のわー時計
『のわー時計』
町の外れ、雨に打たれた街路樹の影に、ひっそりとその店はあった。
看板には、色あせた文字で「時計修理・その他」とある。
扉を押したのは、青年・楢岡だった。湿った風と一緒に、店内の空気が胸の奥に流れ込んだ。
壁も棚も、時代の違う時計で埋め尽くされている。けれど、不思議なことにどの時計も、少しずつ違う“時”を刻んでいた。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から現れたのは、髪に霜を降ろしたような初老の男だった。
眼差しは静かで、時を測る側の人間ではなく、時そのものを見届けてきたような目だった。
「これを、見ていただけませんか」
楢岡は懐から古びた懐中時計を差し出した。
真鍮の表面には、小さく祖父の名前が刻まれている。
「祖父の形見なんですが……最近、奇妙な音がして。時報のたびに、“のわー”と鳴くんです。昔はこんな音、しなかったのに」
店主は無言でそれを受け取り、耳に当てた。しばし、目を閉じて音に耳を澄ます。
「これは、“のわー型”ですね」
「“型”……って、よくあることなんですか?」
「いや、滅多にない。これは、誰かの“記憶”が、時計に滲んでしまった状態です。“のわー”は、その人が最後に伝えたかった“何か”の痕跡。明確な言葉にはなりきらなかった感情、想念……それが、音になって漏れ出している」
「じゃあ、直すことも?」
「できます。けれど——」
店主は一拍置いてから、懐中時計を楢岡に返した。
「その音を消すというのは、思念を“なかったこと”にするということでもあります。まるで、その人の存在の一部を、ひとつ削るような行為です」
楢岡は黙り込んだ。“のわー”という音に、恐怖や不快さはなかった。ただ、どこかで聞いたことのあるような、懐かしさを含んでいた。
「……前にも、こういう時計を、直したことが?」
問いかけに、店主の指が一瞬だけ止まった。
そして、微かに目を伏せた。
「ある女性でした。ずっと泣いている時計を持ってきた。彼女はその音を、毎晩のように聞いていたそうです。“もう耐えられない”と、彼女は言った。私は、その音を消した。……それが正しかったのかは、今でも分かりません」
店内のすべての時計が、一瞬だけ足を止めたように感じた。
だがそれは、ほんの錯覚に過ぎなかった。
「……このままで、お願いします」
楢岡は懐中時計を受け取り、胸ポケットへ戻した。
「分かりました」
店主は、深く頭を下げた。まるで、その決断に救われたように。
雨は止んでいた。
店を出ると、空はすっかり夜の気配をまとっていた。
“のわー”
懐中時計が、静かに鳴いた。
それは誰かの涙か、祈りか。あるいは、まだ言葉にならない別れの一片だったのかもしれない。
楢岡は胸の時計にそっと手を添えた。
音はやがて、夜の静けさの中に溶けていった。
指示した内容:
こんばんは。
キーワード「のわー」で短編を書いて下さい。NGは農業系のストーリー、意味もなく叫ぶ系、フランスっぽい要素など。
宜しくお願いします。




