16 私だけが持つ固有スキル。
「あの、もし良かったらその野菜を見せてくださらない?」
「え? えぇ、これですよ。今朝近くの村で採れたニンジンです」
「ありがとう」
手渡されたニンジンを手に取り、じっと観察する。鮮やかなオレンジ色。ずっしりと身が詰まっていて、見た目にはまったく問題がない。むしろ艶があり、立派で美味しそうにすら見える。
だが私の悪魔の瞳に、あるものが映り込んだ。
(……っ! これは……!)
――ニンジンに、ほんのわずかではあるが瘴気がまとわりついている。
(なぜ野菜に瘴気が……?)
私ニンジンを見つめながら呟いた。
「……このニンジンに、瘴気がまとわりついているわ」
「し、瘴気……?」
ハンスが目を見開く。
「なぜそんなものが……野菜に?」
彼の顔から血の気が引いていく。まさか野菜に瘴気がまとわりついているだなんて思いもよらなかったのだろう。瘴気を視認できるのは聖女か――悪魔のみ。気が付かなくて当たり前である。
「まさかそんな! だからこんなに野菜の味が悪かったのか……!?」
そんな呟きを聞きながら、私はあることを思い出していた。
――私は悪魔で、聖女ではない。そのため瘴気を浄化することはできない。だが私は、実質的に瘴気を払うことのできる固有スキルを持っている。
その名も『瘴気食らい』。
名の通り、瘴気を食べ体内に取り込むことで、それを魔力に変換できるという、悪魔の中でも私だけが持つ闇の固有スキルである。
ちなみに、魔界には常に瘴気が漂っている。それを少しずつ摂取していたので今はどの程度魔力を貯蓄しているかはわからないが……3000年貯め続けていたので、まぁまぁの魔力量を持っているとは思われる。
と言う話は今は置いておいて。
(このニンジンにまとわりついている瘴気を取り除いたら、味が元に戻ったりしないかしら?)
ニンジンにぼやぁ、とまとわりついている瘴気へ手をかざす。そしてまさか、『いかにも』な闇のスキル名を詠唱するわけにはいかないので、無詠唱で瘴気食らいを発動させた。
(『いただきます』)
するとニンジンから瘴気が離れ靄として立ち上り、ズズズ、と私の口から体内へと吸い込まれていった。体に微量の魔力が宿ったのを感じる。
「い、いまのは……!? 黒い靄が、奥様の口の中に入っていったように見えましたが……!? まさか今のが瘴気!?」
「あ」
まずいわ。瘴気食らいを使うと見た目が禍々しくなっちゃうのよね。
怪しまれてもいけないし、光魔法で瘴気を浄化したことにしましょう。
「大丈夫よ。浄化魔法を使ったの。ほ、ほら!」
簡単な生活魔法『ライト』を発動させてみる。すると周囲がキラキラと発光し、聖なる雰囲気を醸し出すことに成功した。
(だ、騙されてくれるかしら?)
ハンスが大きく目を見開く。
「す……すごい! 奥様が光魔法の使い手だったとは! 王国でも超希少な属性の魔法じゃないですか!」
え。
「お、おほほほ……?」
(とっさに使っちゃったけれど、光魔法って今はそんなに希少な属性なの? 3000年前は浄化魔法を使える人間なんてゴロゴロいたはずだけれど……今はそうではないのかしら)
ハンスが尊敬のまなざしを送ってくる。とても居心地が悪いが――。
(ひとまずは、怪しまれずに済んでよかった、かしら……?)
ホッと息を吐き、再びニンジンを悪魔の瞳で観察してみる。
(よし。瘴気は綺麗に取り除けたみたいね! これで本来の味を取り戻せていたらいいのだけれど……)
私は手元のニンジンをハンスへそっと差し出した。
「もし良ければ、浄化したこのニンジンで料理を作ってみてくださらない? 瘴気は完璧に浄化したからもう害はないはずよ」
「わかりました。やってみましょう……!」
ハンスはニンジンを受け取ると、テキパキとした手さばきであっという間にニンジンのポタージュを完成させた。湯気と共に立ち上る甘い香りが食欲を誘う。
「奥様、できました!」
「ありがとう! さすがは料理長ね。とっても美味しそうだわ!」
「ど、どうも……」
ハンスが照れたようにポリポリと頭の後ろを掻く。
「じゃ、お出しする前に俺が味見してみます」
先ほどまで、瘴気がついていたニンジンのポタージュ。ハンスは一瞬迷ったのち、覚悟を決めたのかポタージュをぱくりと口に含んだ。
彼の表情が驚愕の色に染まる。
浦島太郎状態なカミラさん!




