15 領地で育つ野菜はなぜか激マズになるらしいです。
「何!? カミラ・ローゼンライト様……だって!?」
彼はまじまじと私を観察したのち、やがて本人だとわかったのか帽子を外し深々と頭を下げた。だが、表情は不機嫌そのもの。
とりあえず形だけ礼をとってやった、というのがなんとなく態度でひしひし伝わってくる。
「これはとんだ失礼を。俺はここの料理長のハンスと申します。で……なんで奥様のようなお方がこんなところに?」
ジロジロ不審そうな視線が肌に突き刺さる。どうやらカミラにも物怖じしないタイプの人間のようだ。
「ハンス、今日は質問があってきたの。少し気になったのだけれど、この家では野菜料理がまったくでないわよね? その理由を尋ねてもいいかしら?」
するとハンスはこれ以上ないと言わんばかりに目を大きく見開いた。そして瞳にハッキリとした侮蔑の色が浮かぶ。
「これはこれは……ローゼンライト公爵夫人ともあろうお方が、我が領のことを何もご存じないとは。驚きましたなぁ」
やれやれと肩をすくめられ、目を瞬かせる。私は何も言い返すことができない。確かに彼の言う通り、私はこの領のことをほとんど何も知らないからだ。
「では説明させていただきますがね。まず、ローゼンライト公爵領ははるか昔から魔物が多い『呪われた地』だと言われています」
「呪われた地?」
その言葉のおどろおどろしい響きに眉をひそめる。
「えぇ。で、ここら『呪われた地』で育つ野菜や果物――農作物はぜーんぶどれもこれも、なぜか死ぬほどまずくなっちまうんです。とても食えたもんじゃねぇってほどに。ま、文句は言ってられないんで、そこらの村民は我慢して食ってますがね」
なるほど……。ローゼンライト領で野菜を育てると、なぜかとっても不味くなってしまうのね。
我慢して食べているなんて領民が気の毒だわ。せっかくの食事なら、美味しいほうが絶対良いに決まっているもの。
「美味い野菜を食べたいとなると、他の領からわざわざ取り寄せるしかありません。ですが当然ながら値は張る。平民にはとても手が出せない代物です。しかし公爵家であれば食卓に並べることは可能ですが……。
旦那様のご意向で、取り寄せた野菜はすべて領民に分け与えるよう仰せつかっています。野菜不足で民が苦しんでいるのに、領主だけが口にするわけにはいかない――ってお考えでね」
ハンスがフン、と私を見下しながら鼻を鳴らす。
『旦那様は領民のことを考えて野菜を口にしないご立派な方なのに、お前は「野菜が出ない」とわざわざ文句を言いに来たのか? 随分とワガママでいいご身分だなぁ~?』
と言いたげな表情である。
もちろん使用人が公爵夫人にとっていい態度ではないのだが――ハンスが私を侮蔑するのももっともだ。
何も知らなかったこちらが悪い。ゆえに勘違いされても文句は言えない。
むしろハンスはそんな無知な私の質問に、含むところはあっただろうが丁寧に答えてくれた。
(その誠実さに、きちんと感謝を伝えるべきね)
「領のことを教えてくれてありがとう、ハンス。そして公爵夫人でありながら、野菜不足のことを何も知らずにいてごめんなさい。これからは公爵夫人として、領の実情をきちんと把握できるよう努めるわ」
「……!」
ハンスが息を呑む。
彼は視線をさまよわせた後、気まずそうにポリポリと頭の後ろを掻いた。
「い、いや……俺はただ聞かれたことに答えただけですよ。ただの料理人に、公爵夫人が謝る必要なんてありません。それより奥様は……どうして急に、あのようなことをお尋ねになったんです?」
どうやら俺に文句を言いに来たわけでもなさそうだし――と言いたげな戸惑った表情。
「ルーナに野菜を食べさせてあげたかったの。もちろん肉料理はとっても美味しいのだけれど、やっぱり野菜も食べないと、栄養が偏ってしまうんじゃないかと心配になって」
「……へぇ! なるほど、そういうわけだったんですね!」
ルーナの名を出した瞬間、ハンスのいかめしい表情が突然パッと明るいものになった。
彼が目の前のコンロに置かれた鍋へと視線を移す。つられて私も目を向けると、鍋の中には様々な野菜が入ったスープがあった。先ほど嗅いだいい香りの正体はこれだったのね。
「俺もずっと前から奥様と同じことを考えたんですよ。育ち盛りのお嬢さんに、おいしい野菜を食べさせてあげたいってね。んで、まずさを和らげる調理法をたくさん試してはきたんですが、むしろもっとまずくなっちまって……」
ハンスが唇を噛み、拳を握りしめる。
「なので、お嬢さんに野菜料理をお出しするのは今後も難しいかと」
(とても悔しそうな表情……。ハンスもルーナのために、色々と手を尽くしてきてくれていたんだわ)
――料理長であるハンスがここまでしても、調理法では野菜を美味しくする方法は見つけられなかった。
(だったらやっぱり、元の野菜をどうにかするしかないわよね)
ハンスは騎士上がりの料理人設定です!




