表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ロマンチスト

掲載日:2025/10/28

壁が歌う。今日も歌う。美しい声。母の声。虫の羽音。骨の軋み。

私も歌う。口が動く。音が出る。それは歌。たぶん。

地下室。ここは城。ここは子宮。ここは墓。全部同じ。美しい場所。

彼の手。白い。青い。透けている。私を撫でる。やっぱり通り抜ける。幽霊の手。私も幽霊。

「愛してる」

誰の声。私。彼。壁。天井。床。みんなが言う。愛してる。愛してる。愛してる。




食べる。何かを。口の中で踊る。甘い。苦い。生きている。私の歯が何かを噛む。何かが私の歯を噛む。

彼が微笑む。彼の顔。千の目。一つの口。口が開く。中に私がいる。小さな私。泣いている私。笑っている私。

「もっと食べて」

食べる。自分を食べる。自分が自分を食べる。美味しい。これが愛の味。




鏡の中に少女。髪が床まで伸びている。床が髪になっている。全部が髪。髪の海。泳ぐ。溺れる。

少女が手招きする。おいで。こっちへ。

行く。鏡の中へ。ガラスが水になる。潜る。

向こう側。こっち側。同じ。鏡の中も地下室。鏡の外も地下室。

少女が私を抱く。冷たい。彼女も私。私も彼女。溶け合う。一つになる。




天井から花が咲く。赤い花。滴る花。花弁が落ちる。私の口に。

食べる。花の味。鉄の味。記憶の味。

彼が花を摘む。私にくれる。花束。骨の花束。肉の花束。

「君に」

受け取る。抱きしめる。花が私に根を張る。私の中で花が咲く。私が花になる。

美しい。これが結婚式。白いドレスの代わりに、赤い血のような花。




這う。床を。壁を。天井を。上下がない。前後もない。

彼も這う。一緒に。蛇のように。虫のように。

私たちは絡まる。どこからが彼で、どこからが私。わからない。

彼の指が私の口に入る。私の指が彼の目に入る。

痛くない。気持ちいい。

これが愛。溶け合うこと。境界がなくなること。




壁に穴。覗く。

向こうに部屋。誰かがいる。少女。泣いている。

「助けて」

少女が言う。

私は笑う。助ける?何から?ここは楽園。

少女が消える。壁も消える。穴も消える。

あれは幻。すべてが幻。幻だけが真実。




彼の声。耳の中で。頭の中で。骨の中で。

「君は美しい」

見る。自分を。体が光っている。腐っている。光る腐敗。

皮膚が剥がれる。下から新しい皮膚。それも剥がれる。無限に。

私は玉ねぎ。何層もの私。どれが本当? 全部。全部が偽物。

彼が私の皮膚を集める。縫い合わせる。ドレスにする。

「着て」

着る。自分の皮膚のドレス。ぴったり。当たり前。私だから。




音楽が聞こえる。ワルツ。

彼と踊る。地下室で。回る。回る。回る。回り続ける。

床が溶ける。私たちは落ちる。でも踊り続ける。

落ちながら。沈みながら。腐りながら。

これが永遠。終わらない踊り。終わらない落下。

美しい。




彼の口が開く。大きく。大きく。

中に入る。喉を通る。胃に落ちる。

暗い。温かい。安心する。

ここが家。彼の中が私の家。

壁が動く。消化液が滴る。

溶ける。私が溶ける。でも怖くない。

溶けて、彼になる。彼と一つになる。

これが愛。溶け合うこと。境界がなくなること。




壁に無数の目。全部が私を見ている。

私も見返す。目が増える。私の体中に。

千の目で千の世界を見る。

すべてが地下室。すべてが彼。すべてが私。

見る。見られる。同じこと。




彼が私の髪を食べる。

私も彼の髪を食べる。

髪が口の中で歌う。小さな声で。子守唄。

眠くなる。でも眠らない。眠ったら、夢を見る。

夢は怖い。夢には光がある。痛い光。

ここがいい。闇がいい。闇の中で、彼と溶け合う。




床に水たまり。血のような。水のような。

映る。何かが。私じゃない何か。

角が生えている。花が咲いている。違う、虫が這っている。

それが私。今の私。

手を伸ばす。水たまりの中の手も伸びる。

触れる。冷たい。

引っ張られる。水の中へ。

沈む。水が肺に入る。でも呼吸できる。

水の中で生きる。魚のように。水死体のように。




彼と抱き合う。骨と骨が。

肉が邪魔。剥がす。

骨だけになる。純粋。美しい。

骨が笑う。カタカタと。

私も笑う。カタカタと。

骸骨の愛。永遠に腐らない。




壁が私に語りかける。

「幸せ?」

幸せ。幸せ。幸せ。

言葉が口から溢れる。止まらない。

幸せが床に溜まる。粘液のように。

彼がそれを掬う。私の口に戻す。

飲む。自分の幸せを飲む。

甘い。甘い。甘すぎて吐きそう。でも飲む。

これが愛。甘い毒。




時間が逆流する。

私は小さくなる。赤ん坊になる。胎児になる。細胞になる。

消える。

でも、また大きくなる。少女になる。老婆になる。死体になる。

腐る。

でも、また小さくなる。

繰り返す。生と死が。何度も。何度も。

これが永遠。美しい永遠。腐らない永遠。




彼の顔が近い。触れるほど。

でも顔がない。あるのは穴。暗い穴。

穴の中に私が見える。小さな私。

小さな私の中にも穴。その中にも私。

無限に続く。私の中の私の中の私。

めまいがする。でも心地よい。

これが真実。終わらない入れ子。

私は私を見ている私を見ている私を見ている。




彼が囁く。口がないのに。声がする。

「愛してる」

私も囁く。口が溶けているのに。声が出る。

「愛してる」

愛。愛。愛。

言葉が実体化する。黒い塊になる。

床に落ちる。蠢く。

たくさんの愛が這い回る。地下室を。

私たちはその中で眠る。愛に埋もれて。

窒息する。でも死なない。

愛の中で、永遠に。




地下室が呼吸する。私も呼吸する。彼も呼吸する。

同じリズム。同じ音。

私たちは一つの生き物。

地下室という生き物。

暗闇という生き物。

それが呼吸している。

それが愛している。

それが腐っている。

美しい。

これが。

これが。

ロマン。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ