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13 アレクシスは見た。

(ルーナが……笑った……!!)


 その笑顔があまりにも眩しくて――私はもう、胸に湧くこの感情の正体を認めざるを得なくなった。


 私たちは偽りの家族。血の繋がりもなく、種族さえ違う。


 けれど私は悪魔でありながら、この子を、ルーナをほんとうの我が子のように愛おしいと思い始めている。私は微笑み、ルーナへ手を差し伸べた。


「それじゃあ、そろそろお家に帰りましょうか」


 私の手に、小さくて暖かい手がおずおずと重ねられる。その手を壊れないようそっと握って、私たちはお屋敷へと歩み始めたのだった。 



 ――数日後。


「……あれは、なんだ」


 執務室の窓から見える庭で、白くて丸くて大きい何かが高速で移動している。


 それをルーナが、はしゃぎ声を上げながら楽しそうに追いかけていた。


「………………なんだ、あれは」


 わけがわからな過ぎて思わず倒置法になる。というかあれは本当になんなんだ。


 と眉間にしわを寄せていると、背後で部下ルイスの押し殺すような笑い声が聞こえた。


「あぁあれですか! 絵本に出てくるおばけの着ぐるみってやつみたいですよ。メイドから聞きましたが、中身は奥様のようです」


(………………………………は?)


 今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが。幻聴だろうか。


「中身は……誰だって?」


「庭でお嬢様と鬼ごっこをしているおばけの中身は、奥様です」


 その言葉を聞いた瞬間、喉から深く細いため息がフゥーーと零れ出た。そしてやれやれと首を振る。窓から見える青空が、やけに目に痛く感じた。


「今日はずいぶん天気がいいな。カーテンを閉じよう」


「あっ現実逃避した」


 ルイスの言葉を無視しシャッとカーテンを閉じる。そして執務机に腰かけた。

 

(どういうことだ……。このひと月の間に何があった?)


 それに、ルーナの楽しそうな笑顔。


(……あの子の笑顔なんて、初めて見た)


 俺は、このひと月カミラが全く浪費しないのを不審に思い、様子を確かめるべく帰宅していた。


 どうせカミラのことだ、すぐに仕立て屋か宝石商を呼び寄せて、倹約の誓いをやすやすと破るに違いないと踏んでいたのに。


(これでは、離婚することができない)


 机にある倹約宣誓書を見つめ額に手をあて悩み込んでいると、明るい口調でルイスが言った。


「ちなみにおばけの着ぐるみは、節約するために奥様が手作りなさったそうですよ! いやー、団長との約束を守るためとはいえ、健気ですよね~」


「は……? あれを、カミラが、手作りで……? 節約のために?」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。呆気にとられる俺にルイスが更に追い打ちをかける。


「話を聞かせてくれたメイドが、奥様のことを褒め称えてましたよ。『私の失敗にも、嫌な顔ひとつせずお許しくださる女神さまのようなお方です!』てな感じで」


「……」


 ――俺はそろそろ認めなくてはならないのだろうか。


 悪妻カミラが記憶を失い、心を入れ替えたという事実を。


「……カミラが少しばかり変化したというのは認めよう。――だがそれだけのこと、話は終わりだ。ルイス、次の予定はどうなっている?」


 無理やり話題を変えると、ルイスはやれやれと言わんばかりに肩をすくめてみせた。


「えー……。今のところは特に魔物の出現による出撃要請は出ていません。まぁお望みでしたら、監視任務でもご予定に入れることは可能ですよ」


「監視任務か……」


 俺の治めるこの領地、ローゼンライト公爵領は『呪われた土地』と呼ばれ、魔物の出現数が異様に多い。


 魔物が頻発する原因はわかっておらず、発生する都度魔物を退治するしかない。


 だが特に魔物が高頻度で発生する場所はあらかじめ把握できており、その場所を監視しておくという任務があるのだ。聖騎士がその場で待機していれば、魔物が村を襲うのを未然に防ぐことができる。


 監視任務の重要度は、魔物討伐よりも低い。そのため俺が団長を務める第一聖騎士団ではなく、第二聖騎士団などが主に監視任務を引き受けることが多かった。


 今後の予定が埋まっていないため、第一聖騎士団が監視任務を引き受けてもいいのだが――。


「たまには、他の団に任務を譲るか」


 呟くと、ルイスの表情がパッと明るくなった。


「おっ! いいですねー! 団長が過労でぶっ倒れないか皆心配してたんですよ! いい機会なんでこの際ゆっくり休まれてください!」


「……そうだな」


 再び席を立ち、窓の外へ視線を投げる。


 青々としたきらめく芝生では、白い物体とルーナがいまだ駆け回っている。だがとうとう白い物体――カミラがつかまり、観念した彼女は着ぐるみから姿を現した。


 そして次の瞬間、俺は思わず我が目を疑う。


 カミラがルーナへ向かって、ふわりと花が咲くように微笑みかけたのだ。


 時が止まる。彼女の温かい視線がまるで、本当の母親であるかのように思えて。

 

 ――だが同時に、疑心が芽生えた。


 本当は俺の気を引きたいがために、ああして良き母のフリをしているのではないか?


「……これからはよりいっそう、我が妻を厳しく監視していく必要がありそうだな」


 傍で行動を監視し、もし彼女がしっぽをだしたその時は――。


(正々堂々、離婚届を突き付けてやる)


庭を素早く移動する白い物体。

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