11 お庭の小さな演劇会。
「この絵本の劇を演じてみるというのはどうかしら?」
「劇、ですか?」
ミアがきょとんと目を丸くする。その問いに答えるよう私はにっこり微笑んだ。
「そう、劇よ。もしよかったらミアも出演してくれない? あなたが主人公の騎士役で、私がおばけ役を演じるの。衣装もちゃんと用意して演じれば、ルーナも観に来てくれるかもしれないわ!」
「それは、楽しそうですしもちろんご協力させていただきますが……私が騎士役でなんて。奥様が騎士役のほうがぜーったいお似合いになりますよ!」
「いいえ、協力してもらうのにやられ役を演じてもらうのは申し訳ないもの。それに布越しだったら、ルーナも私と話しやすいかもしれないし。それに……おばけ役は私にピッタリな役よ」
「そ、そうですか……?」
「えぇ、間違いないわ」
こうして私たちは、ルーナと仲良くなるべく『騎士とおばけ』の演劇を開催することにしたのだった。
*
――2週間後、カミラの私室。
私の目の下には大きなクマができていた。
「ようやく衣装が完成したわっ!!!」
絆創膏だらけの指で、衣装をぎゅっと胸に抱く。
隣で「おめでとうございます! 奥様の努力のたまものです……!」とミアが涙ながらに拍手をしてくれた。
(ここ2週間ほとんど寝ずに衣装づくりに励んだ甲斐があったわ!)
そう、私は劇の衣装を手作りしていた。
ミアには『仕立て屋を呼びましょう』と提案されたのだが、それでは費用がかかりすぎると断った。ドレスならまだしも演劇用衣装のオーダーメイドを頼めば、おそらくとんでもない高額な価格になる。
(アレクシスに『浪費するな』って怒られてしまったばかりだしね。そんなお叱りの後、すぐ仕立て屋なんて呼べば大目玉をくらってしまうわ)
烈火のごとく怒るアレクシスの顔が頭に浮かぶ。
カミラの浪費ぶりは相当ひどかったようだし、これからは節約を心掛けななければ。と改めて『脱・散財妻』を決意していると、ミアが何やらキラキラとした眼差しを送ってきた。
「公爵夫人でありながら、清貧をお心がけなさるなんて本当にご立派です……! 奥様は淑女の鑑でございます!」
「えっ、お、おほほ……そうかしら? ありがとう」
(言えない。無駄遣いしたら離婚するって脅されているからだなんて言えない)
なにやらとんでもない勘違いをされている気がして、私は話題を変えるためミアの前に衣装を広げて見せた。
「ではさっそく、完成衣装を披露するわ!」
今回作成した衣装は2着。
『騎士とおばけ』の主人公である騎士の衣装と、悪役のおばけの衣装だ。
騎士の衣装は、銀色の布を使うことで鎧を模してみた。肩には真っ赤なマントを縫い付けてある。
大しておばけの衣装の見た目はかなりシンプルなもの。
真っ白い布に、目と口を貼り付けただけ。けれど中身の構造にはかなりこだわってある。おばけの丸いフォルムを再現するため、わざわざ細い木で骨組みを組んだのだ。雨傘の構造と似たような感じである。
この骨組みのお陰で、衣装を被っても中の人間の形が浮き彫りにならない。完璧なおばけフォルムが再現できているのである。
(なんて素晴らしいの! 手作りだから、費用も最小限で済んでいるわ! これならアレクシスにも怒られないわね!)
――と、いうわけで。
ミアと私は衣装を着ながら劇の練習をし、あっという間に劇本番当日となったのだった。
(ルーナは喜んでくれるかしら……?)
*
劇本番当日。
ルーナには事前に、開始時間と場所が書かれた招待状を渡している。
開始時間が近づくにつれ、心がソワソワと落ち着かない。
ちなみに会場は中庭の簡易舞台だ。室内の演劇室よりかしこまっていない気軽な雰囲気だし、青空やそよ風も心地いい。最高のロケーションである。
(もうすぐ始まる時間だけど、ルーナはの姿はまだ見えないわ……)
衣装で私の姿は隠れているけど、やっぱりまだ警戒されているのかしら。と落ち込んでいたその時である。
「あっ、奥様! あちらをご覧ください、ルーナお嬢様がお見えになられましたよ!」
「!」
そう言ったミアの視線をたどると、渡り廊下からルーナがソロソロとこちらへ歩いてくるのが見えた。
(き、きた! ルーナが観に来てくれたわっ!)
思わず心の中で歓喜の声を上げる。おばけの中(目の部分が細かい網目状になっている)から見つめていると、ルーナは芝生の上に一脚だけ置かれた椅子にストンと腰かけた。心なしか、その瞳はわくわくと期待で輝いているように見える。
私とミアは頷き合った。――さぁ、劇の開幕よ。
「僕は正義の騎士! この町で盗み食いしたおばけを、こらしめにきたぞ!」
ミアが一歩前に進み、声を張り上げる。
背中には赤いマントが揺れ、引き抜いた模造の剣がきらりと光った。さっきまで緊張していた様子のミアだったが、始まったとたん顔つきが変わり、冒頭の台詞を堂々と言い切った。
(ミア、演技上手すぎない!?)
小さな観客席に座るルーナは、ミアの演技に圧倒されたのか舞台を食い入るように見つめている。掴みはバッチリのようだ。
私は深呼吸をひとつ。さて、次はおばけの台詞である。
「ヒヒヒ……! この村のおいしい食べ物はぜーんぶワタシのものだっ! オマエなんかにやられてたまるか!」
声色を変え、衣装をおばけっぽくゆらゆら揺らす。するとミアが私へ向かって剣を突き付けた。
観劇しているルーナがピクリと肩を揺らす。
「悪いおばけめ! この剣でおまえを退治してやる!」
「フフフ……できるものならやってみるがいいっ!」
「うおおお!」
ミアが勇ましくこちらへ斬りかかってくる。
私は布を翻し、大げさな動作でルカの攻撃を避けていく。ちらりとルーナを横目で見れば、とてもハラハラとした表情を浮かべていた。
(ふふっ、すっかり劇に夢中みたいね!)
そろそろ物語は終盤だ。ミアが決め台詞を叫ぶ。
「これで最後だ! 覚悟しろ、おばけ!」
正義の剣がおばけに振り下ろされようとしたその瞬間――。
ルーナが突然椅子から立ち上がり、真っ赤な顔で大きな叫び声を上げた。
「だめぇーーーーーーーーーーっ!!」
耳をつんざくような声の大きさに、私とミアの動きがピタリと止まる。
ミアは本番に強いタイプなのです!




