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11 お庭の小さな演劇会。

「この絵本の劇を演じてみるというのはどうかしら?」


「劇、ですか?」


 ミアがきょとんと目を丸くする。その問いに答えるよう私はにっこり微笑んだ。


「そう、劇よ。もしよかったらミアも出演してくれない? あなたが主人公の騎士役で、私がおばけ役を演じるの。衣装もちゃんと用意して演じれば、ルーナも観に来てくれるかもしれないわ!」


「それは、楽しそうですしもちろんご協力させていただきますが……私が騎士役でなんて。奥様が騎士役のほうがぜーったいお似合いになりますよ!」


「いいえ、協力してもらうのにやられ役を演じてもらうのは申し訳ないもの。それに布越しだったら、ルーナも私と話しやすいかもしれないし。それに……おばけ役は私にピッタリな役よ」


「そ、そうですか……?」


「えぇ、間違いないわ」


 こうして私たちは、ルーナと仲良くなるべく『騎士とおばけ』の演劇を開催することにしたのだった。





 ――2週間後、カミラの私室。


 私の目の下には大きなクマができていた。


「ようやく衣装が完成したわっ!!!」


 絆創膏だらけの指で、衣装をぎゅっと胸に抱く。


 隣で「おめでとうございます! 奥様の努力のたまものです……!」とミアが涙ながらに拍手をしてくれた。


(ここ2週間ほとんど寝ずに衣装づくりに励んだ甲斐があったわ!)


 そう、私は劇の衣装を手作りしていた。


 ミアには『仕立て屋を呼びましょう』と提案されたのだが、それでは費用がかかりすぎると断った。ドレスならまだしも演劇用衣装のオーダーメイドを頼めば、おそらくとんでもない高額な価格になる。


(アレクシスに『浪費するな』って怒られてしまったばかりだしね。そんなお叱りの後、すぐ仕立て屋なんて呼べば大目玉をくらってしまうわ)


 烈火のごとく怒るアレクシスの顔が頭に浮かぶ。


 カミラの浪費ぶりは相当ひどかったようだし、これからは節約を心掛けななければ。と改めて『脱・散財妻』を決意していると、ミアが何やらキラキラとした眼差しを送ってきた。


「公爵夫人でありながら、清貧をお心がけなさるなんて本当にご立派です……! 奥様は淑女の鑑でございます!」


「えっ、お、おほほ……そうかしら? ありがとう」


(言えない。無駄遣いしたら離婚するって脅されているからだなんて言えない)


 なにやらとんでもない勘違いをされている気がして、私は話題を変えるためミアの前に衣装を広げて見せた。


「ではさっそく、完成衣装を披露するわ!」


 今回作成した衣装は2着。


 『騎士とおばけ』の主人公である騎士の衣装と、悪役のおばけの衣装だ。


 騎士の衣装は、銀色の布を使うことで鎧を模してみた。肩には真っ赤なマントを縫い付けてある。


 大しておばけの衣装の見た目はかなりシンプルなもの。


 真っ白い布に、目と口を貼り付けただけ。けれど中身の構造にはかなりこだわってある。おばけの丸いフォルムを再現するため、わざわざ細い木で骨組みを組んだのだ。雨傘の構造と似たような感じである。


 この骨組みのお陰で、衣装を被っても中の人間の形が浮き彫りにならない。完璧なおばけフォルムが再現できているのである。


(なんて素晴らしいの! 手作りだから、費用も最小限で済んでいるわ! これならアレクシスにも怒られないわね!)


 ――と、いうわけで。


 ミアと私は衣装を着ながら劇の練習をし、あっという間に劇本番当日となったのだった。


(ルーナは喜んでくれるかしら……?)



 劇本番当日。


 ルーナには事前に、開始時間と場所が書かれた招待状を渡している。


 開始時間が近づくにつれ、心がソワソワと落ち着かない。


 ちなみに会場は中庭の簡易舞台だ。室内の演劇室よりかしこまっていない気軽な雰囲気だし、青空やそよ風も心地いい。最高のロケーションである。


(もうすぐ始まる時間だけど、ルーナはの姿はまだ見えないわ……)


 衣装で私の姿は隠れているけど、やっぱりまだ警戒されているのかしら。と落ち込んでいたその時である。


「あっ、奥様! あちらをご覧ください、ルーナお嬢様がお見えになられましたよ!」


「!」


 そう言ったミアの視線をたどると、渡り廊下からルーナがソロソロとこちらへ歩いてくるのが見えた。


(き、きた! ルーナが観に来てくれたわっ!)


 思わず心の中で歓喜の声を上げる。おばけの中(目の部分が細かい網目状になっている)から見つめていると、ルーナは芝生の上に一脚だけ置かれた椅子にストンと腰かけた。心なしか、その瞳はわくわくと期待で輝いているように見える。


 私とミアは頷き合った。――さぁ、劇の開幕よ。


「僕は正義の騎士! この町で盗み食いしたおばけを、こらしめにきたぞ!」


 ミアが一歩前に進み、声を張り上げる。


 背中には赤いマントが揺れ、引き抜いた模造の剣がきらりと光った。さっきまで緊張していた様子のミアだったが、始まったとたん顔つきが変わり、冒頭の台詞を堂々と言い切った。


(ミア、演技上手すぎない!?)


 小さな観客席に座るルーナは、ミアの演技に圧倒されたのか舞台こちらを食い入るように見つめている。掴みはバッチリのようだ。


 私は深呼吸をひとつ。さて、次はおばけの台詞である。


「ヒヒヒ……! この村のおいしい食べ物はぜーんぶワタシのものだっ! オマエなんかにやられてたまるか!」


 声色を変え、衣装をおばけっぽくゆらゆら揺らす。するとミアが私へ向かって剣を突き付けた。


 観劇しているルーナがピクリと肩を揺らす。


「悪いおばけめ! この剣でおまえを退治してやる!」


「フフフ……できるものならやってみるがいいっ!」


「うおおお!」


 ミアが勇ましくこちらへ斬りかかってくる。


 私は布を翻し、大げさな動作でルカの攻撃を避けていく。ちらりとルーナを横目で見れば、とてもハラハラとした表情を浮かべていた。


(ふふっ、すっかり劇に夢中みたいね!)


 そろそろ物語は終盤だ。ミアが決め台詞を叫ぶ。


「これで最後だ! 覚悟しろ、おばけ!」


 正義の剣がおばけに振り下ろされようとしたその瞬間――。


 ルーナが突然椅子から立ち上がり、真っ赤な顔で大きな叫び声を上げた。


「だめぇーーーーーーーーーーっ!!」


 耳をつんざくような声の大きさに、私とミアの動きがピタリと止まる。


ミアは本番に強いタイプなのです!

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