『記憶喪失』という設定が効いたのか、彼女はすぐに首を縦に振った。


「もちろんでございます! その際は私がご案内いたしますね!」


「えぇよろしく頼むわね、ミア」


「お、奥様が私の名前を呼んでくださるなんて……!」


 そう言うとミアは感動のためか瞳を潤めつつ、部屋を去っていった。


 私はというと、一人残された部屋でベッドへと飛び込み、約3000年ぶりとなる久方ぶりの休息を満喫したのだった。



 そして数時間後、私はミアの案内で継子であるルーナの寝室を訪れていた。


 天蓋つきの豪華なベッド。その上に小さな女の子が横たわっている。すぅすぅとかすかに寝息が聞こえ、傍に寄ると彼女の顔立ちが視界に映り込んだ。


(まぁ……! なんて可愛らしい女の子なのかしら! まるで絵物語の眠り姫のよう……!)


 信じられないわ! カミラはなんで今までこんな可愛い子を嫌っていたの……!?


 私は思わず口に手を当てる。悪魔だというのに、ルーナの可愛さにすっかり胸を撃ち抜かれてしまったのだ。


 雪のように白い肌。その白皙をさらに際立たせる、肩まで伸びた銀色のまっすぐな髪――。その顔立ちは精巧なお人形のように整っている。


 白いワンピースを身に纏い、白いシーツに横たわる姿は、触れれば消えてしまいそうな儚い雪ように思えた。種族の壁なんか関係ないと思えるくらい可愛らしい。


(天使、いえ、雪の妖精だわ……!)


 すると突然、安らかに寝息を立てていたはずのルーナの顔が突如として歪んだ。


「うぅ……っ!」


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