12 予想外の事実。
耳をつんざくような叫び声に、私とミアの動きがピタリと止まる。
するとルーナは小さな足で駆け出し、舞台へ上がりおばけ姿の私に飛びついてきた。
「わわっ……!」
突然のことに対処できず、後ろによろけてしまう。そして私はルーナを抱えながら、尻餅をつく形で舞台に倒れ込んでしまった。思わずぎゅっと目を瞑った次の瞬間。
バキバキ! という骨組みが折れる音と、布が裂けるビリビリッ! という不吉な音が響きわたった。
さわやかな風が頬を撫でる。
その風に誘われハッと目を開けると、布の裂け目からルーナと目が合った。今にも泣きだしそうな表情に青ざめた顔色。
折れた骨組みが布を裂き、中身の私の姿がさらされてしまったのだ。
「…………っ!!」
ルーナは大きく目を見開き、小さな唇を震わせた。紫水晶の瞳が潤みだす。――それもそのはずだ。裂けたおばけの布から出てきたのは、実体のない幽霊ではなく、ドレスを身にまとった私――カミラだったのだから。
もちろん私がおばけ役を演じることは伝えてあったけれど、突然現れたら動揺してもおかしくはない。
すると、ルーナは震える唇で意外な言葉を呟いた。
「ごめ……なしゃ……おばけしゃん、おようふく……っ」
(えっ)
予想外の言葉に一瞬だけ固まってしまう。どうやらルーナは、飛びついたことでおばけの衣装が破けてしまったことを謝っているらしい。思わず唇をかみしめる。
――そんなの。
「そんなの、どうだっていいわ! それよりもルーナ、どこか怪我はしていない!?」
「ふ、ぇ……?」
おばけの中からスルリと抜け出て、ルーナの肩をガシッと掴む。
そして彼女がどこか怪我をしていないか、目を皿にしてくまなく確かめた。こんなに小さくて華奢な体だ、些細なことでルーナが壊れてしまいそうで怖かったのだ。
「見たところ怪我はしていないみたいだけど……。どこか痛いところがないか、私に教えてくれる?」
目線の高さを合わせてルーナの両手に自らの手を重ねると、彼女はおずおず口を開いた。
「う、うん。いたいいたいの、ない」
「そう、良かった……!」
ホッと息を吐く。小さなををぎゅっと握りしめると、ルーナは私の指先をじっと見つめてきた。
「おかあしゃま、おてていたいいたいして、がんばった、のに……」
「えっ?」
きょとんとして視線を自らの手元に向ける。私の指にはいくつもの絆創膏が巻かれている――。大したことはないのだけれど、確かに他人から見れば痛々しく映るかもしれない。すると、ミアがルーナの言いたいことをくんで私に説明してくれた。
「ルーナお嬢様は、奥様が毎日頑張って衣装づくりをされているのをご存じだったんです。東屋で奥様が裁縫されているお姿をよく陰からご覧になっておられましたから」
「そうだったの……」
あぁ――なんてこの子は。
(とっても優しい子なの……)
胸に未知の感情が押し寄せて、ぐっと喉が詰まる。
「大丈夫よ、ルーナ。衣装は破けても後で直せばいいの。でも人間――ルーナが怪我をしたら取り返しがつかないわ。だからもう、危ないことはしないってお母さまに約束してくれる?」
優しく語りかけると、ルーナはこくんと頷いてくれた。良かったわ。――ところで。
「ルーナはどうして突然、おばけに飛びついてきたりしたの?」
純粋に疑問に思い尋ねると、ルーナはおずおずとその訳を語り始めた。
「ルーナ……おばけちゃんが、しゅきなの」
ぷっくらとした白い頬がポッと赤く染まる。私とミアはその言葉に思わず目を丸くした。
「「えっ!? ルーナ(お嬢様)が好きなのって騎士じゃなくておばけの方だった(んですか)の!?」」
予想外の事実、判明である。
「だからおばけが退治されそうになって、思わず飛び出しちゃったのね。でもなんで悪役なのにおばけが好きなの?」
するとルーナが寂しそうに顔を伏せた。
「……おばけちゃん、ひとりぼっち、さみしいの。ルーナと、いっしょ」
「ひとりぼっち、ルーナと一緒……?」
ルーナは両親を赤ん坊のときに亡くし、その後アレクシスに引き取られ養女となった。アレクシスは未婚の父で、ルーナには母親と呼べる存在が居ない。義父であるアレクシスは働き盛りの聖騎士団長。ゆえに家を空けることがほとんどだっただろう。ルーナは寂しい思いをすることも多かったはず。
そんな中、継母となるカミラがこの屋敷にやってきた。きっと期待に胸を躍らせていたに違いない。一緒に遊びたいと淡い希望を抱いていたかもしれない。それなのに、かつてのカミラはそんなルーナの手をいとも簡単に振り払った。
一体どんな気持ちだっただろう。彼女の気持ちを想像すると胸がひどく痛む。
(ルーナは、ひとりぼっちだった自分とおばけの境遇を重ねていたのね)
――だから身を挺してでも必死におばけを守ろうとした。
「おばけちゃん、かわいしょう……」
「……っ」
胸がぎゅっと締め付けられる感覚に襲われ、次の瞬間。私は思わずルーナを抱きしめていた。なぜだかそうせずにはいられなくなったのだ。
「大丈夫よルーナ。おばけちゃんが直ったら、たくさん一緒に遊んであげましょう? それならおばけちゃんもきっと寂しくないわ」
――顔を見合わせ告げた、その瞬間。
「……うんっ!」
ヒマワリの花が咲いたように、ルーナがぱぁっと明るく微笑んだ。
ルーナはヒーローじゃなくてヴィランを好きになるタイプです!




